表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/27

第20話:閑話:岩亀のカタブン

 騎士カタブンが率いるダイモン騎士団は、蛮族遠征軍に合流していた。


「ダイモンのカタブン。お前たち、三番近衛団、任せる」


 カタブンたちは蛮族軍の幹部から、近衛団に任命される。

 近衛団とは、蛮族王の周囲を固める部隊の一つ。総大将を守る最後の要であり、かなり重要な任務である。


「何ですと……新参者があの近衛団を……」

「我々、紅蓮騎士団ですら許されていないのに……」


 家屋ゲル内にいた他の諸侯たちから、ざわめき声があがる。

 何故ならこれまで近衛団は、純粋な森の戦士だけに許された重役。合流した騎士団が任命されたのが、今回が初めての異例であった。


「確かに拝命いたしました。ダイモン騎士の誇りに賭けて、任務をまっとうします」


 だがカタブンはそんな外野の声を気にすることなく、承諾の返事をする。

 この蛮族軍で細かい礼節は不要。しかし生真面目なこの騎士は、以前と変わらぬ堅い口調である。


「では失礼します」


 そう言い残し、カタブンは幹部たちのいる家屋ゲルを後にする。



「いきなり近衛団を任せられるなんて、さすがはダイモンの騎士カタブンね」

「バルカンの公女ミリア殿か」


 家屋ゲルを出たカタブンに声をかけてきた者がいた。

 この同じ遠征軍に属する公女ミリアである。


「他の諸侯たちのやっかみは、気にしなくても大丈夫よ」

「ダイモンの騎士団は他の諸侯に比べて、数少がない。仕方があるまい」


 今回カタブンは直属の部下だけを率いて合流していた。

 人数にして千人ちょっと。他の諸侯に比べて多くはない方である。


「だがダイモンの騎士は最後の一兵まで、任された職務をまっとうする」


 カタブンたちダイモン地方の男たちは、その忠義の高さで近隣諸国に知られている。

 一度受けた任務なら、死んでも全うする強者ぞろい。


「例え、それが蛮族の王を守る任務であろうとも」


 カタブンは騎士の誇りに賭けて誓う。

 そのおとこ気を蛮族王に見込まれて、今回は近衛団に任命されたのだ。


「へー、さすがは騎士カタブンね」

「私はカタブンの呼び捨てでいい。公女ミリア殿」

「私へのそのお堅い呼び方は、どうせ直らないのよね。わかったわ、カタブン」


 この蛮族軍で細かい階級や礼節は不要である。

 特にこの二人は同じ“千人長せんにんちょう”という階位になり同格。遥かに年下である少女ミリアは、カタブンに対しても対等な口を利く。


「それにしても……彼ら森の民はおとこらしいですな」

「そうね。平原の騎士に比べて、考え方がちょっと変わっているわよね」


 カタブンとミリアは家屋ゲルの周りの様子を見つめる。

 蛮族軍の陣内では森の戦士たちが、野営の作業を行っていた。

 つい先日まで命のやり取りをしていたダイモンの騎士団。彼らの作業も笑顔で助けている。


「なんでも彼ら森の戦士は、『生きるとは戦うこと。戦とは生きる道』っていう考えかたらしいわよ」


 そんな光景を見ながらミリアは、遠征軍に合流したばかりのカタブンに語る。

 蛮族兵は戦を、狩りの場の一つとして考えていた。そのために味方の危険を感じたなら、大胆なほどの退却もおこなう。

 だが一回戦うと決めた相手には、命を賭けて勇猛に挑んで行くのだと。


「なんでも勇敢に死んだ者は、“戦士宮殿ヴァルハラ”っていう死後の世界に召される……そう信じているみたいよ」

戦士宮殿ヴァルハラ……ですか」


 カタブンはその言葉を小さくつぶやく。

 初めて聞く死後の概念であるが、何とも言えない高揚感がある。古い騎士としては憧れの考え方であった。


「それに戦闘が終わった後は、あんな感じで降伏した相手に優しい。びっくりするぐらいに、遺恨も全くないし」


 戦場では戦化粧いくさけしょうを全身に施し、鬼神のように暴れ回る蛮族の戦士たち。

 だが非戦闘員は決して襲わず、弱いものからの略奪もしない。むしろ食料や薬草の施しをしていた。


「本当に変わっているよね。彼ら森の民は」

「ええ、そうですな」

 

