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第26話:三国同盟とマツリタケの香り(後編)

 集結した東ライン同盟軍の総数は膨れ上がっていた。

 目的は進軍してくる蛮族軍を、徹底的に殲滅せんめつするため。三つの王国から集結した同盟軍は精鋭ぞろいであった。


 三倍以上の兵力差があり、守る地形も圧倒的に有利。

 更には各国の優れた将軍たちが率いていたこともあり、負ける要素は一つもなかった。



「そ、そんな……」

「馬鹿な……」

「我々は夢でも見ていたのか……」


 だが三ヶ国の将軍たちは言葉を失っていた。

 つい少し前まで自分たちの目の前にいた同盟軍の精鋭たち。それが今では見る影もなく、散開していたのである。


「我々は負けたのか……」

「ああ……」

「蛮族軍に……」


 三人の将軍たちはようやく現実を直視する。

 彼ら連合軍は蛮族軍に野戦で敗れ、部下の兵たちは四散していたのだ。


「ここにいたのね? 我々、遠征軍は降伏勧告を行うわ。とりあえず交渉のテーブルについてちょうだい」


 そんな絶句している将軍たちの前に、蛮族軍から交渉の使者がやってきた。

 元バルカン公国の公女ミリアという少女。蛮騎士ばんきしの中で“地獄の使者”として恐れられている交渉人であった。


「交渉だと……?」

「ああ、そうだな……」

「まずは、話を聞こう……」


 周囲を完全に包囲されていた将軍たちは、互いの顔を見回しながら承諾する。

 本来なら下賎げせんな蛮族共と交渉する事態が恥じること。

 だが三倍以上もあった自軍を壊滅させられ、今は相手の言葉に従うしかない。


「そう? よかったわ。荒事は私も嫌いだし」


 公女はにこりと笑みを浮べる。

 このように戦のあとの交渉では、敗北側が激情する場合も多い。混乱して相手の使者を斬り捨てる時もある。

 それにもかかわらず公女は余裕の笑みであった。


「お前たち、賢い」

「この人数でも。オレたち、負けない」


 そんな時。公女の護衛の蛮兵たちが、将軍たちをひと睨みしてくる。 


「ひっ……」


 その野獣のような眼光の鋭さに、将軍の一人は思わず情けない声をもらす。

 あわよくば公女を人質に取ろうと、心の中で策を考えていた者である。


「先ほどの野戦で、この蛮兵に……」


 彼らとて各国の将軍であり歴戦の騎士である。

 だが戦の直後ということもあり、今は目の前の蛮兵に心から恐怖していた。


「我が兵が十人同時でも、こいつ等に敵わなかったぞ……」

「ああ……そうだった……」


 三倍以上の兵力差もものともしない、圧倒的な森の戦士たちの戦闘力に怯えていた。その信じられない光景を目にして、恐怖が染み付いていたのだ。


「では、蛮族王の待つ家屋ゲルに行きましょう。美味しい料理も待っているから」

「美味しい料理だと!?」

「大丈夫よ。彼ら森の民は“人”を食べないわ」


 こうして蛮族軍の使者に連れられて、三人の将軍は蛮族王のもとへ向かうのであった。



「以上が蛮族王からの条件の提示よ」


 東ライン同盟軍の三人の将軍と、蛮族王の交渉は短時間で終わる。明朗な交渉が蛮族軍のもっとうであった。


「これが噂に聞いていた“降伏か徹底抗戦”の二択か」

「ですが、降伏後の五つの条件は……」

「ああ。噂とまるで違いましたな」


 交渉役である公女ミリアの説明を聞き終えて、将軍たちはざわつく。

 何故ならこれまで噂で聞いていた条件と、一部の内容がまるで違うのである。


「噂で聞いていたのは、降伏した後は酷い内容だったが……」

「ああ、まさか自治を認められるとは」

「しかも、これまでの宗教も自由とは……」


 東ラーマ神聖王国からの経由で聞いていた情報と、実際の条件はまるで違っていた。

 その差異に将軍たちは戸惑っていたのだ。


「あり得ないほどに納める税も低い。もしかしたら、今よりも……」

「今はまだ、それ以上言ってはいけぬぞ」


 将軍たちは三人だけで互いの見解を述べ合う。

 彼らとて祖国を愛する上級騎士である。だが今の大陸では戦乱が続き、国はいつか必ず滅ぶもの。

 上級騎士は家族や家臣を養うために、臨機応変に対応して生き延びる必要があった。


「蛮族王が嘘を言って、我々を油断させている可能性もあるぞ」

