第27話:黒髪の料理人サエキ (第一部完)
東ライン同盟軍を破った遠征軍は、進路を更に西に進めていた。
「いよいよ、次は東ラーマ神聖王国との勢力範囲ね……」
蛮族軍の陣内を歩きながら、公女ミリアは思案していた。
タイ地区東部でも最大の難敵となる東ラーマの勢力圏内に入ったことを。それについての策を考えていた。
「兵力差は十倍以上……更に相手には軍神がいるわ……」
この遠征軍は諸侯を併合して勢力を増大中。だが、それを加えても東ラーマ軍の勢力は桁違いである。
蛮勇を誇る蛮族軍でも正面からぶつかるのは自殺行為であった。
「計略や外交を駆使して……あとは機動力を生かして、奇襲や夜襲を……」
一人で歩きながらミリアは思慮を深める。
難関にぶつかった時はいつの間にか、こうして散歩してする習慣がついていた。
気分転換にもなり柔軟な発想が浮かんでくるのだ。
「でも、ダメめ……どれもあの軍神に看破されてしまうは……きっと……」
だが今回ばかりはダメであった。いくら策を編み出してシュミレーションしても、軍神に負けてしまう。
大商人カネンが仕入れてくれた“東ラーマ軍神戦記”。それを読みこんだミリアの頭脳が、自分たちの敗戦を計算していたのだ。
「軍神戦記に書かれていたのは、ほんの一部なはず……」
“東ラーマ軍神戦記”にはこれまでの軍神の功績が記録されていた。
数々の戦場で使われてきた戦術や計略。それに伴う逸話など。
そして軍記ものであり実際の戦の内容とは少し違う。
「でも圧倒的だわ……」
だが、その書物の中の軍神にミリアは完敗していた。
ミリアは大陸東部でも誉れ高いバルカン公国の“鷹公王”セバス・レン・バルカンの娘。幼いころから英才教育を受けており、決して凡人ではない。
「悔しいけど……策に関しては軍神に完敗ね……」
だが、そんな才能あるミリアをもってしても、稀代の大軍師である軍神には及ばなかった。
まだ実際には対峙していないが、ミリアの本能が教えていた。戦術や知略をもって軍神に挑むのは危険であると。
「とりあえずカネンやハデスたちもに相談しないとね……」
この遠征軍の中で策を考えるのはミリアだけだはない。他の合流した諸侯“蛮騎士”たちも知恵に優れていた。
問題解決は一人で抱えずに、多くの意見をまとめて決断するもの。身分の差がない自由な蛮族軍の独特の空気であった。
「さてと……えっ……あなたは……」
自分の家屋に戻ろうとしたミリアは、思わず声をもらす。
まさかの人物に遭遇して、唖然としてしまったのだ。
「今日は、陣内にいたのね……サエキ」
偶然、遭遇したのは黒髪の青年であった。
この蛮族軍のメシ番であるサエキ。いつもは交渉の宴にしか姿を現さない謎の青年であった。
「ああ。次の食材を探しにいく準備をしていた」
「そう……」
珍しく答えてきた不愛想な青年に対して、ミリアは言葉が続かなかった。
いつもは宴の時しか会えない。だからこそ色々と聞きたいことも沢山ある。
「あのさ……サエキは……」
料理のことだったり、不思議な調味料のこと。
この大陸では珍しい黒目黒髪のことや、海を越えた東の故郷のことも聞いてみたい。
「サエキは……」
それに身体能力が異様に高いことや、隠密衆のように気配を消すのが達人なこと。いったいどんな人生を歩んできたのか尋ねてみたい。
「本当は……サエキは……」
そして蛮族王との謎の関係。そもそも何故この蛮族軍の料理人をしているかも聞いてみたい。
「どうした?」
「うんうん……なんでもないわ……」
だがミリアはそれらの疑問の言葉を飲み込む。
訪ねてきたサエキに対しても、何気ない表情で答える。
「次の料理も……楽しみにしているわ」
本当ならこの黒髪の青年について、もっと知りたい感情がミリアにはある。
だがこの遠征軍でミリアは軍人であり、蛮騎士の一人。そしてサエキは料理人であるメシ番であった。
「そうか。ミリアの見事な食いっぷりにを、オレも楽しみにしている」
「えっ? ちょっと! それってどういう意味、サエキ⁉」
「じゃあ、そろそろ食材を探しに行ってくる」
「えっ⁉ 答えずに行っちゃうの!」
準備を終えたサエキは風のようにミリアの前から姿を消していく。
次に向かうは東ラーマ神聖王国の勢力圏内である。
だが散歩をするかのように黒髪の料理人は立ち去っていった。
「本当に、料理バカなんだから……でも、元気が出たわ……」
微かに薫る青年の残り香。調理油にスパイスの香り。
その姿を思い浮かべながらミリアは一人つぶやく。次の戦いに向けての意志を強めながら。
◇
この大陸では戦乱が吹き荒れ、罪のない多くの民が巻き込まれていた。
そんな中、蛮族王は大陸平定の大遠征を進めている。
誰もが美味い物を食べて、子どもたちが笑顔に過ごせる世界のために。
――――――――こうして蛮族遠征軍は次なる地へと向かうのであった。
◇
こちらで本作の第一部は一度完結となります。
これまでの感想や評価などありましたら、お気軽によろしくお願いいたします。
続編については、また報告が出来れば幸いと思います。
ハーーナ殿下