表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/27

第12話:死神と塩味のオムライス(後編)


「このセリスは“災厄の王女”と呼ばれてきた」


 不幸な運命のもとに生まれた王女。セリスを見つめながら、傭兵ハデスは静かに語り出す。


「占いによる運命の決めつけ。小国にはよくある風習だ」


 セリスは産まれた時の占いで、“災厄の王女”と決めつけられてしまった。

 更に彼女の母親は身分の低い女官。王宮の噂ではそのことも要因だったと。


「他の王族の姉妹とは違い、この薄汚い塔がセリスの部屋だ。生まれた時からな」


 ハデスは命懸けて守っていた塔を指差す。

 そんな彼女は食事や服も粗末なものしか与えられなかった。


 理由としては“災いを懲らしめるため”。そんな下らない占いのために、セリス王女は塔の中に閉じ込められていた。

 実の父であるフラン国王に飼い殺しにされていたのだ。 


「だがセリスは普通の子だ。むしろ誰よりも心が優しい少女だ」


 フラン王国に雇われていたハデスは、ある戦で大けがを負ってしまう。

 国王の無謀な愚策を忠実に守ったために。自身が死地を求めすぎて、不覚をとってしまったのだ。


「オレはこの子に恩がある」


 フラン国王も見捨てた瀕死のハデスの命。

 だがこの少女は救ってくれた。ハデスのために三日三晩の祈りを捧げて。そして奇跡的にハデスは一命をとりとめたのだ。


「だから、この奇跡の少女のために、オレは命を惜しまない」


 それ以来、ハデスは王女セリスに仕えていた。王位継承権が無く、何の報酬も出ない少女のために仕えていたのだ。


「この子には王位継承は無い。だから見逃して欲しい! 代わりに大陸一の剣士と言われる、このオレの命を捧げる!」


 ハデスは剣を捨て、蛮族王に頭を下げる。無言で見つめてくる、仮面の王に慈悲を請う。

 実の父から見捨てられた、セリスの命を救ってくれと嘆願たんがんする。


「ありがとう、ハデス。でも私はフラン王国の王族の責任を果たすわ」

「セリス!」

「死ぬ前に……こんなに美味しいものを食べられて……もう、後悔はないの……」


 ハデスの嘆願を聞きながら、王女セリスは覚悟を決めていた。

 価値の無かった自分の命一つ。これで無用な争いが止められるのなら、命は惜しくないと。


 先ほどまでの大粒の涙は止まり、そこには覚悟を決めた王女の顔があった。


「でも、本当は……もっと外の世界が見たかったかな。川や草原や……」


 少女は最後に一粒だけ涙をこぼす。

 これまでの短い人生を、この古びた塔だけ過ごしてきた。


「そして、もっと美味しい食べ物を、食べたかったわ……」


 本当はもっと色んな光景を見て生きていたかった。

 そうつぶやきながら目を閉じる。自分の命が散るのを覚悟して。



「我が王の決断を下す」


 その時、王の側に控えていた幹部が口を開く。蛮族王の決断の言葉が発せられるのだ。


「えっ? ……風……?」


 橋の上の状況を静かに見守っていたミリアは、思わず言葉を発する。

 先ほどと同じ風が通り過ぎていった。蛮族王から放たれたその風は、静かにセリスに届く。


「我が王は言う。フラン王国の第二王女セリス。王の剣の風にて死した。故に戦は終わりだ、と」


 幹部がその言葉を発すると、何かがボトリと音を立てて地に落ちる。

 それは死を覚悟した少女の首元から落ちた音だった。


 この場にいた誰も反応できなかった蛮族王の風の斬撃。それが放たれていたのだ。


「セリス!」


 この場にいる者の中で、ハデスだけは蛮族王の動きが見えていた。

 そして隣の少女に視線を向けて、声を悲痛な声をあげる。


「そんな……」


 先ほどの蛮族王からの風の斬撃。あれは剣筋的に、間違いなく彼女の首を落としていた。

 セリスの死をハデスは覚悟していたのだ。


「そんな……生きているのか……?」


 だが少女は無事であった。

 祈るように目をつぶっていたセリス。その首から上は無事に繋がっている。


「では……先ほどは何を斬ったのだ……?」


 蛮族王の風の剣は確実に何かを切断していた。

 ハデスはふと少女の足元に視線を向ける。


「髪……だと?」


 そこに落ちていたのは少女の髪の毛であった。三つ編みに結われた束だけが落ちている。

 蛮族王の風の斬撃は、セリスの髪の毛だけを斬り捨てたのだ。


「いったい何故……命を奪わず、髪の毛だけを……」


 ハデスは蛮族王の意図が理解できずにいた。

 なぜ髪の毛だけを斬ったのか。そして何故それをもって第二王女の死を宣言したのかと。


「“髪は女の命”……オレの故郷の言葉だ」

「何だと?」


 そんなハデスに向かって、黒髪の青年が口を開く。

 女性にとって髪の毛は命と同じ価値をもつ。つまりセリスは髪の毛は斬られて、王女としての命を失ったと語る。


「王女でなくなった者は、もう塔の中にいる必要はない。自由の身だ」


