第24話:閑話:軍神アレス・リーボック
東ラーマの“軍神”アレスは帰国していた。
「という訳で、今回の報告は終わります。陛下」
「ふむ、ご苦労であったアレス・リーボック」
王都に帰国したアレスは東ラーマ国王に報告をしていた。内容は蛮族軍に関する調査報告である。
「はん! 噂の蛮族軍とやらか」
「その情報によれば、たいしたことはないな!」
「ああ、我々東ラーマの敵ではあるまい」
国王の腹心たちはその報告を聞き、各々の私見を述べ始める。
その多くは蛮族軍に対する過小評価であった。
奴らは野蛮で無秩序な獣と同じだと。大陸の東部の辺境の数か国を、攻め落としただけだと高を括る。
「ですが皆さま方。彼ら森の戦士たちの力は侮れません」
そんな慢心する腹心たちに対して、アレスは苦言を物申す。
確かに蛮族軍の中核を担う、蛮兵たちの数は少ない。
だが彼らは一人一人が一騎当千の戦士なのだと。
金属製の鎧すらも軽々と両断する、恐ろしい膂力の持ち主ばかりだと説明する。
「それに“蛮騎士”と呼ばれる諸侯たちの存在も大きいです」
辺境の大森林から出てきた蛮族軍は、平原の各国を平定して進軍している。
圧倒的な武力で野戦を制した後に、自治を認める降伏勧告を行う。
その勧告に多くの諸国が蛮族軍の軍門に下っていた。
しかも降伏後は自ら進んで蛮族軍に合流して、かなりの手柄を立てている。
「影たちの報告では、その勢力は増大中です」
これらは全てアレスの直属の部下である“影”からの報告。蛮族軍に潜ませている者からの、内部情報であった。
「信じられんな。下賎な蛮族共に降伏するとは……」
「しかも自ら進んで無数の軍を差し出すとは……」
幹部たちはアレスの報告を理解できずにいた。
何故ならこの大陸の戦といえば“国の誇りと名誉を賭けた場”である。
「どうせ欲にくらんで、騎士の誇りを捨てたのであろう」
「ああ、貧乏諸国の勘が得そうなことだ」
また“相手の騎士は殺さず捕虜として、多額の身代金を取る場“でもあった。
つまり蛮族軍のように相手国を滅ぼしてしまったら、身代金も取れない。
だからこそ東ラーマの幹部たちは理解できすにいた。
「所詮は知恵のない獣の集団よ」
「戦略と戦術の違いも分からぬ、低能者だな」
「予定通り“東ライン同盟”に始末させよう」
幹部たち蛮族軍に対する対策はこれで終わった。
こちらに進軍してくる蛮族軍は、“東ライン同盟”に対応させると決断する。
「戦力差は五倍か?」
「ああ。戦になっても“東ライン同盟”の連中だけで楽勝であろうな」
“東ライン同盟”とはこの東ラーマよりも更に東方にある、三ヶ国の同盟国の総称である。
戦力差は単純に五倍以上。同盟国が蛮族共に負ける要素はないと、幹部たちは判断していた。
「それよりもアレス・リーボックよ。貴様は西ラーマへの調略に集中せよ!」
「あの卑怯で憎むべき西の奴らに、今度こそ一泡吹かせてやるのだ!」
「二代目“軍神”として、先代に恥じぬように武功を上げるのだ!」
既に幹部たちの関心は、別の方向へ向かっていた。
元々は同じ“ラーマ神聖王国”であり、今は分裂した片方の“西ラーマ神聖王国”。仇敵である奴らに集中しろと命令してくる。
「はっ。仰せのままに」
そんな幹部や国王の命令に対して、アレスは頭を下げて従う。
大陸一の知恵者と称えられながらも、彼自身は一介の軍人である。上級貴族である幹部たちには逆らえない。
「では、西ラーマへの調略のために失礼します。陛下」
「うむ、期待いるぞ。アレス・リーボックよ」
最高権力者である東ラーマ国王に挨拶をして、アレスは謁見の間から下がっていくのであった。
◇
アレスは謁見の間から、王都にある自分の屋敷に移動していた。
「報告の内容は“アレ”でよかったのでしょうか? アレス様」
「ん? 何のことだい、ハンザ?」
影のように控えていた部下ハンザが、アレスに尋ねてくる。
通路を移動しながらも、周りに誰もいないことは確認済みあった。
「ラスチンプールでの件……でございます」
「ああ、そのことかい。無能なあいつらには教える必要はない」
部下の問いかけにアレスは正直に答える。
このハンザは“影”の中でも腹心中の腹心。アレスが本音で語れる数少ない仲でもあった。
「私の部下の報告では、あの蛮族軍の勢いは普通ではありません」
ハンザは諜報部隊“影”の統括する隠密者の頭である。
遠征軍に潜ませている影たちの情報を取りまとめていた。
「もしかしたら東ライン同盟の連中も、危うい可能性もあります」
ハンザは自分の推測を忌憚なくアレスに告げる。
ここまま蛮族軍を放置しておく危険性を。三倍の兵力差があっても、油断はできないと読んでいた。
「僭越ながら、アレス様が東ライン同盟軍の指揮を取るべきかと」
アレスが出陣して、危険な芽を潰しておく必要があると進言する。軍師の地位にあるアレスは、その権限も有していた。
「たしかにハンザの言うとおり、彼ら蛮族軍は強い。そして、これからもっと強くなっていくだろう」
東の遠い空を見つめながらアレスはつぶやく。
この王都から遥か離れた地。そこで行軍している蛮族軍を思い浮かべながら。
「それなら、今はなぜ放置を……」
「その方が“私の役”に立つからだよ。蛮族軍と蛮騎士の連中がね」
アレスの頭の中には、とある計画が進んでいた。
その計画を実施するために、大森林から出てきた者たちは有効的な駒だと。
ラスチンプールで実際に相対して、アレスの計画は更に急加速していると口にする。
「なるほど……さすがはアレス様です」
軍神アレス・リーボックの知恵に、ハンザは心からの称賛を送る。
この銀髪の青年は軍略だけはなく、あらゆる知識を有する叡智者であった。
「ところで私が王都を離れている間に、“らーめん”のスープの分析を頼むよ、ハンザ」
「はい、アレス様」
アレスはラーメンのスープを密かに持ち帰っていた。
それは黒髪の料理人サエキが作り、自分が食べている途中だった物である。
あの焼け落ち始めた危険な屋敷の中。最優先の命令として、ハンザに収集させていた。
「ですが、あんなスープを分析して、いったい何が……」
今はこの大陸でも最高峰の研究機関“東ラーマ王国研究所”で、密かに分析をしている。
「あのラーメンの味の分析は……黒髪の料理人の味の分析は、私の計画を更に完璧にしてくれるだろう」
「何と……そこまでの評価を……」
稀代の天才であるアレスは、滅多なことでは他人に興味を持たない。
どんな有能な将軍や賢者であろうが、彼の前では凡人に等しい存在であった。
だがラスチンプールで出会った黒髪の料理人に対しては、異常なまでに執着をしている。
「今後も蛮族軍の情報を集めておいてくれ、ハザン」
「はっ、仰せのままに」
命令を受けたハンザは姿を消していく。影のように存在感を消し、主の命令に従う。
「黒髪の料理人……メシ番の……サエキか」
誰もいなくなった通路で、アレスはもう一度その者の名をつぶやく。
そして自らの計画のために次の段階に向かうのであった。