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第21話:自由貿易都市と〆のラーメン(前編)

 蛮族王は蛮兵を率いて大遠征を進めていた。

 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。少数民族である森の民の躍進は、次第に大陸中に知られるようになっていく。



 そんな中。

 大陸東部にある貿易自由都市であるラスチンプール。この街に奇妙な一行が潜入していた。


「ここが噂に名高いラスチンプールの大市場ビッグ・バザールなのね!」


 公女ミリアは目の前に広がる、巨大な市場バザールの光景に興奮していた。

 広場には数多の露店が並んでおり、向こう側が見えないほどである。


「そういえばミリア様は、初めてでしたね。ここが大陸東部でも最大規模の市場バザールです」


 そんな興奮する主ミリアを警護しならが、近衛騎士アランは解説をする。

 ラスチンプールの市場バザールは大陸中の物資が集まる自由市だと。出店料も安いので、誰でも気軽に出せる場所だと説明する。


「僕らのサガイの街の市場バザールも活気があります……でも、ここはそれ以上に……あっ⁉」

「リットン、大丈夫やで。他国の繁栄を認めるのも、ワシらサガイ商人の強みだ。盗めるノウハウは盗んで帰るぞ」

「なるほどです、カネン様。さすがです」


 商国サガイ出身のカネンと小姓リットン。この二人は商人の目で市場バザールを観察していた。

 今のところ街の規模的ではサガイより、ラスチンプールに軍配が上がる。

 

