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第6話:大商人とサガイ風お好み焼き (前編)

 蛮族王は蛮兵を率いて大遠征を進めていた。

 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。東の雄の一国バルカン公国も彼らに併合される。

 そして大陸でも有数の商国サガイにも、その蛮兵の剣は達しようとしていた。



「いやー。なかなか圧巻な陣構えだな、リットンよ」

「は、はい、カネン様」


 商国サガイを代表する男カネンは、小姓のリットンと共に馬を進めていた。

 彼らが感心しているのは蛮族軍の本陣の様子。圧倒的な武の気を放つ猛者たちが、この本陣に連なっている。


「兵も強く、士気も高い。うらやましい限りですな」

 

 壮年であるカネンはサガイを統治する大頭おおかしらの一人である。だが敵国のことながらカネンは感心している。


「これならサイガは籠城しても、一ヶ月も持たんかしれんな」


 サイガ軍は最初から野戦を放棄して、今は籠城をしていた。そのため蛮族軍は街を遠巻きに包囲している。

 蛮族軍はいきなり城攻めをせずに使者を送ってきた。彼らとの交渉のためにカネンとリットンは、この蛮族軍の本陣を訪れていたのだ。


「それにしても、伝統あるバルカン公国のミリア公女が、蛮族軍に降るとは意外でしたな」

「ええ、私もそう思います。カネン殿」


 カネンたちを案内していたのは、公女ミリアであった。

 彼女は蛮族軍の外交使節として、サガイの代表であるカネンを連れてきたのだ。

 ガネンの嫌味のある揺さぶりにも、ミリアは平静を保っている。


「いやー、それにしても蛮族軍は凄いですな! 鉄鎖騎士団と紅蓮騎士団、それにバルカン騎士団と、大陸東部の騎士団の見本市ですな!」


 陣の中を見回しながら、カネンは感嘆の声をあげる。

 蛮族軍には各国の諸侯軍が勢ぞろいしていた。これ異様で壮観な遠征軍など聞いたこともない。大商人としてのカネンの心が刺激される光景である。


「カ、カネン様は恐ろしくないのですか……?」

「んっ? リットンはこいつらが怖いか?」

「は、はい。彼ら蛮族は、獣の生肉を食らい、人を森の中にさらっていくと、聞いたことがあります……」


 大声で笑い声を上げているカネンに比べて、小姓リットンは怯えていた。

 何しろ大森林の蛮族といえば、この大陸では恐怖の対象。『悪さをした子は、大森林に連れていかれるぞ!』という子どもを戒める話があるくらいだ。


「はっはっは……なーに、リットン。蛮族だろうが、人の形をしている限りは、飯を食う必要がある。つまりは“ぜに”の出番ってもんだ!」

「なるほど。さすがはカネン様です」


 カネンは説明しながら豪快に笑い声をあげる。

 この男の治めるサイガは商人の国。彼ら商人たち富と情報網は国王すらも超える。この大陸を裏から操っていると言っても過言でない。

 それで先ほどからカネンは余裕の態度なのだ。


「それにリットン。ワシにはとっておきの秘策がある」


 カネンは後方に視線を向ける。

 そこにはサイガから同行させた荷馬車隊が着いてきていた。蛮族王への献上品との名目である。


「ワシらはこれまでの王国の騎士とは、ひと味もふた味も違うで」


 彼ら商人は名誉や誇りなどで動かない。勝てる確信があったからこそ、危険な敵陣に乗り込んでいたのだ。


「カネン殿、着きました」

「ほほう。ここが蛮族王の家屋ゲルですか?」


 ミリアの案内で一行は目的地にたどり着いた。

 蛮族軍の陣の中央にある巨大な家屋ゲル。この移動式テントの一室で、商国サイガと蛮族軍との交渉が行われる。


「蛮族軍が家屋ゲルを本陣にしていることに、驚かないのですね? カネン殿は」

「サイガは大陸東部の銭の集まる街。それと同時に全ての情報も集まる……という訳ですな」


 ミリアの疑問にカネンはその種明かしを答える。

