第17話:閑話:岩鉄王ドバン
岩鉄王が率いる山穴族の戦士団は、蛮族遠征軍に合流していた。
「蛮族王。二つの任を与える。一つ目は中央部隊」
岩鉄王は蛮族軍の幹部から、二つの部隊の長に任命される。
その内の一つは中央部隊。大盾や槍でもって敵の突撃を受けきる部隊である。
蛮族軍の中でも一番危険な部隊。だが、足は遅いが膂力に優れた山穴族には適材の配置である。
「二つ目は工兵部隊。この二つを任せる」
もう一つは工兵部隊。蛮族軍における戦闘支援の部隊である。
任務は戦闘前の陣地の建設や自然妨害の破壊。また橋や道路の建設、敵陣の破壊工作などなど多岐に渡る。
全員が何かしらの職人である、彼ら山穴族にはうってつけの任務であった。
「ふん。人使いが荒いのう。だが任せておけ」
岩鉄王は豪快に承諾の返事をする。この蛮族軍で細かい礼節は不要。
特にこの岩鉄王は遠征軍の中でも、“王”の名を名乗ることを許された数少ない猛者。
前と変わらない山穴族独特の口調である。
「では失礼するぞ」
そう言い残し、岩鉄王は幹部たちのいる家屋を後にする。
◇
「いきなり二つの隊を任せられるなんて、さすがは、岩鉄王ね」
「ふん。バルカンのミリアか」
家屋を出た岩鉄王に声をかけてきた者がいた。
元バルカン公国の公女ミリアである。
「山岳戦士団の多くを連れてきた。その分の酒代は稼がないといかんのじゃ」
「たしかに、あの規模の戦士団だと、凄い消費量になりそうね」
岩鉄王は一万人近い山穴族を率いて合流している。
そのため岩鉄王は“五千人長”という階位。五千人以上であり一万人以下の部隊を指揮する大隊長であった。
「さすがは岩鉄王ね」
「ワシの真の名はドバンじゃ」
「へー、そんな名前だったのね」
「バルカンのミリア。オヌシは人族の女衆の身でありながら、なかなか骨がある。呼ぶのを許そう」
「わかったわ、ドバン」
先日の“火神の儀”の勝負の後から、ミリアは岩鉄王に認められていた。
見事に火酒を飲みきった勇敢な女戦士として。
「でも、あの時の“火神の儀”の後の記憶が無いのよね……」
「ふん。あれ多量に飲んで、生きている方が不思議じゃ」
ミリアをはじめ“火神の儀”に参加した全員が、あの時酔いつぶれている。
目を覚ました時には既に、岩鉄王は蛮族軍へ降ることを決意していた。
詳細は不明であるが心境の変化が、何かがあったらしいのだ。
「それにしても、この遠征軍の編成は変わっておるな」
「そうね……大森林の戦士と諸侯の騎士団と傭兵団。それに山穴族の戦士団も加わって、まさに異種の集合隊よね……」
野営の陣を張っている遠征軍を見回しながら二人は感心する。
様々な兵種や人種の者たちが、協力して準備をしていた。つい先日までは剣を交えていた者同士が、談笑さえしている。
「知っておるか、バルカンのミリア。森の民は千年以上も昔から、大森林でひたすら獣を狩り続けていたのじゃ」
「えっ……千年以上も……?」
ドバンまさかの情報に、ミリアは言葉を失う。
伝統あるバルカン公国でも建国二百年であった。この戦乱が続く大陸の中で、千年以上も続く文化など聞いたともない。
「この蛮族軍が輸送に使う“山馬”も、千年前から形を変えとらん」
「なるほど、あの山馬もそうなのね」
山馬とは、蛮兵たちが大森林から乗ってきた馬の一種である。
見た目は剛毛で覆われた大型の馬であり、平原での最高速度では軍馬に劣る。
だが急な斜面すらも上り下りが可能。更に重荷を引く馬力に優れ、また剛毛により防御力も優れていた。
「それにしても、千年以上も昔の伝承をよく知っているわね、ドバン?」
「ふん。伝承でなく口伝じゃ。何しろ千年前に生きていた曾爺さんから、直接ワシが聞いておる」
「えっ……千年前に……曾お爺さんが?」
衝撃的な言葉にミリアは首を傾げる。
ミリアたち人族は長くても数十年の寿命である。だからドバンの計算が明らかにおかしいのだ。
「ワシの一族は山穴族の中でも、特別長寿な王族なのじゃ」
そんな公女にドバンは説明する。
大地の精霊に近い山穴族はもともと長寿である。貧しい山岳地帯に暮らしているために、食事の量も少なく老化も遅い。
その中でも王族であるドバンの一族は更に長寿。ドバンはもうすぐ三百歳の初老を迎えるという。
「ドバンが三百歳……それなら計算は合うわね……」
自分の二十倍以上もの年齢。その年月を生き抜いてきた岩鉄王に、ミリアは驚愕する。
それと同時に心の中で敬意を払う。
二百年もの鎖国を解き放ち、新たなることに挑戦にする偉大な王に対して。
「いやー、これは岩鉄王はん。この度は二つの部隊の兼任おめでとうございます」
「ふん。カネンの商人か」
そんな二人の元に商国サガイの大頭カネンがやってくる。
相変わらず耳が早く、ドバンの二部隊の着任の情報を得ていた。
「ところで聞きましたか、おふたりさん?」
そんなカネンは新たなる情報を小声で口にする。
いつも商人用の笑みを絶やさない顔が、すっと真剣になる。
