表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/27

第16話:岩鉄王と嘘とツマミ(後編)

 ミリアたちは一心不乱に焼き鳥にかぶりついていた。


「美味そうだな……」

「ああ……美味そうだな……」


 その光景を見ていて、山穴族の戦士たちは言葉を失う。

 頑固な彼らは未だ、目の前の焼き鳥には口を付けずにいたのだ。


「岩鉄王……」

「岩鉄王よ……」


 だが戦士たちの空腹は限界を超えてしまう。

 腹の虫が鳴るのを我慢できず、岩鉄王に視線を向ける。


「ふん。飲みたければ飲め。食いたければ食え。それが山穴族の掟だ」


 岩鉄王は諦めた表情で、部下たちの視線に答える。

 彼ら山穴族は飲みたい時に飲んで、食べるのが流儀。たとえ王であっても止めることは出来ないのだ。


「王の許しがでたな」

「ならさっそく、食べてみるとしょうぞ」

「おおお! 何だ、この美味さは⁉」


 焼き鳥を口に入れて、山穴族の戦士たちは叫ぶ。

 初めて口にする料理の美味さに、感動して感情を爆発させる。


「人族が叫んでいたように、本当に美味いぞ!」

「それに、たしかに火酒も進む!」


 焼き鳥をほお張りながら、戦士たちは火酒をどんどん飲み干していく。

 その食欲と飲みっぷりは、ミリアたちにも引けを取らない。


「木炭は野山と大地の恩恵を受けた自然の火。だから火酒にも合う」


 声をあげる山穴族に黒髪の料理人シェフは答える。

 大地に通じるその相性もあり、焼き鳥を今回の料理を選んだと語る。


「なるほど、サエキ。そういう訳だったのね!」

「やきとりか……人族にしてはやるな!」

「いやいや、山穴族の戦士はん。今回はこの火酒の美味さのお蔭ですわ!」


 ミリアやカネンたちは山穴族の戦士と、意気投合しながら語り合う。

 焼き鳥と火酒。どちら自然の恩恵を受けた恵みの産物。

 その偉大なる組み合わせに、種族の壁など小さな問題にすぎない。


「こっちのタレ味もオススメよ」

「ふむむ。たしかに。こっちもたまらないぞ!」

 

 誰もが雄弁になり語り合う。

 次々と焼き上がる焼き鳥を味わいながら、火酒で乾杯し合う。

 いつの間にか席も移動して、両国の者たちは交流を深めていた。


「ハデス殿、オヌシは火酒を飲まんのか?」


 ハデスは先ほどから一口も火酒を飲んでいなかった。

 焼き鳥だけを無言で食べ続けている。そんな剣士に山穴族の戦士が声をかける。


「山穴族の友よ。すまないがオレは下戸げこだ。酒の味が分からない」


 歴戦の傭兵でありながらハデスは、まともに酒を飲んだことがないという。

 剣の修羅の道に酒は不要だと、これでまで避けてきたと語る。


「ならば今日が始まりじゃ」

「ああ、そうだな。悪くないかもしれないな」


 だが実直な山穴族の勧めもあり、ハデスは酒を飲んでみる。

 そして、たった一口でそのまま酔いつぶれてしまう。


「何と⁉ あの剣豪がたった一口で⁉」

「これはハデスはんの新しい一面……まさに“死神の目にも涙”ですわ」

「上手いことを言うのう、人族の商人あきんどよ!」


 酔いつぶれたハデスを酒のさかなにして、宴は更に盛り上がる。

 いたるところに笑い声と笑顔があふれていく。


「おい、お前たちも飲むのじゃ!」

「あら。私の杯が、もう空よ」

「なんと。人族の女子おなごにしては酒豪じゃのう!」


 座って席も入り交じり、山穴族と人族は互いに酒を注ぎ合う。

 次々と焼き上がった焼き鳥をほお張り笑み浮かべる。そして火酒の入った盃を飲み干し、談笑し合う。


「ツマミ……それに酒宴とは最高じゃのう!」

「今度はカネン産の酒も持ってきますわ!」

「それは楽しみじゃのう!」


 彼ら山穴族は大地の精霊の一種であり、“食事を楽しむ”という概念が存在しない。

 また酒も水が代わりであり、こうして宴を楽しむものではない。


「我ら山穴族の……新しい文化の誕生じゃ!」

「バルカンの名産料理も美味しいわ。今度食べに来てよね!」

「何と、それは楽しみじゃのう!」


 だが信じられない変化が起こっていた。

 初めて口にする焼き鳥と火酒の組み合わせが、小さな奇跡を起こしていた


 “料理と酒を楽しむ文化”

