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第14話:岩鉄王と嘘とツマミ(前編)

 蛮族王は蛮兵を率いて大遠征を進めていた。

 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。最後まで抵抗したフラン王国も、彼らに併合される。

 そして東部山脈にある山岳王国にも、その蛮兵の剣は達しようとしていた。



 そんな中、野戦を前にして両者の交渉が行われていた。

 場所は山岳王国の最前線基地である砦。今回は蛮族軍側が先に使者を送り、この地を訪れている。


「……以上が、私たち遠征軍からの条件よ。岩鉄王」

「ふん。そうか」


 蛮族軍の外交使節である公女ミリアは、条件を読み上げていた。

 その内容に山岳王国の王である岩鉄王が、鼻を鳴らしながら返事をする。


 蛮族軍が提示したのはいつもの条件であった。

 『徹底抗戦か完全降伏かの二択』そして降伏後の五つの服従条件である。


「ふん。それにしても、こんな山奥まで攻め込んでくるとは。蛮族軍の連中も物好きじゃのう」

「この東部山脈は大陸の中でも、最重要拠点の一つ。分かっていると思うけど」


 岩鉄王の皮肉に、ミリアは正直に答える。

 この東西に長い山脈地帯は“大陸の屋根”とも言われていた。土地が極端に痩せており、農業や酪農には向かない。


 だが資源に優れ無数の鉱山が連なっている。そして、その多くを彼ら山穴族が独占しているのだ。


「ワシが在位してからの間は、平地の世界のことには干渉しなかった。そして、これからも干渉するつもりはないぞ」


 岩鉄王は強気であった。

 彼ら山穴族は欲が少なく、金や領土拡張には興味を持たない種族である。

 そのため生活に必要な分だけ採掘して、物資を加工する。また小食であるために食料も、わずかな山の幸だけで済む。


 特に岩鉄王が在位してからは鎖国を宣言して、自給自足の生活を続けてきたのだ。


「そして干渉してくる者には、ワシら容赦はしないぞ!」


 岩鉄王はそう言い放ち、右手の大槌ハルバードを床に打ちつけた。

 激しい音を立てて、頑丈なはずの岩床が粉砕される。


「ワシらはこうして数百年間に渡り、平和と文化を守ってきたのじゃ!」


 岩鉄王は鼻を鳴らしながらミリアを威嚇いかくする。

 山穴族は土と岩の種族である。背はそれほど高くはないが、全身の筋力は人族を遥かに凌駕りょうがしていた。


「こちら手を出さなければ良し。だが侵略者には容赦はせぬぞ!」


 山穴族は普段は陽気で温厚なヒゲもじゃの種族。だが侵略者に対しては徹底的に攻撃を仕掛ける。


 類まれな鍛冶技術によって作られた彼らの防具は、騎士の剣すらも弾き返す。そして怪力から繰り出される打撃や投擲とうてきは、騎士鎧を楽々に粉砕してしまう。


 この武力と装備のお蔭で、山岳王国はこれまで自治を守ってきたのだ。


「本当に素晴らしい鍛冶技術ですわ……。これをサガイの街に持って帰れたら、ぜにに……」


 そんな岩鉄王の武具を見つめて、大商人カネンは惚れ惚れしていた。

 今回は外交使節団の一員として、この大頭おおがしらも同行している。だが重大な任務を忘れて、大好きな銭の計算をしていた。


「カネン殿、お静かに。ミリア様が交渉をしています」

「おお、そうでしたわ。これはアランはん。失礼しました」


 バルカンの近衛騎士アランに注意され、カネンは大人しくなる。

 ここで岩鉄王の機嫌を損ねたら、何が起こるか想像もできない。大人しくミリアのサポートに戻る。


「ふん。ワシら山岳王国の意見は以上だ。何人なんぴともワシらに干渉するな。嫌なら戦じゃ!」


 山穴族は頑固な性格の種族としても知られる。そのお陰もあり全員が優れた職人であった。

 だが今回はその気性が外交の難航に影響している。


「言い分はわかったわ、岩鉄王」


 静かに聞いていたミリアは、一度相手の話に同意する。彼らの頑固な性格は知っており、無理強いはしない。


「ところで岩鉄王は、ここのいるハデスと親交があると聞いたわ?」


 交渉が佳境に入り、ミリアは最後のカードを出す。

 今回の使節団に同行している傭兵ハデスを指し、頑固な岩鉄王を揺さぶる。


「確かにその男は、ワシが認めた数少ない人族だ」


 ハデスはこの岩鉄王と面識があった。

 今から数年前に両者は敵同士で剣を交えていた。山岳王国の利権を狙った某王国に、当時のハデスは雇われていたのだ。


「その剣士は人族ながら、あっぱれな男じゃった」


 その時の戦は山岳王国軍が圧勝した。

 だが最後まで諦めなかった鮮血傭兵団を、岩鉄王は認めていたのだ。


「この“鮮血の剣”は岩鉄王に貰ったものだ」


 ここまで終始無言だったハデスが、初めて口を開く。

 腰の愛剣に手を当て、岩鉄王に視線を向ける。


「人族は嘘をつく。だが、その男は嘘をつかない。だから認めて剣を与えた」


 この岩鉄王は極度なまでに人族を毛嫌いしていた。

 軽薄に嘘をつく裏切り者として見ている。そんな中でハデスの真っ直ぐな人柄に惚れていたのだ。


「それなら私たちにも機会を……」

「ふん。ダメじゃ! ハデスたち以外の、お前たち全員。これまで嘘を付いてきた者ばかりじゃ!」


 ミリアの弁解の言葉を、岩鉄王は強固に遮る。

 そして怪しく光る鋭い視線で、ミリアたち使節団を見回す。


「山穴族の王族であるワシには、嘘は通じん」

「そ、それは……」


 その言葉にミリアは反論ができなかった。

 何故なら山穴族の王族である岩鉄王には、特殊な力があったからだ。


 “嘘の者を見破る力”


