第25話:三国同盟とマツリタケの香り(前編)
公女ミリアたちはラスチンプールの街から、遠征軍に戻ってきていた。
「軍神と東ラーマに関しては以上よ」
「うむ。分かった」
合流したミリアは蛮族王と幹部たちに、ラスチンプールで得た情報を報告する。
呪印の描かれた仮面を被った蛮族王は、いつものように終始無言。側に控える腹心が王の言葉を伝える。
「我が王は言う。このまま西に進軍と」
幹部は蛮族王の言葉を代弁する。
その言葉によると、東ラーマと軍神の存在は確かに大きい。だが気にするほどではないと
「そうね。そう言うと思ったわ」
蛮族王の決断を聞き、ミリアは納得して笑みを浮べる。
彼ら森の戦士は勇猛果敢であるが、決して愚かではない。
戦いとは生きるための狩りと同じ。得物である相手の力量を見計らい、蛮族王はそう決断を下したのだ。
「なら、次に向けて作戦を練ってくるわ」
「ああ。バルカンのミリアよ。期待している」
「えっ……? まあ、嬉しい言葉ね」
腹心から意外な褒め言葉をかけられ、ミリアは少しだけ動揺する。
その言葉は蛮族王の意志そのもの。こうして褒めてもらったのは初めてな気がした。
「大森林の民も、平地の風習を覚えてきた……という、ことかしら?」
そんなことを呟きながら、ミリアは幹部たちのいる家屋を後にする。
◇
「という訳で、蛮族王の進軍の計画に変更はなかったわ」
「なるほどですわ、ミリアはん」
自分の家屋に戻ったミリアは、カネンたち他の諸侯に報告をする。
いつの間にか彼女の家屋の玄関前が、彼らの作戦会議の場となっていた。
ミリアはまだ少女の年ごろだが、この遠征軍では年齢や性別は関係ない。大きな成果を出した者が、他から認められる場なのだ。
「ふん。作戦変更なしか。相変わらず森の民は頑固だな」
「岩鉄王ドバン。山穴族のお前が、それを言うのか」
「ふん。ハデスも言うようになったのう」
ミリアの報告を聞きながら、他の者は意見を出し合う。
今回の議題は今後の戦いについて。忌憚のない意見を出し合う。
「この先の“東ライン同盟”が厄介ですな」
「東ラーマの同盟国ね? カネン」
「はい、ミリアはん。かなり厄介な相手ですわ」
この遠征軍が次に当たるのが東ライン同盟である。
東ライン同盟は三つの王国の総称であり、東ラーマ神聖王国が影の盟主となっていた。
「事実上、東ラーマとの前哨戦ね」
「はい、ミリアはん。進路的にも待ち伏せされていますわ」
更にカネンの情報によると東ライン同盟軍は、この遠征軍に対して待ち構えていた。
東ラーマの軍神が裏で動き情報を流していたのだ。
「こちらとの戦力差は、カネン?」
「うーん、今のところ三倍といったところですわ、ミリアはん」
テーブルの上に地図を置き軍議を進める。軍に見立てた木製の駒で状況を整理していく。
森の民はこのような軍議の概念がないために、今はミリアたちだけが使用していた。
「ハデスはどう思う?」
「東ライン同盟の各将軍たちは名将そろいだ」
傭兵であるハデスは大陸の各地で雇われた経験がある。そのため東ライン同盟の各国に内情にも通じていた。
「負けはしないだろう。だが正面からぶつかると、こちらの被害が大きくなる。お勧めはしない」
その推測によると、屈強な戦士が揃う蛮族軍は勝てるかもしれない。だが味方の被害はかなり大きくなると。
情報をまとめていくとハデスの言葉には、かなり信憑性がある。
「なら外交や調略はどうですか、ミリアはん?」
「ふん。人族は謀が好きだからのう」
「ドバンの言葉では無いけど、今回は難しいかもね……」
東ライン同盟は古くからある固い同盟関係。しかも今回は相手の方が戦力で、大きく勝っている。
「しかも敵の背後には東ラーマもいるから、あまり時間はかけられないわ」
戦力差がある時は外交で多少の揺さぶりをかけても、相手は動じない。