「だが、先ほど山岳王国の岩鉄王からの、確証の言葉があった」

「ああ山穴族は嘘を付かない。これは絶対的だ……」


 三人の将軍の心は、大きく揺れ動いていた。

 これまで大森林の民は野蛮な民族だと思われていた。

 森の獣の生肉を食らい、人を森の中にさらっていくと。

 『悪さをした子は、大森林に連れていかれるぞ!』という子どもを戒める話を、彼ら三人も気かされて育ってきた。


「だが実際の、蛮族軍は違っていたな……」

「ああ、規律に厳しく、無用な戦をしないかった」

「ここまでの村や街でも、一切の略奪がなかったと聞く」


 この大陸の戦場で、兵たちによる略奪行為は日常茶飯事で行われる。

 何故なら兵たちへの一番の報酬は略奪行為であった。

 特に下級騎士や兵士にとっては貴重な収入源であり、戦の時はここぞとばかりに略奪を徹底していた。


「そればかりか、飢饉に苦しむ村を救ったとも聞いたぞ」

「私は疫病の特効薬を、無償で配布しているとも聞いた……」


 しかし蛮族軍は彼らの想像とまるで違っていた。

 戦の時は圧倒的な力で、その蛮勇を敵に示す。だが、それ以外の場面では、聖人君子のように振る舞っていたのだ。


「どうすれば……」

「国に戻って、国王陛下に相談を……」

「だが、どうやって説明をすれば……」


 三人の将軍は戸惑っていた。

 この現状をどうやって、祖国の重鎮たちに伝えればいいのかと。


 彼らの意志によって完全降伏か徹底抗戦かの、祖国の運命が決まってしまうのだ。



 そんな重い空気の中、交渉の時間は終わりとなる。


「さあ、メシだ」


 大きく揺れ動いていた三人の前に、次々と料理が出されていく。

 目つきの鋭い黒髪の料理人シェフが運んできたのだ。


「これは……?」

「先ほどから、美味そうな匂いを出していたのは……」

「ああ。だが、この香りはいったい?」


 戸惑っていた将軍たちは、不思議な匂いの料理に釘付けになる。

 それはお盆に乗った不思議な料理であった。

 見たこともないような料理が、皿の器に美しく盛り付けられている。


「あの山脈でいいきのこを見つけてきた。そのマツリタケのお膳料理だ」


 黒髪の料理人シェフは不愛想に説明していく。

 器に入ったものや、茸の形のまま焼かれた料理もあった。


「マツリタケ……だと⁉」

「そんな、馬鹿な……あの幻の茸を⁉」

「だが、この形は間違いない!」


 食材を凝視して将軍たちは、その茸の名を叫ぶ。

 この目の前の茸の名はマツリタケ。断崖絶壁にしか生えない幻の茸であり、高級食材として知られる。

 

 彼の主である国王ですら、口に入れたことはない希少な食材。金を積んでも買えない代物であった。


「これが“マツリタケの炊き込みご飯”で、こっちが“マツリタケの塩焼き”で……えーと、こっちが……」

「“マツリタケの土瓶蒸し”だ」

「そうそう、どびん蒸しだよ」


 配膳係りの少女が笑で料理の説明をしていく。言葉に詰まったものは黒髪の料理人が補足する。


「マツリタケのコース料理……だと」

「そんなもの聞いたことも……おお、だが、この香りは⁉」

「蓋を開けただけで、溢れ出してくるぞ!」


 土瓶蒸しの蓋を開けて将軍たちは叫びだす。

 マツリタケは味だけではなく、その香りも絶品とされていた。

 収穫してから香りは数日で消えてしまう。だからこそ遠方にいる国王は食べられない、幻の食材なのだ。


「香りだけはないぞ……美味いぞ!」

「ああ、こんな美味い料理は初めてだ!」

「美味い……美味すぎる……」


 香りに釣られた将軍たちは、いつの間にか食していた。

 そして食べながら猛烈に感動している。

 つい先ほどまでは惨敗にうなだれていた。だが今は胃袋と心に染みる、温かい料理に心から感動していた。


「そういえばマツリタケは、あの山脈の断崖絶壁にしか生えないはずだぞ……?」

「そうだ……どうやって収穫してきたのだ?」


 食事をしながら三人には、とある疑問が浮かびあがる。

 これほど美味である高級食材のマツリタケだが、その収穫は恐ろしいほどに難しい。

 専門の軽業の職人ですら半数以上は命を失う、そんな難所にしか生えない。


 命を奪う誰も採れない茸。だからこそ幻の食材なのである。

 