 この数ケ月の蛮族軍の行動を、カネンは把握していた。大量の工作員を雇い、蛮族軍の動きを見張っていた。それ故にこの余裕の態度なのである。


「それでは噂の蛮族王はん……お手並み拝見といきますか」


 カネンは不敵な笑みを浮かべながら、交渉の場へと向かうのであった。



 商国サガイと蛮族軍との交渉は、驚くほど短く終わった。

 今は内容の最終的な確認をしている。


「ふむ。想定内の通りだったな、リットン」

「はい。カネン様の情報の通りでしたね」


 カネンとリットンは二人きりで、蛮族軍からの条件を再確認する。

 蛮族側が提示した条件は二つ。『降伏するか。徹底抗戦するか』その二つの選択だけであった。


「もしも降伏した場合の条件も、情報と同じでしたね、カネン様」

「ああ、そうだな」


 蛮族軍に降伏した国には次のような条件を守る必要がある。


――――◇――――


 決められた徴税を治めれば、今までの自治や宗教も認めてくれる。

 遠征軍への軍役の義務はあるが、民族や男女の差別はなく平等に恩賞を貰える。

 もしも反乱を起こした場合は容赦なく攻め落とされる。


――――◇――――


「やはりワシが銭で手に入れた情報通りだったな」


 降伏後のこの条件も、カネンが入手していた情報と一致していた。

 特にバルカン公国に潜ませていた間者からの情報。そこから入手した情報を分析して、カネンたちは作戦を立てていたのだ。


「ふむ。この蛮族軍は思いのほか、一貫主義といったところか……」


 カネンはこれまでの情報を頭の中で総括する。 

 蛮族軍はこれまで併合してきた全ての諸国に、この同じ条件で対応していた。大国小国の区別なく自治を与えてきたのだ。


「蛮族王が、口を開かないもの作戦の一つか?」


 カネンたちの交渉の相手は、蛮族軍の外交官が担当していた。

 交渉の間にいる蛮族王は終始無言。呪術が描かれた不気味な仮面を被り、毛皮で覆われた椅子に鎮座している。


「蛮族王はん……これは意外と食えない相手かもしれんな」


 好敵手の出現にカネンはニヤリと笑みを浮べる。

 これまで大森林の蛮族たちは、低い文明度しかないと思われてきていた。

 弓矢で獣を狩り、生肉を素手で食す。国も法もなく野蛮人だと、周辺の諸国の民によってさげすまれてきた。


「この蛮族王が、かなりの知恵者……か?」


 だが蛮族王が提示して条件は、明らかに理にかなっていた。

 圧倒的な武を持って野戦を制してからの、非常識なほどの好条件での降伏勧告。税も安ければ自治も認めるなど、地獄への天の助けにも感じる条件であった。


 これでは大抵の諸国は全面降伏を受け入れるであろう。つまりかなりの知恵者が、この大遠征を立案し運営しているのだ。


「いや、もしくは影の誰か、がいるのかもしれんな……」


 カネンは交渉の間を鋭い視線で見渡す。この遠征軍の仕組みを考えた“知恵者”を探すために。


 相手側の幹部には屈強な蛮兵が連なっている。それ以外にも元バルカン公国の公女ミリアや、他国の騎士たちもいた。


「いや、この中にはいない……な」


 目的の相手を見つけられずカネンはため息をつく。

 たしかに蛮族以外の者たちに知性はある。だが蛮族軍の快進撃を操るほどの知恵者は、彼ら諸侯たちの中にいない。


「一目だけで分かるとは……さすがはカネン様ですね」

「サガイで生き抜いたら力や。リットンも嫌でも分かるようになる」


 大商人であるカネンは特殊な力を持っていた。それは“人を見抜く力”であり、才能といった方が正確かもしれない。


 商人の国であるサガイには、魑魅魍魎ちみもうりょうとも思える曲者揃いの商人たちが住まう。

 その全ての魍魎もうりょうたちを押し退けて、カネンは大頭おおがしらの地位を勝ち取った。


 この人を見抜く特殊な能力は、その中で身につけた処世術ともいえよう。



「飯の時間だ。食っていけ」


 相手側を値踏みしてカネンたちに、蛮族の外交官が声をかける。交渉もひと段落したので宴の時間がきたのだ。