 だが将来的には祖国サガイを大陸一の商国にするのが、カネンたちの野望であった。そのために蛮族軍に合流していたのだ。


「ふん。人族が多すぎで暑苦しいのう。だが酒は美味い」


 岩鉄王ドバンは地酒を飲みながら鼻を鳴らす。

 だがラスチンプール産の果実酒を、早くも二本目を開けて上機嫌である。


「みんな今回は情報収集が任務よ。だから浮かれないでよね!」


 ミリアは気を引き締めるように激を飛ばす。

 物怖じしない彼女はいつの間にか、一行のリーダー格になっていた


「確かにミリア様の言う通り。“軍神”の情報を得るのが最優先です」


 アランは周囲を警戒しながら、今回の極秘任務を確認する。

 大国である東ラーマ神聖王国の軍師“軍神”。その情報を得るために、ミリアたちはラスチンプールに潜入しているのだ。


「ですが今のところは、空振りばかりでしたな」

「はい、カネン様。ラスチンプールの商人組合しょうにんギルドに、目新しい情報はありませんでしたね」


 商人であるカネンたちは密かに、ラスチンプールの組合ギルドと接触していた。

 だが情報を生業とする彼ら商人でも、軍神の動きは掴んではいなかった。


「ふん。下町にある山穴族の工房組合も同じじゃ」


 ドバンもこの街に永住する同胞と接触した。

 だがカネンたちと同じように、有益な情報は何も得られなかった。


「アランの従妹いとこも同じね。貴族社会でも噂は無しよ」


 バルカンの近衛騎士アランの従妹は、この街に住む貴族に嫁入りしていた。

 だが噂が大好きな彼女たち貴族令嬢たちの間でも、情報は何もない。


「そういえば今日は、ハデスの姿を見ないわね?」

「ハデスはんは別行動で、セリス嬢の足取りを追うみたいですわ」

「なるほどね」


 傭兵ハデスは自分の養女セリスの行方を探していた。

 同行者として黒髪の料理人シェフがいるので、危険の心配はないであろう。

 だが、どうしも気になりラスチンプールまで潜入していたのだ。


「でも不思議よね。ここまで目新しい情報が無いのは、逆に不自然だわ……」

「たしかにですな、ミリアはん。もしかしたら意図的に、情報が操作されている可能性もありますな。何しろ相手はあの軍神ですから……」


 大国の情報となれば、必ず何処かしらかられるものである。

 だが軍神に関しては、この数か月の新しい動きが全く無いのであった。


「とにかくこの市場バザールで、もう少し情報収集をしてみましょう」

「そうですな、ミリアはん。『庶民の口にふたなし』。サガイでも情報の最先端は、市民たちからですわ」


 ミリアたちはこの数日間、ラスチンプールに滞在していた。

 今のところ有益な情報は得られていない。そこで最後の手段として、この市場バザールにやって来ていたのだ。


「うわー、ミリア様、見てください。あの肉料理……美味しそうです」

「ちょっとリットン君。私たちは仕事で来ているんだから……でも、美味しそうね!」


 市場バザールには商店の他に、食べ物屋の露店が並んでいた。

 その場で調理される臨場感がある屋台料理。その香ばしい匂いがミリアたちの胃袋を刺激する。


「そういえば今日の昼飯がまだ。食べながら情報収集をしましょうか、ミリアはん?」

「そ、そうね、これは仕事よ。屋台料理を買い物しながら、情報を集めましょう」


 今にもヨダレを口からこぼしそうな公女を見かねて、カネンが提案する。

 そんな渡しに舟の言葉もあり、ミリアは屋台に駆け寄る。


「ミリア様、お待ち下さい」

「アラン早く。兵は迅速が大事なのよ!」


 護衛であるアランは、主に置いていかれないように付いて行く。

 公女であるミリアは剣の心得はある。だが夢中になり買い食いする姿は、あまりにも無防備なのだ。


「ふん。相変わらず食いしん坊な公女じゃのう」

「そうですな。でもミリアはんは本当に、美味しそうに食べますから。ワシらも酒のツマミを買いに行きましょう、岩鉄王ハン」

「ふん。そうじゃのう。酒の追加も買わんとな」


 カネンとドバンそしてリットンも、ミリアの後に続く。

 三人とも食に関してはかなり貪欲なほうである。様々な国籍の料理が並ぶ屋台を物色して、買い食していく。


「ねえ、この魚料理……初めて見るわ……?」

「そうですね、ミリア様。バルカンには無かった料理ですね」


 屋台に並ぶ料理に、ミリアの視線は釘付けになる。

 初めて見る食材と調理方法に目を輝かせていた。


「お二人さん、それは“ラスチン貝の煮物”だよ」

「えっ、これが貝なの!?」

「コリコリして美味しいよ、お嬢さん」

「なら、三つちょうだい!」


 この市場バザールでは料理は歩きながら食べるのが主流である。買ったばかりの料理をミリアはほお張る。


「本当にコリコリしていて美味しいわね!」

「たしかに、そうですね、ミリア様」


 内海に面したラスチンプールは、新鮮な魚介類も豊富。内陸育ちのミリアにとって、全てが新鮮な味わいである。

 

