第13話:閑話:傭兵
ハデス率いる鮮血傭兵団は蛮族遠征軍に合流していた。
「ハデス。お前たち、“斬り込み四番隊”、任せる」
ハデスたちは蛮族軍の幹部から、斬り込み隊に任命される。
斬り込み隊とは、戦の時に最初に敵陣に突撃していく部隊。蛮族軍の中でも花形であり、一番危険な任務である。
これまでの一番隊から三番隊までは、勇猛な蛮兵だけが許されている重役であった。
「四番隊か。オレたちに相応しいな」
ハデスは口元に冷徹な笑み浮かべながら、承諾の返事をする。
この蛮族軍の中で細かい礼節は不要。ハデスは前と変わらない冷徹な口調である。
「あとの用件がなければ失礼する。部隊の編成をしてくる」
そう言い残し、ハデスは幹部たちのいる家屋を後にする。
◇
「いきなり斬り込み隊を任せられるなんて、さすがね。ハデス団長」
「公女のミリアか」
家屋を出たハデスに、声をかけてきた者がいた。元バルカン公国の公女ミリアである。
「オレたち鮮血傭兵団は死を恐れない。バルカン公国の者も覚えているだろう」
「そうね、亡き父から何度も聞かされていたわ。『鮮血傭兵団は二度と相手にするな』ってね」
今から数年前の話である。ミリアの祖国バルカン公国は、ハデス率いる傭兵団と剣を交えてことがある。
その時に少数精鋭の鮮血傭兵団に、バルカン騎士団は痛い目をみていたのだ。
「お前の父……“鷹公王”セバス・レン・バルカン公も類まれな騎士だった。惜しい者を亡くしたな」
「父たちは最後まで勇敢に戦って、そして散った。後悔はないと思うわ」
この大陸は戦乱吹き荒れる時代である。
国家間の戦は日常茶飯事であり、戦う者たちの命は散りゆくもの。戦の遺恨は、後世まで残さないことが美徳とされていた。
「“昨日の敵は今日の味方”。これからは同僚として、よろしく。ハデス団長」
「ああ、そうだな。それからハデスと呼び捨てでいい」
「わかったわ、ハデス」
この蛮族軍で細かい階級や礼節は不要である。
二人は同じ“千人長”という階位になり同格。千人以上で五千人以下の部隊を指揮する隊長同士であった。
「いやー、これはハデスはん、久しぶりです。それにミリアはんも、どうもです」
「サガイのカネンか」
そんな二人の元に、商国サガイの大頭カネンが近づいてきた。
胡散臭い口調で抜け目ない男であるが、人当たりの良さで商人として優れている。
「この度は四番隊斬り込み隊への着任、おめでとうです。それにさっそく任務があるとか?」
「耳が早いな」
鮮血傭兵団が斬り込み隊に任命されたのは、つい先ほど。しかも幹部から任務を与えられたことは、まだ誰も知らないはずである。
だがカネンは既に情報を仕入れていた。
「商人は情報が命ですから」
「相変わらず食えない男だな、サガイのカネン」
「ハデスはんも変わらず元気そうで、何よりです」
この二人には面識があった。
数年前のサガイ防衛戦の時に、ハデスは雇われていた経歴がある。
この大陸での傭兵団とは、戦があれば各地の戦場を転々とする職業なのだ。
「ところでサガイのカネン。フラン王国の攻城戦、あれはお前の策か?」
「いやー、さすがハデスはん。見抜かれていましたか」
「前にサガイに雇われた時と、同じだったからな」
今回のフラン王国との戦いでは、カネンの立案した策が蛮族王に採用された。
蛮族軍は正面から攻め込むと思わせて、だが後方からの奇襲。頭の回るカネンの得意とする奇策であった。
「森の戦士の皆はんの、身の軽さを活用した奇襲戦法……です、ハデスはん」
密かに大きく迂回した蛮族兵は、岩肌と城壁を駆け登って奇襲した。
そして、まさかの強襲にフラン軍は敗走したのである。
「お前の策でフラン城は落ちたも同然だった」
ハデスは冷静にカネンの策を称える。
フラン王国に雇われていた鮮血傭兵団も、今回ばかりは成す術がなかった。生き残った第二王女セリスを守るのが精一杯だったと語る。
「敵にして分かったが、彼ら森の戦士は恐ろしいな」
陣内にいる大森林の戦士たちを眺めながら、ハデスはつぶやく。
今回の攻防戦も、彼らでしか成し得なかった奇襲戦法である。普通の騎士団や兵団には、絶対に真似できない。
「それに全員が長弓の名手だからね」
ミリアもハデスに同意して苦笑する。
大森林産の特殊な素材で作られた、蛮族弓の威力は凄まじい。騎士の金属鎧はもちろん、大型の盾すらも軽々と貫通する破壊力。
その斉射を受けてバルカン騎士団は、バルカン草原の野戦で大敗していた。
「皆はんが怪力を誇る戦士! それでいて身軽な軽業師! ですからねー」
カネンも同意しながら、頼もしそうに称える。
未開の地である大森林で生まれ育った、蛮族の民の身体能力は異様に高い。