 青年はそう言いながら城門の外を指差す。

 生まれてから飼い殺しにされていたセリスは自由を得たと。“災厄の王女”ではなく普通の少女として、これからは生きていけるのだ。


「私……生きているの……それに自由に……」


 セリスは目を開け、自分の状況に言葉を詰まらせる。

 死を覚悟していたにも関わらず生きていたこと。そして自由を得たことに感動していた。


「でも、私……どうやって生きていけば……」


 それと同時に不安に襲われる。

 これから外の世界に出て、どうやって生きていけばいいのか。生まれた時から塔の中にいた彼女は、生きていくすべが分からないのだ。


「オレは給仕人を探していた。行く当てがなければ、手伝え。亡国の少女よ」

「こんな私でも、大丈夫なの……?」

「やる気さえあれば大丈夫だ。三食のまかないメシ付きだ」

「うん……私……頑張る!」


 黒髪の料理人シェフの問いかけに、セリスは元気いっぱいに答える。

 城を出て、普通の少女として生きることを選択する。その大きな瞳にはもう涙はなかった。

 

「そういえば、お前の料理の仕上げがまだだったな」


 セリスが料理を食べ終えたのを確認して、青年は次の料理に取りかかる。


「お前は……この絵だ」


 黒髪の料理人はハデスの料理の仕上げにかかる。

 先ほどと同じようにナイフでオムレツを切り、ケチャップで何かを描いていく。


「この絵はいった……」


 セリスの新たなる人生の瞬間に、ハデスは放心状態であった。

 更に自分の目の前に描かれた絵を見て、傭兵は言葉を失う。それは簡単な絵であるが、どこか懐かしい感じのする光景であった。


「それは“剣士花ソード・フラワー”だ」

「“剣士花ソード・フラワー”だと? これは……」


 青年の説明をハデスは小さく繰り返す。

 地獄の戦場だけに生きてきたハデスは、しゃれた花の名など知らない。だが描かれた花の形には見覚えがあった。

 このフラン王国の領土の内の、街道沿いに咲いていたのを覚えている。


「その花言葉は“永遠の忠義”と“家族”だ」

「永遠の忠義と……家族だと……」


 ハデスは口の中で、その花言葉をつぶやく。

 いつも何気なく目にしていた花の想いの意味を。自分の胸の中の想いと重ねて、何度も呟く。


「黒髪の料理人シェフ……お前は……」

「オレの名はサエキだ。お前もオムライスも早く食え。食いしん坊の公女が狙っているぞ」

「ああ、そうだな……ちょうだいする……サエキ」


 ハデスは目の前にあるオムライスを、スプーンですくう。

 料理は時間が経ち既に冷めていた。

 

 だが冷めてもなお、そのオムライスは柔らかった。


「知らなかった……食事は……こんなに美味いものだったのか……」

「ねえ、美味しいよね! 美味しいよね、ハデス!」

「ああ……そうだな、セリス……」


 オムライスを口に入れて、ハデスは身体を震わせる。

 生まれた時から傭兵団にいて、まともな食事など口にしたことはない。これまでの食事といえば死なないために食べる作業であった。


「でも……サエキ。少し、味付けがしょっぱ過ぎるぞ……このオムライスは……」

「人間の涙には塩分が含まれている。だからだ」

「そうか……オレの涙は、しょっぱいのか……」


 サエキの言葉でハデスは気がつく。

 自分が大粒の涙を流していたことに。

 

 生まれ始めて流した自分の涙の味に、心の底から驚いていた。


「ねえ、ハデス。私も料理が上手くなったら、オムライスを作ってあげるね!」

「ああ、セリス……楽しみにしている……」


 死神と呼ばれた男は、何度も何度も料理を噛みしめる。

 これまでの灰色の人生を塗り替えるように。 


「ああ……本当に……美味いな……」


 そして新しい自分の人生を確かめるように。





 この日。

 フラン王国は蛮族軍に制圧される。

 王国としてのフランは消滅して、蛮族軍の直轄地となる。

 

 だが愚王によって圧政を強いられていたフラン地方は、これまでないほど繁栄をしていく。


 そして、それから十数年後。

 大きく成長した第二王女が凱旋によって、フラン王国の自治は復活する。

 かつては死神と呼ばれた剣士の助けのもとに。





「ねえ、ハデス! 早く遠征軍に合流しましょう!」

「ああ。急ぐな、セリス。転ぶぞ」

「団長はセリスお嬢に、過保護すぎますぜ!」

「親バカ……って、やつだな!」


 『降伏をした国は大森林遠征軍への軍役の義務が生じる』

 

 傭兵ハデスは自ら名乗りをあげて、蛮族軍の大遠征に加わる。

 自らの率いる鮮血傭兵団と。そして新たに養女となった少女セリスと共に。


(サエキ……か)


 不思議な黒髪の料理人シェフに恩を返すために、死神と呼ばれた傭兵は新たなる道を選んだのであった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