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第25話:三国同盟とマツリタケの香り(前編)

 公女ミリアたちはラスチンプールの街から、遠征軍に戻ってきていた。


「軍神と東ラーマに関しては以上よ」

「うむ。分かった」


 合流したミリアは蛮族王と幹部たちに、ラスチンプールで得た情報を報告する。

 呪印の描かれた仮面を被った蛮族王は、いつものように終始無言。側に控える腹心が王の言葉を伝える。


「我が王は言う。このまま西に進軍と」


 幹部は蛮族王の言葉を代弁する。

 その言葉によると、東ラーマと軍神の存在は確かに大きい。だが気にするほどではないと


「そうね。そう言うと思ったわ」


 蛮族王の決断を聞き、ミリアは納得して笑みを浮べる。

 彼ら森の戦士は勇猛果敢であるが、決して愚かではない。

 戦いとは生きるための狩りと同じ。得物である相手の力量を見計らい、蛮族王はそう決断を下したのだ。


「なら、次に向けて作戦を練ってくるわ」

「ああ。バルカンのミリアよ。期待している」

「えっ……? まあ、嬉しい言葉ね」


 腹心から意外な褒め言葉をかけられ、ミリアは少しだけ動揺する。

 その言葉は蛮族王の意志そのもの。こうして褒めてもらったのは初めてな気がした。


「大森林の民も、平地の風習を覚えてきた……という、ことかしら?」


 そんなことを呟きながら、ミリアは幹部たちのいる家屋ゲルを後にする。



「という訳で、蛮族王の進軍の計画に変更はなかったわ」

「なるほどですわ、ミリアはん」


 自分の家屋ゲルに戻ったミリアは、カネンたち他の諸侯に報告をする。

 いつの間にか彼女の家屋ゲルの玄関前が、彼らの作戦会議の場となっていた。


 ミリアはまだ少女の年ごろだが、この遠征軍では年齢や性別は関係ない。大きな成果を出した者が、他から認められる場なのだ。


「ふん。作戦変更なしか。相変わらず森の民は頑固だな」

「岩鉄王ドバン。山穴族のお前が、それを言うのか」

「ふん。ハデスも言うようになったのう」


 ミリアの報告を聞きながら、他の者は意見を出し合う。

 今回の議題は今後の戦いについて。忌憚きたんのない意見を出し合う。


「この先の“東ライン同盟”が厄介ですな」

「東ラーマの同盟国ね? カネン」

「はい、ミリアはん。かなり厄介な相手ですわ」


 この遠征軍が次に当たるのが東ライン同盟である。

 東ライン同盟は三つの王国の総称であり、東ラーマ神聖王国が影の盟主となっていた。


「事実上、東ラーマとの前哨戦ね」

「はい、ミリアはん。進路的にも待ち伏せされていますわ」


 更にカネンの情報によると東ライン同盟軍は、この遠征軍に対して待ち構えていた。

 東ラーマの軍神が裏で動き情報を流していたのだ。


「こちらとの戦力差は、カネン?」

「うーん、今のところ三倍といったところですわ、ミリアはん」


 テーブルの上に地図を置き軍議を進める。軍に見立てた木製の駒で状況を整理していく。

 森の民はこのような軍議の概念がないために、今はミリアたちだけが使用していた。


「ハデスはどう思う?」

「東ライン同盟の各将軍たちは名将そろいだ」


 傭兵であるハデスは大陸の各地で雇われた経験がある。そのため東ライン同盟の各国に内情にも通じていた。


「負けはしないだろう。だが正面からぶつかると、こちらの被害が大きくなる。お勧めはしない」


 その推測によると、屈強な戦士が揃う蛮族軍は勝てるかもしれない。だが味方の被害はかなり大きくなると。

 情報をまとめていくとハデスの言葉には、かなり信憑性がある。


「なら外交や調略はどうですか、ミリアはん?」

「ふん。人族ははかりごとが好きだからのう」

「ドバンの言葉では無いけど、今回は難しいかもね……」


 東ライン同盟は古くからある固い同盟関係。しかも今回は相手の方が戦力で、大きく勝っている。


「しかも敵の背後には東ラーマもいるから、あまり時間はかけられないわ」


 戦力差がある時は外交で多少の揺さぶりをかけても、相手は動じない。

