第20話:閑話:岩亀のカタブン
騎士カタブンが率いるダイモン騎士団は、蛮族遠征軍に合流していた。
「ダイモンのカタブン。お前たち、三番近衛団、任せる」
カタブンたちは蛮族軍の幹部から、近衛団に任命される。
近衛団とは、蛮族王の周囲を固める部隊の一つ。総大将を守る最後の要であり、かなり重要な任務である。
「何ですと……新参者があの近衛団を……」
「我々、紅蓮騎士団ですら許されていないのに……」
家屋内にいた他の諸侯たちから、ざわめき声があがる。
何故ならこれまで近衛団は、純粋な森の戦士だけに許された重役。合流した騎士団が任命されたのが、今回が初めての異例であった。
「確かに拝命いたしました。ダイモン騎士の誇りに賭けて、任務をまっとうします」
だがカタブンはそんな外野の声を気にすることなく、承諾の返事をする。
この蛮族軍で細かい礼節は不要。しかし生真面目なこの騎士は、以前と変わらぬ堅い口調である。
「では失礼します」
そう言い残し、カタブンは幹部たちのいる家屋を後にする。
◇
「いきなり近衛団を任せられるなんて、さすがはダイモンの騎士カタブンね」
「バルカンの公女ミリア殿か」
家屋を出たカタブンに声をかけてきた者がいた。
この同じ遠征軍に属する公女ミリアである。
「他の諸侯たちのやっかみは、気にしなくても大丈夫よ」
「ダイモンの騎士団は他の諸侯に比べて、数少がない。仕方があるまい」
今回カタブンは直属の部下だけを率いて合流していた。
人数にして千人ちょっと。他の諸侯に比べて多くはない方である。
「だがダイモンの騎士は最後の一兵まで、任された職務をまっとうする」
カタブンたちダイモン地方の男たちは、その忠義の高さで近隣諸国に知られている。
一度受けた任務なら、死んでも全うする強者ぞろい。
「例え、それが蛮族の王を守る任務であろうとも」
カタブンは騎士の誇りに賭けて誓う。
その漢気を蛮族王に見込まれて、今回は近衛団に任命されたのだ。
「へー、さすがは騎士カタブンね」
「私はカタブンの呼び捨てでいい。公女ミリア殿」
「私へのそのお堅い呼び方は、どうせ直らないのよね。わかったわ、カタブン」
この蛮族軍で細かい階級や礼節は不要である。
特にこの二人は同じ“千人長”という階位になり同格。遥かに年下である少女ミリアは、カタブンに対しても対等な口を利く。
「それにしても……彼ら森の民は漢らしいですな」
「そうね。平原の騎士に比べて、考え方がちょっと変わっているわよね」
カタブンとミリアは家屋の周りの様子を見つめる。
蛮族軍の陣内では森の戦士たちが、野営の作業を行っていた。
つい先日まで命のやり取りをしていたダイモンの騎士団。彼らの作業も笑顔で助けている。
「なんでも彼ら森の戦士は、『生きるとは戦うこと。戦とは生きる道』っていう考えかたらしいわよ」
そんな光景を見ながらミリアは、遠征軍に合流したばかりのカタブンに語る。
蛮族兵は戦を、狩りの場の一つとして考えていた。そのために味方の危険を感じたなら、大胆なほどの退却もおこなう。
だが一回戦うと決めた相手には、命を賭けて勇猛に挑んで行くのだと。
「なんでも勇敢に死んだ者は、“戦士宮殿”っていう死後の世界に召される……そう信じているみたいよ」
「戦士宮殿……ですか」
カタブンはその言葉を小さくつぶやく。
初めて聞く死後の概念であるが、何とも言えない高揚感がある。古い騎士としては憧れの考え方であった。
「それに戦闘が終わった後は、あんな感じで降伏した相手に優しい。びっくりするぐらいに、遺恨も全くないし」
戦場では戦化粧を全身に施し、鬼神のように暴れ回る蛮族の戦士たち。
だが非戦闘員は決して襲わず、弱いものからの略奪もしない。むしろ食料や薬草の施しをしていた。
「本当に変わっているよね。彼ら森の民は」
「ええ、そうですな」
変わっていると苦笑いしながら、ミリアたちは眩しそうに見つめていた。
自分たち平原の民が忘れていた何かを、彼ら大森林の民は持っていると。そしてカタブンも静かに同意する。
◇
「おお、ミリアはん、ここにましたか!」
「あら、カネン。珍しいわね?」
そんな二人のもとに大商人カネンがやってくる。
いつも商人的な笑みを絶やさない男にしては、珍しく息を切らしていた。
「おっと、これはカタブンはん。失礼しました」
「いや、気にすることではない。サガイのカネン殿」
カネンは息を整えて、カタブンに挨拶をする。