「珍しいわね。カネンがそんな顔をするなんて」
「勿体ぶるのじゃ人族の悪い癖じゃ。早く話せ」
そんなカネンの様子に二人も何かに勘付く。
周囲を警戒して、誰にも聞かれないように耳を寄せる。
「ここだけの話です。なんと東の方の神聖帝国が、どうやら動き出したみたいですわ」
「何ですって……東ラーマ帝国が⁉」
カネンの情報を耳にして、ミリアは思わず口を押える。想定外の情報に大きな声を出すところだった。
「東神聖ラーマ帝国……たしか人族の一大勢力の一つか?」
「はい、岩鉄王はん。その東ラーマ帝国が動き出したみたいですわ……」
この大陸には三つの巨大国家がある。
一つは遥か南方の大半を版図におく“オルマン巨大帝国”。こちらは遠方にあるために、この遠征軍とは当分は関わりない。
そして二つ目は西部の大半を占める“西ラーマ神聖王国”。こちらも内海を抜けていく必要があり、地理的に遠い場所にある。
最後がこの東部地方で勢力を誇る“東ラーマ王国”。地理的にこの三国の中で遠征軍に一番近い。
「でも東ラーマの勢力範囲までは、まだまだ先のはずよ? 随分と対応が早すぎるわ」
ミリアは脳内で大陸地図を思い出しながら、勢力図を確認する。
この遠征軍が出発したのは、大陸の東端にある大森林。そして現在地はまだ東部地方の一部を勢力下に置いたに過ぎない。
東ラーマの勢力図までには、あと数か国の国境を越える必要がある。
「何じゃ、バルカンのミリア。まずい状況なのか?」
平原の情勢にうといドバンは、遠慮なくミリアに尋ねる。
この遠征軍は各王国や諸侯を併合して、現在は西に遠征している。蛮族の戦士の圧倒的な戦闘力で、今まで連戦戦勝。
更に山穴族の戦士団も加えて、その戦力は急速に拡大中である。
「ええ。まずいわ、ドバン。東ラーマ軍と戦うには、まだ早すぎるわ……」
この蛮族遠征軍は勢力を拡大中である。
だが強大な東ラーマ軍と正面からぶつかるにはまだ早い。ミリアは冷静にそう説明をする。
「計算では東ラーマ軍は、こちらの十倍はありますわ」
「ふん。それは話にならんな」
カネンの情報によると、単純な差で十倍以上の兵力差がある。
それほどまでに東ラーマの勢力は強大なのだ。いくら勢いのある蛮族軍といえども、今はまだ勝てない。
「しかもワイの裏の情報では……“軍神”が裏で動いているらしいです」
「何ですって⁉ 軍神が⁉」
カネンの口から出た人名に、またもやミリアは口を押える。
先ほどよりも驚愕の情報に、思わず叫びそうになっていた。
「“軍神”ならワシも聞いたことがある。東ラーマの知恵者とやらか?」
「ええ、そうよドバン。たった一人で東ラーマの窮地を支えた大軍師よ……」
その昔、東西ラーマは一つの“ラーマ神聖帝国”として栄華を誇っていた。だが後継者争いから、東西に分かれて覇権を争っている。
その“ラーマ神聖帝国”が東西に分裂した直後の話である。
当時の戦力は圧倒的に西ラーマが勝っていた。
だが、東ラーマに現れた一人の大軍師。その“軍神”の登場で状況は一変する。
たった一人の軍師の存在で、西ラーマは勢力を拮抗まで押し戻したのだ。
「“大陸一の頭脳を持つ天才軍師”……“稀代の策略家”……軍神はんの異名は、数え切れないですわ」
情報通であるカネンも表情を曇らせる。
ただの腕自慢の将軍なら、この蛮族軍の敵ではないであろう。
だが相手は数十万の敵軍すらも手玉に取る策略家。
その軍師が動き出したなら、遠征軍の最大の危機であった。
「とにかく今は情報が欲しいわね」
「とりあえずワシの方でも情報を集めておきますわ」
「ふん。そうじゃな。“出ぬ鼠の心配は身を滅ぼす”じゃ」
ここから東ラーマまではまだまだ距離があった。
今は情報集をすることで三人の話し合いは終わる。
見えない敵に怯えていても仕方がない。岩鉄王の言葉は、そんな山穴族の格言なのであろう。
「そういえば次の目標はたしか……ダイモンよね」
「そうですミリアはん。ダイモン要塞ですわ」
「要塞か……」
カネンの情報にミリアの表情が曇る。
「噂では聞いているけど、亀のように強固な要塞よね」
「はい。これまで難攻不落の要塞……ですわ」
次の遠征軍の攻略目標は要塞都市であった。しかも大陸でも有数の強固な守りで有名な。
「ふん。どんな頑丈な要塞も、大地の固さに比べたら簡単なものじゃ」
「そうね。今回はドバンたち山穴族もいるしね」
山穴族といえば生まれながらの大地の職人。城攻めや破壊工作でも、活躍してくれるであろう。
「そういえばダイモンの名産は……何でしたっけ?」
「カネンはいつも食べ物のことばかりね」
この遠征軍の行く先には、怪しく強大な影が見えていた。東神聖ラーマ帝国と軍神という暗い影が。
「ふん。焼き鳥の食いっぷりなら、バルカンのミリアも負けていなかったぞ」
「ちょっと、ドバン⁉ 今はその話は止めてよね!」
だが一方で、頼もしい味方を得ている。
こうして蛮族軍は次なる戦いへと突入していくのであった。