「地元の猟師からマツリタケの噂を聞いて、オレが採りにいった」


 黒髪の料理人シェフは将軍たちの疑問に答える。

 天然のマツリタケの群生場所を聞き、山脈を越えて収穫してきたと。もちろん生態系を守るために、計算して採ってきたと語る。


「オラたちも、茸好き」

「一緒に、付いていった」


 陣内にいた蛮兵たちは、黒髪の料理人サエキの言葉に続く。彼らも険しい山脈越えて、青年に同行していたのだ。


「馬鹿な……」

「あの断崖絶壁の山脈を山越えしただと⁉」

「だが、これで分かった……我々の同盟軍が背後を強襲された理由が……」


 青年の説明に何かを思い出し、将軍たちは絶句する。

 戦が始まる前は、前方に陣を張っていた蛮族軍の主力。だが気がついたら自分たち同盟軍の背後から強襲してきたのだ。


 まるで幻を見ているかのような突然の出現。それもあり数倍の兵力差があっても、同盟軍は敗走したのである。

 つまり蛮族の戦士たちは短時間で山脈越えて、背後から強襲してきたのだ。


「あの山、なだらかだった」

「大森林の大断崖に比べたら、子どもの遊び場だった」


 将軍たちの疑問に蛮族の幹部たちが答える。

 森の民は生まれた時から、過酷な大自然で育ってきた。そんな彼らにとって山脈越えの行軍は簡単だったのと。


「ば、馬鹿な……あの“死の山脈”を、子どもの遊び場だと……」

「あまり気を落とさない方がいいわ。彼らの身体能力は普通じゃないから」


 そんな驚愕している将軍たちに、ミリアは補足をする。

 山越えを出来たのは森の戦士たちだけ。ミリアたち諸侯軍は正面で待機をしていたと。

 だから指揮官としての自信は失わない方がいいと語る。


「そうか……だが、あの黒髪の料理人シェフは……?」


 このマツリタケを収穫してきた黒髪の料理人シェフは、どう見ても普通の人である。

 だが先ほどマツリタケを収穫しにいってきたと口にしていた。


「彼も食に関しては、少し特別だからね……」


 同軍に属しながら、ミリアでも把握できない謎の青年。そう苦笑いして答える。


「ふん。ワシら山穴族は手足が短い。だから時間はかかるが、あの程度の山は踏破できるぞ」

「さすがは山穴族だな。岩鉄王ドバン」

「そういえばサエキはん。そのマツリタケの収穫は一儲け出来そうですな。今度ワシにも」

「カネン様、ダメですよ。マツリタケの密漁は犯罪ですよ」


「サエキ。お替わりよ!」

「ミリアはん、いつの間にか⁉ それはずるいですわ!」


 いつの間にかマツリタケを巡って、宴が賑やかになっていた。

 森の戦士と人族、そして山穴族。

 様々な種族と国籍の者たちが、マツリタケに舌鼓を打っている。


 酒を飲み談笑を交わす。

お膳に並ぶ様々な料理を口にして、笑みをこぼしていた。


「ははは……我々のことは、もはや眼中にないな……」

「ああ。器が違ったということか……」

「そうだな……」


 そんな不思議な光景に、三人の将軍は言葉を失っていた。

 自分たちが今までこだわっていた、騎士としてのプライドを思い出しながら。


「もしかしたら、我々利用されていたのかもな……」

「ああ、東ラーマに……」

「あの軍神という若造にか……」


 東ライン同盟の影の盟主は東ラーマ神聖王国である。

 だが今回の蛮族軍に関しては、明らかに情報操作が行われていた。軍神と呼ばれる恐ろしい大軍師によって。


「さて……これを食べたら国に戻るとするか」

「ああ、そうだな。お前たちは自国の王にどう伝える?」

「それは……次に会った時の楽しみだな」


 こうしてマツリタケの芳醇な香りは満ちていく。宴は心ゆくまで続いてくのであった。





 この翌日。

 東ライン同盟は解散した。


 そして三カ国はすべて蛮族軍に完全降伏をする。

 これまで守ってきた三国同盟が消滅した瞬間であった。

 

 だが即時降伏を選択した三つ国は、その後も長い間に渡り自治を認められていく。

 そしてこれまで以上の繁栄をしていくのであった。







「お前たちも来たのか?」

「ああ、貴君もか」

「同盟が解散したというのに、私たちは気が合うことだな」


 『降伏をした国は大森林遠征軍への軍役の義務が生じる』

 

 三人の元将軍たちは自ら名乗りをあげて、蛮族軍の大遠征に加わる。自らの直属の騎士団と共に。


「マツリタケか……」

「ああ。また食いたいな」

「次も家族には内緒で、またこの三人でだな」


「ああ、新しい三国同盟の結成だな」


 残していく家族や祖国のために、彼らは新しい道を選んでいた。三人の絆を更に強めながら。




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