 その人族の文化に頑固な山穴族は感銘を受けていたの。

 この二百年もの間。鎖国を貫いていた山岳王国に、新しい時代の波が訪れたのだ。


「ふむむ。それにしても本当に美味いな!」

「ちょっと、私のお皿を全部食べないでよね!」

「はい、みなさん。お替わりを持ってきました」

「セリスちゃん、さすがね!」


 そして小さな奇跡の宴は、翌日の朝まで続いたのであった。








 朝を迎えた宴の会場。

 そこにいた者は全員酔いつぶれていた。


「もう、飲めへんで……むにゃ、むにゃ……」

「塩味の……お替わりを……」


 カネンやミリアたちは幸せそうな寝顔で酔いつぶれていた。

 それ以外の山穴族の戦士たちも同様。誰もが幸せそうな笑顔で寝ている。


 そして火酒の入った大瓶おおがめは既に空になっている。

 ミリアたちと山穴族たちで全部飲み干してしまったのだ。


「我らが……」


 その光景をたった一人で見つめている者がいた。

山穴族の王の岩鉄王である。

 一口も食べていない料理と杯を、悲しげにじっと見つめていた。


「我らが………山岳王国の時代は終わるのか……」


 岩鉄王が即位してから二百年もの間、山岳王国は鎖国を守り通してきた。

 危険な人族から同胞を守るために、外部との接触を断ってきたのだ。


「ワシもかつては人族を信じていた……」


 幸せそうな寝顔のミリアたち。それを見つめながら岩鉄王は思い出す。

 鎖国をする前に自分が友と呼んでいた人族のことを。


「じゃが、ワシは裏切られた……友の嘘によって……」


 岩鉄王が友と呼んでいた人族は、欲望に負けてしまった。

 山穴族の潤沢な鉱山の利権を、独り占めしようとした。

そして山岳王国が危機に陥った過去があったのだ。


「あの時のワシの決断は……」


 友の嘘に裏切られた岩鉄王は鎖国を決断した。

 山穴族の同胞と自国を守るため。そう大義を掲げて。


「だが、ワシの決断は……間違っていたのか?」


 岩鉄王は自分の行いを、自分自身の心に問いたける。

 もしかしたら、あの時の英断は愚策だったのではないかと。


「こいつらの、こんな笑顔は久しぶりに見たのう……」


 酔いつぶれている山穴族の同胞たち。彼らは全員幸せそうにしていた。

 鎖国によって閉ざされていた同胞の笑顔が甦っている。これまで避けていた人族たちとの交流によって。


「誰か……教えてくれ……ワシは……」


 岩鉄王は目を閉じて助けを請う。

 これまで民のことを思って行ってきたこと。その自分の行いの是非について。




「多くの人は弱く、失敗もする」


 苦悩の岩鉄王に、誰かが声をかけてきた。

 それは人族の青年。

 皆のために最後まで料理をしていた黒髪の料理人シェフであった。


「だからやり直しも、そして成長もできる。料理と一緒だ」


 青年はエプロンを外しながら言葉を続ける。

 そして出来立ての料理の皿を、岩鉄王の前に差し出す。


「これは……」

「鳥皮だ。オレが一番好きな焼き鳥だ」

「鳥の皮じゃと……それに、この杯は?」


 焼き鳥と一緒に酒の入った杯が置かれる。

 青年の手元の分も合わせて、杯は全部で二つあった。


「勝負はまだ終わっていないからな。二百九十九杯と二百九十九杯で、今のところは同点だ」

「何じゃと⁉ 全部数えていたのか、オヌシは⁉」


 青年のまさかの言葉に、岩鉄王は驚愕する。

 昨日の夕方からの始まった“火神の儀”の勝負。そこで人族と山穴族の飲んだ全ての杯数を、この黒髪の人族は数えていたのである。


 ひっきりなしに調理と配膳をしながら、一杯の狂いもなく見ていたのだ。


「オヌシは酒もたしなむのか……?」

「オレの名はサエキだ。酒の味を知るのも、メシ番の仕事だ」


 そう語りながら、黒髪の料理人サエキは岩鉄王の隣に座る。

 料理を終えてエプロンを外した今は、もう既にメシ番ではない。


 蛮族軍に世話になる一介の人族として、サエキは岩鉄王に勝負を挑むのだ。


「ふん。サエキか……だが、ワシは山穴族一の酒飲み岩鉄王……ドバンじゃぞ?」

「ドバンか……悪いがオレも、故郷では負け知らずだ」


 真の名であるドバンを、この王は心を許した者にしか教えない。

 岩鉄王ドバンはサエキに火酒を並々と注ぐ。

 これから始まる、人族と山穴族の威信を賭けた勝負のために


「そうか……」


 だが岩鉄王の表情は清々しいほどの顔であった。

 もはや勝ち負けにこだわっていない笑顔。

 ここまでの二百年もの間。自分を苦しめていたき物が落ちて、王は晴れ渡っていた。


「山穴族と……人族に乾杯じゃ」

「ああ。そうだな」





 この日。

 山岳王国は蛮族軍に全面降伏する

 二百年の鎖国が解かれ、王国としての自立が消滅した瞬間である。


 だが外の世界との交易を通して、山穴族はこれまでないほど繁栄をしていく。


 そしてのちに、数十年の年月が経った話である。

 山穴族の作る美味なる火酒は、大陸中の人々を笑顔にしていくのであった。



「ふん。留守の間は頼むぞ」

「岩鉄王もご武運を!」

「王。美味い“つまみ”を見つけたら送ってください!」

「あと、酒も!」

「ああ。任せておけ」


 『降伏をした国は大森林遠征軍への軍役の義務が生じる』

 

 岩鉄王は自ら名乗りをあげて、蛮族軍の大遠征に加わる。

 自らの率いる屈強な山穴族の戦士団と共に。


(黒髪の人族サエキか。まさか、このワシが負けるとはな……)


 不思議な黒髪の青年の運んでくれた、暖かい文化の風。

 その先にある可能性を探す道を、山穴族の王は選んだのであった。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