「カネン様、これを見てください!」

「ほう、羊の串焼きか? 兄ちゃん、三つくれ」

「あいよ!」

「ふん。ワシも二つほど貰おうか」


 それに加えて市場バザールには、周辺諸国の多国籍な出店も集まっていた。

 少数民族の珍しい郷土料理、そして珍品食材などバリエーションは豊富である。


「アランも、この果物食べる?」

「えっ? はい。頂戴いたします」


 肉料理に海鮮料理、それに果物など専門露店が並んでいる。

 一軒を食べ終わったら、自分の嗅覚きゅうかくと勘を信じて次の露店を探す。


「うーん、この焼き菓子は何か微妙ね?」

「僕は好きですよ、ミリア様!」


 大当たりの店もあれば、微妙な味の外れもある。

 だが、それこそが屋台料理の醍醐味であり、楽しさでもあった。


「それにしても……もぐもぐ……食べても、食べても……無くならないわね……」


 ミリアたちの属する遠征軍は、ここまで連戦が続いていた。そんな中での食事は基本的に野外である。


「それはミリア様が買い足しているからです」

「さすがアラン! ……あっ、オジさん、それも二つ頂戴!」


 このように街で普通の買い食いをするのは、久しぶりである。

 それもあり全員が買いすぎて、そして食べ過ぎていた。



「ふう……それにしてもラスチンプールは不思議な街よね。“自由貿易都市”か……」


 空腹が落ち着いてきたミリアは、活気ある街並みを眺める。

 そして、ふと疑問に思う。


“何故この大都市はどこの国でも無い。そして誰も攻めてはいけないのか?”という古の戒めを。


「たしか『ラスチンプールは何人なんぴとたりとも攻めることなかれ』よね?」

「それは“自由都市憲章”の一文ですね、ミリア様。たしか四百年前の宣言された、謎の憲章……」


 ミリアの呟きにアランが答える。

 ラスチンプールは“自由都市憲章”という憲章により自治を守られていた。その影響にあり永世中立都市なのである。


「ふん。ワシの親父の話だと、ここは昔じゃ小さな漁村じゃったはずだ」


 ドバンたち山穴族は長寿な一族。王族である岩鉄王ドバンはもうすぐ三百才を迎える。

 その話によると四百年前は小さな漁港だった村ラスチンプールが、ここまで巨大に発展してきたのだ。


「でも、不思議よね。なぜ歴代の覇王たちは、このラスチンプールを占領しなかったのかしら?」


 この四百年もの間、大陸には様々な大国が勢力を誇っていた。

 最近では東西に分裂する前のラーマ神聖王国。そして一つは遥か南方の大半を版図におくオルマン巨大帝国。

 だが、どの帝国もこのラスチンプールに軍を向けた歴史はない。


「噂ではあの“自由都市憲章の神塔”……あのご加護という話しですわ」

「自由都市憲章が彫られている……大陸最大の建造物ね」


 カネンの言葉に、ミリアは視線を街の中央の丘に向ける。

 そこには天にも届こうとする巨大な建造物がそびえていた。


「本当にアレは、一体誰が建てたのかしら?」

「ふん。千年以上も昔に天から降ってきた。もしくは大地から生えてきた。とういう話じゃぞ。ひいひい爺さんたちの言い伝えによると」


 ラスチンプールにそびえる神塔の起源は、今は不明であった。気が付いた時にはこの地に存在していたという。

 長寿である山穴族の口伝でも、詳しくは伝わっていかなった。


「まあ、世の中には常識では測れない、不思議なこともあるってことですわ」

「ふん。ワシらの遠征軍にも、黒髪のおかしな奴がいるからのう」

「サエキね……そうね、そう言えば不思議よね」


 ドバンの言葉でミリアは一人の青年の顔を思い出す。

 この大陸にはいない黒目黒髪の料理人シェフ。噂では東の大海を越えた大地に住む人種だと。

 そして食通であるミリアたちも知らない、不思議で美味なる料理を作り出す。


「ラスチンプールの料理も美味しいけど……やっぱりサエキには敵わないかもね」


 サエキの料理を思い出しミリアは唾を飲み込む。

 大陸中の食材や調理法が集うラスチンプールの料理の数々。それと比べても、あの青年の作る料理は別格であった。

 美味い不味いの上下の問題ではなく、味の次元がどこか違う。そんな不思議で暖かい料理の数々であった。


「なんか、サエキのことを思いだしたら……帰りたくなっちゃったわね」

「ほんなら、そろそろ遠征軍に合流しましょう。軍神の収穫もなかったということで」


 望郷と食欲の念に襲われて、ミリアたちは任務の終了を選択する。

 これ以上ラスチンプールにいても、情報の収穫はないであろう。任務を中断して蛮族軍に戻ることにした。


「それなら、ミリアはん。こっちの路地裏が近道ですわ」

「そうね、急ぎましょう」


 任務を終えたミリアたちは、市場バザールから移動を開始する。

 人混みだらけの市場バザールから、人気のない路地裏を進んでいく。


「そういえばハデスたちは大丈夫かしら?」

「ハデスはんもサエキはんも、抜け目のない方。大丈夫でしょう」

「そうね……新しい料理も楽しみね」


 大陸屈指の剣士であるハデスは、今まで各国を渡り歩いてきた。そして謎の料理人シェフサエキたちも大丈夫であろう。

 きっと何気ない顔で、遠征軍に戻って来るに違いない。新たなる食材と料理を引っ提げて。




「ミリア様……お止まりください……」

「えっ⁉……アラン……どうしたの?」


 路地裏を順調に進んでいた、その時。

 先頭を進んでいた騎士アランの足が止まる。


「ドバン殿……後ろは?」


 いつの間にかアランは、険しい顔で剣を抜いていた。

 そして最後尾の岩鉄王ドバンに声をかける。


「ふん。後ろも囲まれておるぞ」

 

 バルカンの騎士と山穴族の老戦士は、前後の薄い暗闇を睨み付ける。

 いつの間にかかなりの人数の相手に、完全に包囲されていたのだ。


「ミリアはん、リットン……こっちへ」

「は、はい、カネン様」


 この一行の中では戦闘能力が低いミリアとカネン、そしてリットン。三人は中央にて身を寄せて、護身用のナイフを構える。


「これは、これは……」


 その時、前方の路地の影から声がする。


「噂に名高い蛮族軍の幹部の皆さんですね?」

「ええ、そうだけど。先に名乗るのがマナーじゃなくて」


 ミリアは相手の問いかけに正直に答える。

 相手の姿は見えないが、この状況は明らかに待ち伏せ。交渉相手に嘘を付くのは愚策である。


「私は東ラーマ神聖王国の者です。そうですね……“軍神”と言えば分かりやすいでしょう」

「えっ……軍神⁉」

「何じゃと⁉」


 まさかの人物の登場に、ミリアたち五人は絶句する。


「皆さんを私の屋敷にご案内いたします」

 

 こうして東ラーマ神聖王国の“軍神”の手によって、ミリアたちは囚われてしまったのである。


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