第18話:ダイモン要塞とスッポン料理(前編)
蛮族王は蛮兵を率いて大遠征を進めていた。
人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。山穴族の山岳王国も彼らに併合される。
そして大陸東部にある要害の一つダイモン要塞にも、その蛮兵の剣は達しようとしていた。
◇
だが連戦連勝を遠征軍は、その勢いを一度緩めてしまう。
堅牢なダイモン要塞の攻略に、手こずっていたのである。
「堅いわね」
「堅いですね、ミリア様」
「ほんま、堅いですわー」
攻めあぐねている要塞の城壁を前にして、ミリアたちはため息を吐いていた。
ここまで快進撃を続けていた遠征軍だが、ダイモンの地で足止めをくらっているのだ。
「そういえば交渉の方はどうでしたか、ミリアはん?」
「ダメだったわ、カネン。城主のカタブンっていうのが堅物すぎて、話にもならなかったわ」
先ほど要塞内に交渉に行った公女ミリアは、首を横にふって答える。
戦力的には圧倒的に蛮族軍が優勢。長期戦になればダイモンの敗戦は見えている。
だが城主カタブンは徹底抗戦を主張してきた。
最後の一兵になるまで籠城して、戦うことをミリアに宣言してきたのだ。
「ねえ。ドバンの工兵部隊の方はどうだった?」
「ふん。地下壕や断水も無理じゃった」
ミリアの問いかけに、岩鉄王ドバンは鼻を鳴らして答える。
彼の率いる工兵は、この蛮族軍において戦闘支援の部隊。味方陣や橋の建設の任務の他に、敵陣の破壊工作も担っていた。
「ふん。人族の砦の建築技術もなかなかじゃ」
だがダイモン要塞の立地や建設技術は完璧であった。
大地の種族である彼ら山穴族でも無理なら、破壊工作は無理であろう。
「兵糧攻めの計算の方はどう、カネン?」
「ワシの情報によれば、あの要塞にはかなりの兵糧があるみたいですわ。こっちの方がもちませんな」
大商人あるカネンは蛮族軍で兵站を担っている。
戦に必要な物資の補給や連絡など行う部隊。またカネンは情報収集にも優れており、要塞の中の情報も仕入れていた。
「交渉も工作、そして兵糧攻めもダメ。ということは、正攻法で城攻めをするしかないわね。ハデスはどう思う?」
「城主の騎士カタブンはかなりの男だ。それに部下たちも精鋭ぞろい。オススメはできない」
傭兵ハデスは大陸の各地で雇われた経験がある。
そのためダイモン軍の内情にも通じていた。
その推測によると、屈強な戦士が揃う蛮族軍は勝てるかもしれない。だがこちらの被害はかなり大きくなる。
数多の戦場を生き抜いてきたハデスの言葉は、かなりの信憑性があった。
「せめて要塞から出てくれば、手はあるのだけどね……」
「あの男は“岩亀のカタブン”と呼ばれている騎士だ。それは無理であろう」
ため息をつくミリアに、ハデスは答える。
城主であるカタブンは守りの戦いを得意とする。いったん籠城戦になれば、どんな計略でもうって出てこないと
「岩亀か……ここで戦力と時間を消耗するのは、いただけないわね」
「そうですな。この先も敵国はたくさんありますから」
この蛮族軍はまだ大陸制覇の遠征の途中である。
今はまだ東部の一部を統一したにすぎず、この先も連戦が待ちかまえていた。
それもありダイモン要塞攻略では、あまり時間と兵を浪費できない。
◇
「うーん。こまりましたな。ん? これはセリスはん。お出かけですか?」
そんな頭を抱えていたカネンたちの横を、一人の少女が横切っていく。
元フラン王国の第二王女である少女セリスである。
「うん。お師匠さまに頼まれて、蛮族王様の食事を取りに行くの」
そう説明しながら、セリスはカゴの中身を見せてくる。
彼女は給仕係であり、蛮族王のメシ番である青年を手伝っていた。
「なるほど。蛮族王はんは、大食漢ですからのう」
この遠征軍の総大将である蛮族王は、滅多なことでは人前には出てこない。
普段は専用の大型の家屋の中で、静かに鎮座している。
「あっ、早く食材を取りに行かないと! お師匠さまが 『空腹の鼠、猫をも追う』って言っていたから」
「えっ、サエキが?」
セリスの料理の師匠は、黒髪の料理人サエキである。
東の大海を越えた地の出身と噂され、独自の格言を引用する癖があった。
「そうそう。なんでも『蛮族王様は空腹になると、料理を追いかけて家屋から出てきちゃう』って意味らしいよ。じゃあね、みんな!」
そう口早に言い残し、セリスは笑顔で去っていく。
自国を失った悲運な元王女であるが、その笑顔は天使のように純粋である。
「はっはっは。『空腹の鼠、猫をも追う』ですか? サエキはんらしい格言ですな」
「たしかに、あの蛮族王をからかうなんて、サエキくらいよね」
大森林の覇者である蛮族王は、屈強な戦士である。
呪術の描かれた仮面を被り、どんな時も終始無言を貫く。だが一言も発せずとも、圧倒的な武の覇気を放つ。
「それにしても『空腹の鼠、猫をも追う』なんて、おかしな言葉よね……えっ?……でも、待って……」
サエキの故郷の格言を口にして、ミリアは何かを思いつく。
バラバラになっていた複雑なパズルが、徐々に組み上がっていく。
「この遠征軍で……一番の美味そうな“エサ”……そして、岩亀のように閉じこもる要塞……」
ミリアは現状を整理しながらブツブツとつぶやく。
公女として英才教育を受けてきたミリアは、実戦を積み計略家としても開花していた。
「なるほど……ですわ、ミリアはん」
「ああ、バルカンのミリア。面白い作戦を思いつくな」
その策を思いついたのは、ミリアだけはなかった。
カネンやハデスたちも先ほどのセリスの言葉かなら、何かを思い浮かんでいたのだ。
「でも、総大将が危険に晒されるこんな策を、蛮族王が了承するかしら?」
「ですがミリアはん。常識にとらわれない蛮族軍だからこそ、逆に可能な策ですわ」
「ああ。堅物である騎士なら、必ず引っかかる奇策だ」
ミリアの心配に、カネンたちは大丈夫だと太鼓判を押す。
この蛮族軍は普通の騎士兵団と概念が全く違う。それが今回のダイモン要塞の攻略の光となると。
「そうね。という訳で、今から蛮族王にお願いしてくるわ」
「ですがミリア様、王は食事中だと……」
「大丈夫よ、アラン。“善は急げ”よ。たしかこれも、サエキの国の言葉だったわね!」
こうしてミリアたち蛮族軍は、ダイモン要塞の攻略作戦を実行に移すのであった。