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第15話:岩鉄王と嘘とツマミ(中編)

 山穴族の山岳王国と公女ミリアたちは交渉にのぞむ。

 しかし山岳王国の岩鉄王は人族を毛嫌いして、交渉にまともに応じてくれなかった。



「さて、メシの時間だ」


 だが、どこからともなく現れた黒髪の青年は、料理の準備を始める。

 手際よく携帯用の調理台を組み立てて設置。発火剤に着火していく


「ふん。何者かしらんが、ワシら山穴族には『メシを楽しむ時間』などない!」


 人族の青年の言動を、岩鉄王は鼻で笑う。

 何故なら彼ら山穴族は、食に無関心は種族である。

 荒れ地である山岳地方に住んでいるために、食はわずかな山の幸を得ていた。


「酒と大地の熱があれば、メシなど不要じゃ!」


 岩鉄王は大槌ハルバードを床に打ち付けて、黒髪の青年を威嚇いかくする。

 彼ら山穴族は大地の精霊の一種であった。その生命エネルギーは大地から得ていると言われている。

 そのため“食事を楽しむ”という概念が、最初から存在しないのだ。


「そうか。なら酒のツマミを作ろう」

「何じゃと⁉」


 岩鉄王の威嚇にも動じずに、青年は料理の準備を進めていく。

 袋から食材を取り出し、台の周りに並べていく。清潔な水で手を洗い、エプロンのひもを締め直す。


「“つまみ”って……何かしら?」

「ミリアはん、ワシも聞いたことはありません。でも間違いなく美味そうですな」


 調理の光景を見ていた、公女ミリアとカネンは喉を鳴らす。

 黒髪の料理人シェフサエキはいつも未知の料理を作る。だが、その全てが美味であり、新たなる感動を与えてくれた。


「なら岩鉄王。“火神の儀”の早く始めましょう!」

「何じゃと⁉ 勝てるつもりか? 人族の分際で!」

「サエキはんの顔を見ていたら、腹が減ってきてきましたわ」


 岩鉄王の脅しにもミリアとカネンは屈してい。

 むしろ目を輝かせ、顔には生気に満ちあふれていた。

 本気で山穴族との火酒の飲み比べに挑もうとしているのだ。


「後で吠えずらをかいても、知らんぞ。おい、火酒を中央へ!」


 岩鉄王は憤慨していた。部下に火酒の入った大瓶を移動させる。

 交渉のテーブルに酒の杯が並べられ、酒宴の卓へと一変する。


「ふん。“火神の儀”は何人でもいいぞ」

「それならこちらは、この四人でいかせてもらうわ」


 ミリアは交渉使節団から代表の四人を選出する。

 そのメンバーはミリアと大頭カネン、近衛騎士アラン、そして傭兵ハデスの四人であった。


「リットン君は未成年だから、今回は我慢してね」

「はい、ミリア様。それに他の皆さんも頑張ってください!」


 カネンの小姓であるリットンは、未成年であるために応援係。当人のミリアは少女であるが、バルカン公国では成人済みで酒は飲める。


 また青年であるアランや壮年のカネンは、もちろん大丈夫。若く見えるハデスの年齢は誰も知らない。


「ふん。小癪こしゃくな。ならワシらも四人を選出する」


 山岳王国側も岩鉄王を含む四人が卓につく。

 誰もが屈強で、見るからに酒に強そうな山穴族の戦士たちである。


「“火神の儀”のやり方は簡単じゃ。この大瓶の中の火酒を、より多くの杯数で飲んだ方が勝ちじゃ」

 

