第16話:岩鉄王と嘘とツマミ(後編)
ミリアたちは一心不乱に焼き鳥にかぶりついていた。
「美味そうだな……」
「ああ……美味そうだな……」
その光景を見ていて、山穴族の戦士たちは言葉を失う。
頑固な彼らは未だ、目の前の焼き鳥には口を付けずにいたのだ。
「岩鉄王……」
「岩鉄王よ……」
だが戦士たちの空腹は限界を超えてしまう。
腹の虫が鳴るのを我慢できず、岩鉄王に視線を向ける。
「ふん。飲みたければ飲め。食いたければ食え。それが山穴族の掟だ」
岩鉄王は諦めた表情で、部下たちの視線に答える。
彼ら山穴族は飲みたい時に飲んで、食べるのが流儀。たとえ王であっても止めることは出来ないのだ。
「王の許しがでたな」
「ならさっそく、食べてみるとしょうぞ」
「おおお! 何だ、この美味さは⁉」
焼き鳥を口に入れて、山穴族の戦士たちは叫ぶ。
初めて口にする料理の美味さに、感動して感情を爆発させる。
「人族が叫んでいたように、本当に美味いぞ!」
「それに、たしかに火酒も進む!」
焼き鳥をほお張りながら、戦士たちは火酒をどんどん飲み干していく。
その食欲と飲みっぷりは、ミリアたちにも引けを取らない。
「木炭は野山と大地の恩恵を受けた自然の火。だから火酒にも合う」
声をあげる山穴族に黒髪の料理人は答える。
大地に通じるその相性もあり、焼き鳥を今回の料理を選んだと語る。
「なるほど、サエキ。そういう訳だったのね!」
「やきとりか……人族にしてはやるな!」
「いやいや、山穴族の戦士はん。今回はこの火酒の美味さのお蔭ですわ!」
ミリアやカネンたちは山穴族の戦士と、意気投合しながら語り合う。
焼き鳥と火酒。どちら自然の恩恵を受けた恵みの産物。
その偉大なる組み合わせに、種族の壁など小さな問題にすぎない。
「こっちのタレ味もオススメよ」
「ふむむ。たしかに。こっちも堪らないぞ!」
誰もが雄弁になり語り合う。
次々と焼き上がる焼き鳥を味わいながら、火酒で乾杯し合う。
いつの間にか席も移動して、両国の者たちは交流を深めていた。
「ハデス殿、オヌシは火酒を飲まんのか?」
ハデスは先ほどから一口も火酒を飲んでいなかった。
焼き鳥だけを無言で食べ続けている。そんな剣士に山穴族の戦士が声をかける。
「山穴族の友よ。すまないがオレは下戸だ。酒の味が分からない」
歴戦の傭兵でありながらハデスは、まともに酒を飲んだことがないという。
剣の修羅の道に酒は不要だと、これでまで避けてきたと語る。
「ならば今日が始まりじゃ」
「ああ、そうだな。悪くないかもしれないな」
だが実直な山穴族の勧めもあり、ハデスは酒を飲んでみる。
そして、たった一口でそのまま酔いつぶれてしまう。
「何と⁉ あの剣豪がたった一口で⁉」
「これはハデスはんの新しい一面……まさに“死神の目にも涙”ですわ」
「上手いことを言うのう、人族の商人よ!」
酔いつぶれたハデスを酒の肴にして、宴は更に盛り上がる。
いたるところに笑い声と笑顔があふれていく。
「おい、お前たちも飲むのじゃ!」
「あら。私の杯が、もう空よ」
「なんと。人族の女子にしては酒豪じゃのう!」
座って席も入り交じり、山穴族と人族は互いに酒を注ぎ合う。
次々と焼き上がった焼き鳥をほお張り笑み浮かべる。そして火酒の入った盃を飲み干し、談笑し合う。
「ツマミ……それに酒宴とは最高じゃのう!」
「今度はカネン産の酒も持ってきますわ!」
「それは楽しみじゃのう!」
彼ら山穴族は大地の精霊の一種であり、“食事を楽しむ”という概念が存在しない。
また酒も水が代わりであり、こうして宴を楽しむものではない。
「我ら山穴族の……新しい文化の誕生じゃ!」
「バルカンの名産料理も美味しいわ。今度食べに来てよね!」
「何と、それは楽しみじゃのう!」
だが信じられない変化が起こっていた。
初めて口にする焼き鳥と火酒の組み合わせが、小さな奇跡を起こしていた
“料理と酒を楽しむ文化”
その人族の文化に頑固な山穴族は感銘を受けていたの。
この二百年もの間。鎖国を貫いていた山岳王国に、新しい時代の波が訪れたのだ。
「ふむむ。それにしても本当に美味いな!」
「ちょっと、私のお皿を全部食べないでよね!」
「はい、みなさん。お替わりを持ってきました」
「セリスちゃん、さすがね!」
そして小さな奇跡の宴は、翌日の朝まで続いたのであった。
◇
朝を迎えた宴の会場。
そこにいた者は全員酔いつぶれていた。
「もう、飲めへんで……むにゃ、むにゃ……」
「塩味の……お替わりを……」
カネンやミリアたちは幸せそうな寝顔で酔いつぶれていた。
それ以外の山穴族の戦士たちも同様。誰もが幸せそうな笑顔で寝ている。