近衛団の就任の祝いも忘れないところが、この大商人の抜け目ないところだ。
「ところで、カネン。どうしたの? そんなに息を切らして」
落ち着いたところでミリアは話を切り出す。念のために周囲に人の気配がないことを確認しておく。
「それが、先日の東ラーマの“軍神”に、いよいよ動きがあったんですわ」
「なんですって……あの軍神が?」
ミリアたちは声を抑えて会話を続ける。
軍神といえば三大国家の一つ“東ラーマ神聖王国”の大軍師。先日の情報では蛮族軍に対して、何かを画策しているとあった。
「はい、その軍神が何でも、この遠征軍が次に向かう地方で、何やら罠を張っているとか」
「次の地方で、罠を……危険な感じね」
この蛮族遠征軍は戦と統合を続け、西に向けて進軍を続けている。
最近では降伏して合流する諸侯も増えてきた。そのため進軍方向は読まれやすくなっている。
「しかも、ワイのつかんだ情報では、軍神はラスチンプールで秘密の会談を行うみたいですわ」
「ラスチンプール……大陸有数の中立都市ね」
この遠征軍の進行方向の外れた先に、“貿易自由都市ラスチンプール”があった。
そこは大陸東部でも最大の貿易都市であり、完全な中立地帯である。
“何人たちラスチンプールは侵すべからず”
大陸にはそんな古の戒めがある。
そのためどんな巨大な国でも、ラスチンプールを攻めることはできない。それ故に中立都市として、多国籍な場所となっていた。
「今のうちにラスチンプールで情報収集しておくのが、吉かもしれませんな」
「そうね。なにか軍神の動きの情報が得られるかもね」
貿易自由都市であるラスチンプールには、大陸中の物資と情報が集まる。
そこに潜入できたなら東ラーマと軍神の動きも、何か掴めるかもしれない。
「そうなると偵察任務なるわね。それなら私たちだけの、少数精鋭がいいかもね」
ミリアたちはラスチンプールへの潜入作戦を立案する。その中で合流した諸侯たちで部隊を編成した。
「そうですな……森の戦士はんは目立ちますから」
何しろ大森林から出てきた蛮兵たちは、街中ではとにかく目立つ。
彼らは浅黒い肌に戦化粧を施し、毛皮や牙の装飾品を身につけている。誰もが見事な巨躯であり、街の住人より頭一つ大きい。
「それなら私とアランが適任よ。ラスチンプールにはアランの従妹が嫁いでいるの」
「ワイと小姓のリットンも行かせてもらいますわ。ラスチンプールは何度か行って顔が効きますわ」
どうやら両者が考えていることは一緒であった。
ミリアとカネンと交易自由都市に行くことを決意している。
「私たちは蛮族王の護衛に専念しよう。守りは任せてくれ」
「ええ、助かるわ、カタブン」
近衛団に任命されたばかりの、騎士カタブンは留守番となる。
堅守で名高い彼らダイモンの騎士団がいれば、留守の間も安心であろう。
◇
「お前たち、こんなところにいたのか」
「ふん。ワシの言ったとおりじゃろう」
そんなミリアたちもとに新たなる人物が現れる。
「おお、これはハデスはん。それに岩鉄王はん。どうしましたか?」
傭兵団長ハデスと山穴族の岩鉄王ドバンの二人であった。何やらハデスは神妙な顔つきてある。
「悪いがオレだけ少しの間、この軍を離れる。セリスを追いかける」
そんなハデスは遠征軍を離れることを伝えてくる。
自分の養女となったセリスを探しにいくという。
「えっ、セリスちゃんが? 一体どこに……」
ハデスの一時離脱の報告に、ミリアは心配する。
セリスは元フラン王国の第二王女。まだ幼い少女であり行方が気になる。
「行く先はラスチンプールだ。あの黒髪の料理人のサエキと、食材を探しに行ったらしい」
「ラスチンプールに⁉」
「それにサエキはんも一緒に⁉」
まさかの行く先と同行者の名に、ミリアとカネンは同時に声を出す。
このタイミングであの青年と、行く先が被るとは思ってもいなかったのだ。
「これは何か起きそうね……」
「そうですな……ラスチンプールの食材とサエキはんが……」
貿易自由都市であるラスチンプールには、大陸中の物資が集まる。そして各国の食材の数々も。
「私たちも急いで準備をしましょう!」
「それならオレも行く」
「ハデスはんが同行してくれたら、心強いですわ!」
「ふん。ワシも行くぞ。たしか山穴族の工房もあったはず。それにあそこの地酒は美味い」
ミリアとカネン。そしてハデスと岩鉄王。
その四者の思いが合致する。
こうして東部でも最大の貿易都市に、ミリアたちは潜入するのであった。