「飯の時間ですか? それは楽しみですわ」


 カネンは何気ない顔で外交官に答える。

 だが内心では胸が高まっていた。大事な商国サガイの命運を賭けた、大勝負の時間がやってきたのだ。


「い、いよいよ……ですね、カネン様」

「ああ、蛮族たちの、噂の飯の時間や」


 カネンが集めた極秘の情報によると、蛮族軍には秘密があった。

 それは晩餐の食事の時。総大将である蛮族王が、警護の固い玉座から降りてくること。


(そして謎の料理か……)


 カネンは心の中で警戒を強める。

 バルカンの間者から仕入れた極秘情報によると、宴に謎の料理が出てくるという。

 その誰も見たこともない料理を食べてから、諸侯たちは軍門に降ると噂されていた。


(おそらく、かなりの豪華な料理。しかも珍品に宝食材……といったところだろう)


 戦乱が続くこの大陸では、食の文化はかなり衰退している。ゆえに交渉や晩餐会での食事に、各国の統治者たちは力を入れている。


 有名な料理人シェフたちを金にものを言わせて引き抜く。豪華な料理を出せるものが、権力と文明度の高さで上に立てるのだ。


(だが、こっちも奥の手があるんや……)


 カネンには絶対的な自信があった。

 この後の宴でどんな食事が出てこようが関係ない。その秘策があれば蛮族共に負けないことが可能なのだ。


(ワシら商国の力を舐めてもらったら……ふむ?……むむ? 何だ、この香りは……?)


 カネンが心の奥で勝ちを確信した、その時である。

 その大きいな鼻に芳醇ほうじゅんな香りが流れ込んできた。


(これは……タレか?)


 それは何かのソースに焼けるような匂いであった。

 宮廷料理に出てくる高級ソース……いや、それ以外にも何かが組み合わせて焼ける香りであった。


「この匂いは何や……?」


 思わずカネンは匂いの出どころに意識を向ける。

 匂いは交渉の間の片隅。その柱の影から、この香ばしい匂いは流れてきたのだ。


(この音は鉄板で何かを焼いているのか……?)


 商国サガイの大頭であるカネンは食通である。

 その巨万の富と権力で、大陸中の様々な料理を口にしていた。音を聞いただけ、ある程度の調理方法も推測可能。舐めてもらったら困る。


(だが、何だ……これまでいだことのない……不思議な香りだ……)


 だが、そんなカネンも未知の匂い。

 これまでの人生で食したことのない、不思議なソースの匂いであった。フルコースの高級ソースとも全く違う風味である。


「あの柱の影か……これを調理している者がいるのは⁉」


 香りにつられてカネンは足を進める。

 そこに行けばこの香りの正体が分かる。噂の料理を作る料理人シェフがいる場所へと。強欲なカネンどうしても知りたくなり、その場所へと向かう。


「こいつは調理人シェフか……?」


 たどり着いた場所でカネンは眼を細める。

 大広間の後方にある調理場にいたのは、エプロン姿の青年であった。しかし料理人にしては目つきが鋭すぎる。


「黒目黒髪……東の海の向こうの者か……?」


 青年は不思議な風貌すうぼうであった。

 この大陸では珍しい黒い瞳と髪の持ち主。噂では東の大海を超えた地に、その風貌の人種は住んでいる。

 カネンは大航海を終えてきた船乗りから、そう噂で聞いたことがあった。


 そんな黒髪の青年が無言で調理をしている。


「なんだ……その不気味な料理は⁉」


 鉄板の上の料理を目にしてカネンが思わず声をもらす。

 高級食材を焼いていたと予想していた。だが実際にはドロドロの不気味な液体を焼いていたのだ。


「もう少し待て」

「な、何やて⁉」


 大商人であるカネンを一瞥いちべつすることもなく、青年は調理を続けている。


 こうして商国サガイと蛮族軍との、宴の戦いが始まるのであった。


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