そして火酒の入った大瓶は既に空になっている。
ミリアたちと山穴族たちで全部飲み干してしまったのだ。
「我らが……」
その光景をたった一人で見つめている者がいた。
山穴族の王の岩鉄王である。
一口も食べていない料理と杯を、悲しげにじっと見つめていた。
「我らが………山岳王国の時代は終わるのか……」
岩鉄王が即位してから二百年もの間、山岳王国は鎖国を守り通してきた。
危険な人族から同胞を守るために、外部との接触を断ってきたのだ。
「ワシもかつては人族を信じていた……」
幸せそうな寝顔のミリアたち。それを見つめながら岩鉄王は思い出す。
鎖国をする前に自分が友と呼んでいた人族のことを。
「じゃが、ワシは裏切られた……友の嘘によって……」
岩鉄王が友と呼んでいた人族は、欲望に負けてしまった。
山穴族の潤沢な鉱山の利権を、独り占めしようとした。
そして山岳王国が危機に陥った過去があったのだ。
「あの時のワシの決断は……」
友の嘘に裏切られた岩鉄王は鎖国を決断した。
山穴族の同胞と自国を守るため。そう大義を掲げて。
「だが、ワシの決断は……間違っていたのか?」
岩鉄王は自分の行いを、自分自身の心に問いたける。
もしかしたら、あの時の英断は愚策だったのではないかと。
「こいつらの、こんな笑顔は久しぶりに見たのう……」
酔いつぶれている山穴族の同胞たち。彼らは全員幸せそうにしていた。
鎖国によって閉ざされていた同胞の笑顔が甦っている。これまで避けていた人族たちとの交流によって。
「誰か……教えてくれ……ワシは……」
岩鉄王は目を閉じて助けを請う。
これまで民のことを思って行ってきたこと。その自分の行いの是非について。
「多くの人は弱く、失敗もする」
苦悩の岩鉄王に、誰かが声をかけてきた。
それは人族の青年。
皆のために最後まで料理をしていた黒髪の料理人であった。
「だからやり直しも、そして成長もできる。料理と一緒だ」
青年はエプロンを外しながら言葉を続ける。
そして出来立ての料理の皿を、岩鉄王の前に差し出す。
「これは……」
「鳥皮だ。オレが一番好きな焼き鳥だ」
「鳥の皮じゃと……それに、この杯は?」
焼き鳥と一緒に酒の入った杯が置かれる。
青年の手元の分も合わせて、杯は全部で二つあった。
「勝負はまだ終わっていないからな。二百九十九杯と二百九十九杯で、今のところは同点だ」
「何じゃと⁉ 全部数えていたのか、オヌシは⁉」
青年のまさかの言葉に、岩鉄王は驚愕する。
昨日の夕方からの始まった“火神の儀”の勝負。そこで人族と山穴族の飲んだ全ての杯数を、この黒髪の人族は数えていたのである。
ひっきりなしに調理と配膳をしながら、一杯の狂いもなく見ていたのだ。
「オヌシは酒も嗜むのか……?」
「オレの名はサエキだ。酒の味を知るのも、メシ番の仕事だ」
そう語りながら、黒髪の料理人サエキは岩鉄王の隣に座る。
料理を終えてエプロンを外した今は、もう既にメシ番ではない。
蛮族軍に世話になる一介の人族として、サエキは岩鉄王に勝負を挑むのだ。
「ふん。サエキか……だが、ワシは山穴族一の酒飲み岩鉄王……ドバンじゃぞ?」
「ドバンか……悪いがオレも、故郷では負け知らずだ」
真の名であるドバンを、この王は心を許した者にしか教えない。
岩鉄王ドバンはサエキに火酒を並々と注ぐ。
これから始まる、人族と山穴族の威信を賭けた勝負のために
「そうか……」
だが岩鉄王の表情は清々しいほどの顔であった。
もはや勝ち負けにこだわっていない笑顔。
ここまでの二百年もの間。自分を苦しめていた憑き物が落ちて、王は晴れ渡っていた。
「山穴族と……人族に乾杯じゃ」
「ああ。そうだな」
◇
この日。
山岳王国は蛮族軍に全面降伏する
二百年の鎖国が解かれ、王国としての自立が消滅した瞬間である。
だが外の世界との交易を通して、山穴族はこれまでないほど繁栄をしていく。
そして後に、数十年の年月が経った話である。
山穴族の作る美味なる火酒は、大陸中の人々を笑顔にしていくのであった。
◇
「ふん。留守の間は頼むぞ」
「岩鉄王もご武運を!」
「王。美味い“つまみ”を見つけたら送ってください!」
「あと、酒も!」
「ああ。任せておけ」
『降伏をした国は大森林遠征軍への軍役の義務が生じる』
岩鉄王は自ら名乗りをあげて、蛮族軍の大遠征に加わる。
自らの率いる屈強な山穴族の戦士団と共に。
(黒髪の人族サエキか。まさか、このワシが負けるとはな……)
不思議な黒髪の青年の運んでくれた、暖かい文化の風。
その先にある可能性を探す道を、山穴族の王は選んだのであった。