 岩鉄王はルールを説明する。

 両軍の目の前には、同じ大きさの酒の杯が置かれている。あとはひたすら飲んでいくだけ。

 どちらかが完全に潰れるまで、この勝負は永遠に続くという。


「ええ、簡単で分かりやすいわ。では、さっそく始めましょう!」


 調理をしているサエキの姿を、ミリアは横目に見ながら応じる。

 本当ならじっくりと調理の様子を見たい。

 だが、ここは国家間の交渉の場であり、戦いの場。調理の観戦を今回は我慢していた。


「では、“火神の儀”……はじめ!」


 山穴族の大地神官は絶対的な中立の立場である。その者の号令により“火神の儀”が幕を開ける。



「では、火酒をとりあえず、一口だけ……」


 ミリアは初めて口にする火酒に、恐る恐る口をつける。

 噂には聞いたことがあるが、公女である彼女も初体験であった。


「うっ……これはキツイ……」


 口に入れた瞬間、強烈なアルコール分がミリアを襲ってきた。

 舌や口内は突き刺すような刺激で痛くなる。そのまま飲み込むと、焼けるような刺激で喉が燃えるようだ。

 これまで飲んだことがない強烈な蒸留酒である。


「でも……美味しい……」


 火酒の後味の良さにミリアは言葉を失う。

 想像ではもっとくせが強くで、マズイ味かと予想はしていた。

 だが大地の力で極限まで蒸留された火酒は、無駄が一切いないほど澄んでいる。


「これは、前にサガイで飲んだ物の、何倍も上等な味や……」

「たしかにカネン殿。酒の名産地であるバルカンにもない……見事な味わいです……」


 カネンとアランも言葉を失っていた。

 火酒の強烈な度数に驚いているが、それ以上の味わいに感動している。


「ふん。人族にしてはこの神へ捧げる酒の違いが、分かるようじゃな」


 岩鉄王は少しだけ嬉しそうに、ミリアたちを見ている。

 今回用意した酒は火酒の中でも特別な物。神に捧げる神酒であり、山穴族の秘蔵の瓶だと語る。


「ふん……相変わらず美味いな」


 そして岩鉄王も手元の酒杯を一口で飲み干す。まるで水を飲むかのような感覚である。


「とても美味ですが、さすがに、この度数は……」

「そうですな、アランはん……ワシも目の前がくらくらしてきましたわ……」


 アランとカネンは腕でテーブルを抑えて、ふらふらの身体を支える。

 たった一杯飲んだだけで、大人の二人が既に酔っていた。噂にたがわぬ火酒の度数の強さである。


「ふん。人族は酒も飲めんのか」

「ふん。だから人族は信用ならんのじゃ」

「おい、お替りじゃ」


 それに比べて山穴族の戦士たちは余裕であった。

 岩鉄王と同じように一気に飲み干し、お替りを注いでいる。山穴族が酒の強さもかなりのものだ。


「この火酒はすごく美味しいけど……これはマズイかもしれないわ……」


 その状況にミリアは思わず弱音をつぶやく。

 彼女たちも酒は弱い方ではない。

 だが火酒の度数と山穴族の酒の強さは噂以上。このままでミリアたち敗色は濃厚である。




「待たせたな」


 ミリアたちが窮地に陥った、その時である。

 無言で調理をしていたサエキが口を開く。


「火酒に合うツマミだ」

「つまみです!」


 給仕係の少女セリスと共に、サエキは料理を並べていく。

 それはこんがりと焼けた肉が串に刺さった料理である。ついに黒髪の料理人シェフの料理が完成したのだ。


「えっ……これは肉串ケバブかしら……?」

「いや、羊串セワクにも見えますわ?」


 だが出された料理は不思議なものであった。

 長方形の木皿の上の料理を見つめながら、ミリアとカネンは首を傾げる。

 二人の国にも串料理は存在する。豚肉や羊肉を長い鉄の串に刺して焼いた郷土料理が。


「でも、ちょっと違いますわ……」

「この肉は何かしら……」


 だが今まで彼女たちが見てきた、どの串料理とも様子が違う。

 ひと口大に肉が小さく切られて、短い木製の串に刺さっていたのだ。


「それは“焼き鳥”だ」


 料理を凝視していた全員に向かって、サエキが料理の名前を口にする。

 原材料は鶏肉であり、それを焼いたから焼き鳥だと。


「“やきとり”……だと?」


 初めて聞くその単語にアランは、改めて目の前の料理を凝視する。たしかによく見ると鶏肉にも見えなくない。


「ふん。どんな大層な料理が出てくると思えば、肉を焼いただけか!」


 黒髪の料理人の説明を聞き、岩鉄王は吠える。

 切った肉を串に刺して、焼いただけの単純な料理。肉料理は山穴族にも存在するが、これよりもマシだと鼻で笑う。


「確かに焼き鳥は、肉を焼いただけだ」

「何じゃと⁉ ワシを馬鹿にしているのか、黒髪の人族よ!?」


 皮肉が通じない料理人シェフに対して、岩鉄王は激昂げっこうする。

 この神聖なる神事を前にして、最初から不敵な青年の余裕が気に入らないのだ。


「鶏肉を焼いただけ……でも、凄く美味しそうよね……」

「確かに。今まで見た串焼き料理とは、何かが違いますわ……」


 そんな緊迫したやりの中、ミリアとカネンは目の前の料理から目が離せなかった。

 直火で焼かれ、塩で味付けした小さな串料理。そこから立ち上る何とも言えない匂いに、二人とも釘付けにであった。


「では、冷めないうちに食べましょう!」

「そうですな、ミリアはん!」


 料理は出来立てが熱々で、美味いに決まっている。

 二人は火傷をしないように、一番乗りで串を口元に運んでいく。