 この特殊な力は感覚的なものである。だがハデスの説明では、かなり正確な能力であるという。


「こりゃ一本取られましたなー。ワシらは生きていく上で、少なからず嘘はつきます」


 商人であるカネンは半分諦めてつぶやく。

 何しろ人は生きていく上で、大小の嘘は必ずついてきた。

 例えば相手を思いやっての方便や、交渉のための言葉。それらの過去の嘘を岩鉄王に感知されていたのだ。


「ハデスはんだけは、少し変わったお方ですからな……」


 カネンが言うとおりハデスは特殊な男である。

 生まれた時から傭兵団で育ち、言葉を発する前から剣を握ってきた。常に死地を求めているために、ハデスの言葉には欺瞞ぎまんがない。


 そんな特殊性もあり、この傭兵だけが岩鉄王に気に入られていたのだ。


「でも……」

「ふん。もう交渉はお終いじゃ。帰って戦の支度をしてこい!」


 引き下がるミリアに対して、岩鉄王は交渉の扉をばっさりと閉じる。


「もう一度だけでも話を聞いてちょうだい」

「ふん!」


 だがミリアは山岳王国軍と戦うのを回避したかった。

 もしも両軍が戦えば、おそらくは戦力的に蛮族軍が勝つであろう。これは傭兵ハデスの冷静な分析結果である。


 だが反撃を受けた蛮族軍の被害も尋常ではない。そうなると今後の大遠征の継続は難しくなる。

 そのためミリアは必至で今回の交渉に挑んでいたのだ。


「お前たちでも、この岩鉄王を認めさせることができる」


 その時である。

 ミリアの窮地きゅうちに、ハデスが静かに口を開く。


「“火神ひしん”を認めてもらえばな」

「“火神の儀”……?」


 初めて聞く言葉にミリアは首を傾げる。こんな話は事前にハデスから聞いてはいなかった。


「ふん。ハデスよ! 面白い冗談を言うようになったな!」


 ハデスたちのやり取りを聞き、岩鉄王は豪快に笑い声をあげる。ニヤリとして、つまらない交渉の場に楽しみを見つけた。


「確かに“火神の儀”を乗り越えたなら、ワシも認めよう。おい、持ってこい」

「はっ!」


 岩鉄王は部下たちに何かを持ってこさせる。どうやらハデスの言葉にのってくれたようだ。


「“火神の儀”は簡単じゃ。コレの飲み比べで、ワシらに勝つだけじゃ」


 岩鉄王は台車で運ばれてきた物を指差す。それは山穴族の背丈ほどある巨大なかめであった。


「中身は“火酒ひざけ”じゃ。実に簡単じゃろう?」


 その巨大な瓶に入っていたのは全て酒であった。何十人分の分量があるのか想像もできない大きさである。


「そんな火酒ですって……」


 岩鉄王の説明にミリアたちは言葉を失う。

 何故なら火酒はその名の通り、火が着くほど高濃度の酒である。山穴族独自の地酒であり、大陸でも最高に強い酒と言われていた。


「火酒はさすがに無理……ですわ……」


 特殊なルートで入手して、カネンはこの酒を口にしたことはある。だが一口飲んだだけで泥酔した経験があるのだ。


「ミリア様……山穴族の方とは酒の勝負は……」


 騎士であるアランも弱気になっていた。