むしろ相手に軍の集結の時間を与えてしまう。野戦で短期決戦が理想である。
「やはり正攻法の野戦しかないですか……」
「でも、アラン。地形的に相手が有利よね」
「はい、ミリア様。この峡谷の地の砦は厄介です」
地図を確認しながら騎士アランとミリアは頭を捻らせる。
東ライン同盟軍が待ちかまえているのは、この先にある山脈が迫る峡谷の地であった。
「別の道はないかしら?」
「地形的に難しいですね、ミリア様」
両軍とも万を越える軍勢同士であり、軍を展開できる地形に制限がある。今回に関しては迂回路がなく、守る敵軍が圧倒的に有利であった。
「うーん、これは困ったわね……」
「困りましたわ……」
正攻法も外交もダメとなり、会議は重い空気になる。
このままでは蛮族王は力ずくで突撃してしまうだろう。
◇
「うーむ……ん? これはセリスはん。お出かけですか?」
そんな頭を抱えていたカネンたちの横を、一人の少女が横切っていく。
元フラン王国の第二王女である少女セリスである。
「うん。お師匠さまの採ってきた食材を、蛮族王様に見せに行くの」
そう説明しながら、セリスはカゴの中身を見せてくる。
彼女は給仕係であり、蛮族王のメシ番である青年を手伝っていた。
「なるほどですわ。蛮族王はんは、好みにうるさいですから」
この遠征軍の総大将である蛮族王は、滅多なことでは人前には出てこない。
普段は専用の大型の家屋の中で、静かに鎮座している。面会できるのは一部の幹部やメシ番だけである。
「あら……えっ⁉ セリスちゃん、その食材ってもしかして……?」
「はい、ミリアお姉さま。お師匠さまが、あの山の向こうから採ってきたみたいです」
「えっ、サエキが⁉ その食材を⁉」
セリスの料理の師匠は、黒髪の料理人サエキであった。
その青年が採ってきた食材を目にして、ミリアは目を丸くする。それほどまでに食材は希少価値のあるものであった。
「あんな険しい山脈を……人が越えられるの?」
サエキの越えて戻ってきた山脈は険しい要害である。
この先の東ライン同盟軍が待ちかまえている、峡谷の地の山の部分であった。その険しい山脈があるために、遠征軍は迂回が出来ないのである。
「まあ。サエキはんが不思議なお方ですからね……」
黒髪の料理人のとにかく謎が多い青年である。その正体についての解明は、ミリアたちも諦めていた。
「ふっ。お前たちもラスチンプールの空気を吸って、頭が固くなったものだな」
「えっ……ハデスどういう意味?」
地図とにらめっこしていたミリアたちに、ハデスが苦言を物申す。
久しぶりの大都市の空気を吸って、常識にとらわれた物の考え方だと。
「サエキと同じように遠征軍には、こんな地図の地形が意味を成さない森の戦士たちがいるだろう?」
「えっ……なるほど! そういうことね、ハデス!」
ハデスの苦言でミリアは何かに気がつく。
先ほどまでの自分たちは考え方に固執していた。地形図を見て駒を並べて、頭だけで考えていたのだ。
「蛮族王のところにもう一度行ってくるわ」
「ふん。ワシも同行してやろう、バルカンのミリアよ」
「助かるわ、ドバン」
岩鉄王ドバンは遠征軍の中でも数少ない、王を名乗るのを許された者。その同行はミリアとしても心強い。
「それにしてもミリアはん。東ライン同盟は三ヶ国の連合同盟……ということは戦の後の交渉と……」
「宴が三回も……」
蛮族軍が敵国と交渉を行った後に宴を行う。
その料理は黒髪の青年は蛮族王の専任の料理人メシ番である。
つまり東ライン同盟との戦いの後には、これまでにない素晴らしい状況があるのだ。
「いやー、次の戦は忙しくなりそうですわ」
「カネン様、準備を急ぎましょう」
「ふん。酒も三倍用意しておかんとな」
「そうね……私たち“蛮騎士”の力を見せつけてやりましょう!」
こうして三倍もの戦力を有する東ライン同盟軍との戦いに、蛮族軍は挑むのであった。