 むしろ相手に軍の集結の時間を与えてしまう。野戦で短期決戦が理想である。


「やはり正攻法の野戦しかないですか……」

「でも、アラン。地形的に相手が有利よね」

「はい、ミリア様。この峡谷の地の砦は厄介です」


 地図を確認しながら騎士アランとミリアは頭を捻らせる。

 東ライン同盟軍が待ちかまえているのは、この先にある山脈が迫る峡谷の地であった。


「別の道はないかしら?」

「地形的に難しいですね、ミリア様」


 両軍とも万を越える軍勢同士であり、軍を展開できる地形に制限がある。今回に関しては迂回路がなく、守る敵軍が圧倒的に有利であった。


「うーん、これは困ったわね……」

「困りましたわ……」


 正攻法も外交もダメとなり、会議は重い空気になる。

 このままでは蛮族王は力ずくで突撃してしまうだろう。



「うーむ……ん? これはセリスはん。お出かけですか?」


 そんな頭を抱えていたカネンたちの横を、一人の少女が横切っていく。

 元フラン王国の第二王女である少女セリスである。


「うん。お師匠さまの採ってきた食材を、蛮族王様に見せに行くの」


 そう説明しながら、セリスはカゴの中身を見せてくる。

 彼女は給仕係であり、蛮族王のメシ番である青年を手伝っていた。


「なるほどですわ。蛮族王はんは、好みにうるさいですから」


 この遠征軍の総大将である蛮族王は、滅多なことでは人前には出てこない。

 普段は専用の大型の家屋ゲルの中で、静かに鎮座している。面会できるのは一部の幹部やメシ番だけである。


「あら……えっ⁉ セリスちゃん、その食材ってもしかして……?」

「はい、ミリアお姉さま。お師匠さまが、あの山の向こうから採ってきたみたいです」

「えっ、サエキが⁉ その食材を⁉」


 セリスの料理の師匠は、黒髪の料理人サエキであった。

 その青年が採ってきた食材を目にして、ミリアは目を丸くする。それほどまでに食材は希少価値のあるものであった。


「あんな険しい山脈を……人が越えられるの?」


 サエキの越えて戻ってきた山脈は険しい要害である。

 この先の東ライン同盟軍が待ちかまえている、峡谷の地の山の部分であった。その険しい山脈があるために、遠征軍は迂回が出来ないのである。


「まあ。サエキはんが不思議なお方ですからね……」


 黒髪の料理人のとにかく謎が多い青年である。その正体についての解明は、ミリアたちも諦めていた。

 

「ふっ。お前たちもラスチンプールの空気を吸って、頭が固くなったものだな」

「えっ……ハデスどういう意味?」


 地図とにらめっこしていたミリアたちに、ハデスが苦言を物申す。

 久しぶりの大都市の空気を吸って、常識にとらわれた物の考え方だと。


「サエキと同じように遠征軍には、こんな地図の地形が意味を成さない森の戦士たちがいるだろう?」

「えっ……なるほど! そういうことね、ハデス!」


 ハデスの苦言でミリアは何かに気がつく。

 先ほどまでの自分たちは考え方に固執していた。地形図を見て駒を並べて、頭だけで考えていたのだ。


「蛮族王のところにもう一度行ってくるわ」

「ふん。ワシも同行してやろう、バルカンのミリアよ」

「助かるわ、ドバン」


 岩鉄王ドバンは遠征軍の中でも数少ない、王を名乗るのを許された者。その同行はミリアとしても心強い。


「それにしてもミリアはん。東ライン同盟は三ヶ国の連合同盟……ということは戦の後の交渉と……」

「宴が三回も……」


 蛮族軍が敵国と交渉を行った後に宴を行う。

 その料理は黒髪の青年は蛮族王の専任の料理人シェフメシ番である。


 つまり東ライン同盟との戦いの後には、これまでにない素晴らしい状況があるのだ。


「いやー、次の戦は忙しくなりそうですわ」

「カネン様、準備を急ぎましょう」

「ふん。酒も三倍用意しておかんとな」

「そうね……私たち“蛮騎士ばんきし”の力を見せつけてやりましょう!」


 こうして三倍もの戦力を有する東ライン同盟軍との戦いに、蛮族軍は挑むのであった。


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