 変わっていると苦笑いしながら、ミリアたちは眩しそうに見つめていた。

 自分たち平原の民が忘れていた何かを、彼ら大森林の民は持っていると。そしてカタブンも静かに同意する。



「おお、ミリアはん、ここにましたか!」

「あら、カネン。珍しいわね?」


 そんな二人のもとに大商人カネンがやってくる。

 いつも商人的な笑みを絶やさない男にしては、珍しく息を切らしていた。


「おっと、これはカタブンはん。失礼しました」

「いや、気にすることではない。サガイのカネン殿」


 カネンは息を整えて、カタブンに挨拶をする。

 近衛団の就任の祝いも忘れないところが、この大商人の抜け目ないところだ。


「ところで、カネン。どうしたの? そんなに息を切らして」


 落ち着いたところでミリアは話を切り出す。念のために周囲に人の気配がないことを確認しておく。


「それが、先日の東ラーマの“軍神”に、いよいよ動きがあったんですわ」

「なんですって……あの軍神が?」


 ミリアたちは声を抑えて会話を続ける。

 軍神といえば三大国家の一つ“東ラーマ神聖王国”の大軍師。先日の情報では蛮族軍に対して、何かを画策しているとあった。


「はい、その軍神が何でも、この遠征軍が次に向かう地方で、何やら罠を張っているとか」

「次の地方で、罠を……危険な感じね」


 この蛮族遠征軍は戦と統合を続け、西に向けて進軍を続けている。

 最近では降伏して合流する諸侯も増えてきた。そのため進軍方向は読まれやすくなっている。


「しかも、ワイのつかんだ情報では、軍神はラスチンプールで秘密の会談を行うみたいですわ」

「ラスチンプール……大陸有数の中立都市ね」


 この遠征軍の進行方向の外れた先に、“貿易自由都市ラスチンプール”があった。

 そこは大陸東部でも最大の貿易都市であり、完全な中立地帯である。


何人なんぴとたちラスチンプールは侵すべからず”


 大陸にはそんないにしえいましめがある。

 そのためどんな巨大な国でも、ラスチンプールを攻めることはできない。それ故に中立都市として、多国籍な場所となっていた。


「今のうちにラスチンプールで情報収集しておくのが、吉かもしれませんな」

「そうね。なにか軍神の動きの情報が得られるかもね」


 貿易自由都市であるラスチンプールには、大陸中の物資と情報が集まる。

 そこに潜入できたなら東ラーマと軍神の動きも、何か掴めるかもしれない。


「そうなると偵察任務なるわね。それなら私たちだけの、少数精鋭がいいかもね」


 ミリアたちはラスチンプールへの潜入作戦を立案する。その中で合流した諸侯たちで部隊を編成した。


「そうですな……森の戦士はんは目立ちますから」


 何しろ大森林から出てきた蛮兵たちは、街中ではとにかく目立つ。

 彼らは浅黒い肌に戦化粧を施し、毛皮や牙の装飾品を身につけている。誰もが見事な巨躯であり、街の住人より頭一つ大きい。


「それなら私とアランが適任よ。ラスチンプールにはアランの従妹が嫁いでいるの」

「ワイと小姓のリットンも行かせてもらいますわ。ラスチンプールは何度か行って顔が効きますわ」


 どうやら両者が考えていることは一緒であった。

 ミリアとカネンと交易自由都市に行くことを決意している。


「私たちは蛮族王の護衛に専念しよう。守りは任せてくれ」

「ええ、助かるわ、カタブン」


 近衛団に任命されたばかりの、騎士カタブンは留守番となる。

 堅守で名高い彼らダイモンの騎士団がいれば、留守の間も安心であろう。



「お前たち、こんなところにいたのか」

「ふん。ワシの言ったとおりじゃろう」


 そんなミリアたちもとに新たなる人物が現れる。


「おお、これはハデスはん。それに岩鉄王はん。どうしましたか?」


 傭兵団長ハデスと山穴族の岩鉄王ドバンの二人であった。何やらハデスは神妙な顔つきてある。


「悪いがオレだけ少しの間、この軍を離れる。セリスを追いかける」


 そんなハデスは遠征軍を離れることを伝えてくる。

 自分の養女となったセリスを探しにいくという。


「えっ、セリスちゃんが? 一体どこに……」


 ハデスの一時離脱の報告に、ミリアは心配する。

 セリスは元フラン王国の第二王女。まだ幼い少女であり行方が気になる。


「行く先はラスチンプールだ。あの黒髪の料理人シェフのサエキと、食材を探しに行ったらしい」

「ラスチンプールに⁉」

「それにサエキはんも一緒に⁉」


 まさかの行く先と同行者の名に、ミリアとカネンは同時に声を出す。

 このタイミングであの青年と、行く先が被るとは思ってもいなかったのだ。


「これは何か起きそうね……」

「そうですな……ラスチンプールの食材とサエキはんが……」


 貿易自由都市であるラスチンプールには、大陸中の物資が集まる。そして各国の食材の数々も。


「私たちも急いで準備をしましょう!」

「それならオレも行く」

「ハデスはんが同行してくれたら、心強いですわ!」

「ふん。ワシも行くぞ。たしか山穴族の工房もあったはず。それにあそこの地酒は美味い」


 ミリアとカネン。そしてハデスと岩鉄王。

 その四者の思いが合致する。

 こうして東部でも最大の貿易都市に、ミリアたちは潜入するのであった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