 何故なら山穴族は酒豪としても知られる種族である。それも生半可な酒の強さではない。


 人族の酒豪が数人で挑戦しても、一人の山穴族に酒では勝てない。そんな逸話があるほど、生まれ持っての酒の分解能力が違うのだ。


「この火酒は神聖な酒じゃ。表面的な嘘は通じん。何しろワシらですら命をかけて飲むのじゃ」


 岩鉄王は真剣な表情で大瓶を見つめる。

 無類の酒好きの山穴族にとって、酒は特別な存在である。

 特に火酒は“火と鉄の神”に捧げる神聖な飲み物。あまりの度数に山穴族ですら命を落とす危険性もあると語る。


「なんやて、命の危険が⁉ でも、ここは頑張らねば……」

「そうね、カネン……でも……」

「危険ですミリア様! それにカネン殿もお止めください!」


 ミリアとカネンはこの交渉に命を賭けていた。

 二人とも酒は弱い方ではないが、酒の勝負で山穴族に勝てるはずもない。


 近衛騎士であるアランは主たちの、そんな無謀な挑戦を止めようとする。


「こんなこともあろうかと思って、助っ人を呼んでおいたぞ」


 そんな三人を見かねて、ハデスが助け舟を出す。山穴族をよく知るハデスは、秘策を用意していたのだ。


「おい、セリス」


 交渉の間の端に控えていた少女セリスに声をかける。

元フラン王国の第二王女であり、今はハデスの養女となったいた。


「うん、ハデス。助っ人さんは来ているよ!」


 エプロン姿のセリスは答える。待っていましたと言わんばかりの、満面の笑みであった。


「お師匠さん、出番だよ!」

「ああ、そうか」


 セリスの元気よい呼びかけに、一人の青年が姿を現す。ハデスがセリス経由で呼んでおいた強力な助っ人である。


「サエキはん!」

「サエキ⁉ ……あなた、何で、こんな所に⁉」


 現れたのは黒髪の青年であった。

 まさかの人物の登場にカネンとミリアは驚愕する。


 何故ならサエキは蛮族王の専属の料理人シェフ。これまでは蛮族王のいる場にしか現れなかった。


「オレはメシ番。だから料理を作りにきた。その火酒に合う料理をな」


 青年はそう説明しながら、携帯用の調理器具の設置を始める。

 手際よく金属製の部品を組み立て小さな台を設置していく。


「サエキはんの……あの料理を食べるチャンスが……」

「火酒に合う料理を……」


 並べられていく食材を見つめながら、カネンとミリアは言葉を失う。口元に溢れてきたつばを飲み込み、喉を鳴らす。


「ふん。どうした人族よ。火酒に怖気づいてしまったか?」


 言葉を失っている二人を見て、岩鉄王は勝ち誇る。所詮は嘘をつく人族だと鼻を鳴らす。


「いいえ……この勝負受けてたつわ!」

「ワシもこの賭けにのったるで!」


 だがミリアとカネンは声高らかに宣言する。

 岩鉄王との“火神の儀”の勝負に挑むと声をあげる。


「なんだと……人族の分際で……」


 こうして山岳王国との交渉を賭けた“火神の儀”の勝負。その幕が切って落とされるのであった。



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