丸太を軽々と持ち上げ、持久力もある。なおかつ巨体にもかかわらず、全員が木登りや岩登りの達人でもある。
「あと気配を消すのが、異様に上手いわよね」
大森林の獣は人の何倍もの優れた五感をもつ。
そんな獲物を狩るために、彼ら大森林の民は隠密術にも優れている。
無音の革製品の防具しか装備せず、いつの間にか敵の背後に回り込んでいるのだ。
「まさに生まれながらの狩人戦士だな」
ハデスは腰の剣に手を当てながら、冷徹な笑みを浮べる。
この大陸でも五本の指に入る剣士であるハデス。だが蛮兵の中には、まだ見ぬ多くの猛者たちが連なっている。
いくら森の戦士といえども剣士としての戦いなら、この鮮血の傭兵に勝てる者は数少ない。
だが戦とは剣だけで戦う場ではない。様々な要素に組み合わせて、最終的に優れていた方が生き残るのだ。
「それに蛮族の王。あの戦士だけは別格だ」
ハデスはこの遠征軍を総べる男の姿を思い出す。
常に不気味な仮面を被り、金色の獣の毛皮をまとい終始無言。だがその全身からは恐ろしいほどの覇気が放たれている。
死神と呼ばれた剣豪ハデスですら、あの時の蛮族王の風の剣には反応できなかった。
「あと、あの黒髪の料理人……サエキも普通ではないな」
ハデスは黒髪の青年のことを口にする。
あの時、ハデスは本気で抜刀したが、サエキは死神の剣を寸前で回避していた。
もしかしたらただの偶然なのかもしれない。
だが、あの青年がただ者ではないのは確実である。
「戦場のど真ん中で料理し始めるなんて……たしかにサエキは普通じゃないよね」
「お前のことを“食いしん坊の公女”と呼んでいたぞ」
「何ですって⁉ あの料理バカだけには言われたくないわよ!」
ハデスの報告にミリアは頬を膨らませる。
だがあの後に、ミリアもオムライスのお裾分け貰って食べていた。終戦直後とはいえ彼女自身も、食に関しては豪胆の持ち主である。
「ところでミリアはん。そのサエキはんのことなんですが」
「サエキなら、もう出かけていないわ」
「なやて⁉ やっぱり……」
黒髪の料理人を探しにきたカネンは、サガイ弁で叫びながら肩を落とす。
この大商人は先日のフラン攻城戦では別動隊を率いていた。そのためミリアと違いオムライスも食べ損ねていたのだ。
「サエキなら、たぶん……あの上に行ったんじゃない?」
ミリアは東部山脈の頂上を指差す。
あの謎の青年はいつも、一歩先に侵攻先の国に向かう。その土地の食材を探しに、いつの間にか姿をくらましているのだ。
「そういえば次の侵攻先は“山岳王国”ですか……」
空高くそびえる山脈を見つめ、カネンは深くため息をつく。次の戦が難関になることを予感しているのだ。
「難攻不落の王国……次は難儀な戦になりそうですな」
この大陸の東部山脈には、山穴族という部族が国を作っていた。
国自体が山脈に広がり、天然の要塞である山岳王国は難攻不落。この数百年の間、一度も他国の侵略を許していない強国なのである。
「山岳王国が相手ならツテはある」
「ほんまですか、ハデスはん⁉」
「ああ。あくまでも面識があるだけだ」
「それだけあれば上等ですわ!」
ハデスの言葉を聞き、カネンは元気を取り戻す。
何故なら面識さえあれば、他国との交渉は可能。交渉さえ出来れば何とかなるものである。
「食べ逃したオムライスの分まで、ワシは頑張りますわ!」
あの黒髪の料理人の料理を食べる光明が見え、カネンは満面の笑みを浮べる。
次の山岳王国との交渉の宴で、また不思議で美味なる料理に出会えるのだ。
「悪いが部下のために、一番手柄は鮮血傭兵団がいただく」
そんなカネンにハデスは答える。
領地を持たない傭兵団の収入源は、戦による褒賞金のみ。そのためハデスは一番の手柄を立てる必要があった。
「もちろん私たちバルカン騎士団も負けられないわ!」
「ワシらサガイ兵団ですわ!」
この遠征軍の中で彼ら合流兵たちは競い合っていた。
『遠征軍への軍役の義務。戦の手柄に身分の差はない。平等に恩賞を与える』という軍規に従い。残してきた祖国や家族のために戦っていた。
つまり味方でありながら同時に、最大のライバルでもあったのだ。
「あと次こそは、サエキはんの料理の秘密も解明ですわ」
「カネンは本当に、食い意地が張っているわよね」
「バルカンのミリア。お前も“食いしん坊の公女”だから負けていないぞ」
「だからその二つ名は止めてちょうだい!」
だが食に関するその一つの想いだけは、何故か全員一致していた。
こうして蛮族軍は新たなる味方を得て、次なる戦いへと突入していくのであった。
第一章:完
◇
次話から第二章となります
こちらで第一章は終了となります。
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