「むむむ……これは……ですわ⁉」

「肉がすごいプリプリ……」


 料理に一気にかぶりついた二人は、目を見開き反応する。

 想像していた以上の美味さに、思わず声をもらす。


「では私もミリア様に続いて……おお、これは⁉」


 二人に続いたアランも声をもらす。

 普段はあまり感情を爆発させない、生真面目な近衛騎士が叫ぶ。


「ミリア様。こんな美味なる肉料理は……バルカン公都でも」

「そうよね、アラン。こんな美味しい肉料理は初めて……」


 ミリアのいた公都は様々な食材が集まる大都市。

 だが、これほどシンプルかつ美味い料理はないと、二人は顔を見合わせて絶賛する。


「それに、これは何かしら? この木の焦げるような、この味……これが美味しさの秘密よ!」


 火酒を飲みながら、ミリアは二本目の焼き鳥を口にする。

 彼女がこれまで食べた串料理には無かった、不思議な味わいが焼き鳥ある。

 焦げているような感じ。でも、その味が料理に個性を加えていたのだ。


「それは木炭もくたんの味わいだ。焼き鳥は炭火すみびで焼いた」


 そんなミリアたちの反応を見て、サエキは料理をしながら口を開く。

 この料理は大森林の民の作った木炭。それを使って焼いた味だと全員に説明する。


「もくたん……すみび……?」


 これまた全員が初めて耳にする単語である。

 好奇心旺盛こうきしんおうせいなミリアは調理台の上に視線を移す。

 そこには真っ黒に変色した木材が、赤い炎を上げて燃え上っていた。


「この木炭は半ば密閉した状態で加熱し、炭化させたものだ」


 普段は無口なサエキだが、料理のことに関してだけは違う。

 料理をしながら別人のように雄弁に語り出す。


「たんか……? まあ、美味しければ、何でもいいわ!」


 またもや謎の単語がサエキの口から出される。

 ミリアは理解不能になり、考えることを放棄。食べる方に全神経を集中する。


「なるほど、サエキはん! それは煙が出ない木材……これは凄い! 銭になるで!」


 一方でサエキの説明を聞きながら、カネンは手をポンと鳴らす。

 ミリアと同じで炭化という原理は分からない。


 だが大商人としての勘が知らせてくれたのだ。この木炭という可燃物は、食の革命を起こして金儲けになることを。


「まあ、何でもいいわ。とにかく、この“やきとり”は美味しいわ。それに火酒によく合う!」

「本当ですね、ミリア様……いくらでも食べて、そして飲めそうです」

 

 ミリアとアランの二人は出来立ての焼き鳥と共に、酒をどんどん飲んでいく。

 炭火焼の味わいがマッチして、火酒が水のように飲める。これぞサエキが言っていた“火酒に合う料理”の意味だったのだ。


「次はタレを焼くぞ」


 そんな食が進む様子を見ながら、サエキは次の味付けに取りかかる。

 褐色の液体に焼き鳥を浸し、炭火で焼き始めた。


「えっ、タレ味……?」


 塩味を食べていたミリアは、かぶりついたままサエキを凝視する。

 “タレ味”と単語も初めて聞く。

 それの見た感じは前回の“お好み焼きソース”にも似ていた。


「えっ……でも、何⁉ この凄くいい匂いは⁉」


 だが以前の“お好み焼きソース”は全く違う香りに、ミリアは興奮して声をもらす。

 焼いているサエキの手元から、爆発するように匂いがあふれてきたのだ。


「すごい……この匂いだけで、お酒が飲めそう……」


 食欲を刺激する匂いにミリアはうっとりする。

 それは焼き鳥に付けたタレが、下の炭火で香ばしく焦げた匂いであった。


「本当ですわ……この匂いだけでも銭になりますわ!」


 ここにいる全員が、これまでの人生で嗅いだことのない香ばしい匂い。そんな至福の香りが鼻孔と胃袋を襲う。


「シンプルな塩も美味い。だがタレもまた美味い。こればかりは好みだ」

「はい、タレ味、お待たせです!」


 雄弁に語りながらサエキはセリアと給仕する。

 焼き上がったタレ味の焼き鳥を、各人おのおのの前に出していく。


「早く食べましょう!」

「そうですな、ミリアはん!」


 焼き上がったばかりのタレ味にミリアたちは手を伸ばす。

 塩味の方がまだ残っているが、我慢しきれないのだ。

 全員が右手に塩味の焼き鳥を。そして左手にタレ味の両刀使いとなる。


「おおお! こっちのタレ味も美味いですわ!」

「そうね! さっきの塩味も美味しいけど……こっち美味しいわ!」

「ミリア様……私はどちらかといえば、こちらのタレ派です!」

「アランはそうなのね。私は……どちらかといえば塩味派かしら⁉」


 カネンとミリア、そしてアランの三人は焼き鳥のとりこになっていた。

 塩味とタレ味を交互に食べ比べて、味わいに関して激論を交わす。


 どちらが優れているかの勝負ではない。

 お互いの好みの味を尊重しつつ、二つの味の褒め称えてながら盃を交わしていた。

 この焼き鳥には誰もが幸せになれる、そんな幸せな空気があった。



「美味そうだな……」

「ああ……美味そうだな……」


 そんなミリアたちを見つめながら、山穴族の戦士たちは言葉を失っていた。

 頑固な彼らは未だ、目の前の焼き鳥には口を付けずにいる。


「岩鉄王……」

「岩鉄王……」


 だが戦士たちは腹の虫が鳴るのを我慢できず、王である岩鉄王に視線を向けるのであった。




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