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第11話:死神と塩味のオムライス(中編)

 圧倒的な武を誇る蛮族軍に攻められ、フラン王国の王城は陥落寸前であった。

 そんな中、最後の王族が立て籠もる塔の前では、最後の激闘が続いている。

 死神と呼ばれる凄腕の傭兵が、蛮族軍の前に立ちふさがっていたのだ。



「さて、メシを作る時間だ」


 だが、どこからともなく現れた黒髪の青年は、料理の準備を始める。

 手際よく携帯用の調理台を組み立てて設置。発火剤に着火してフライパンを加熱する。


「キサマ、何のつもりだ」


 傭兵ハデスは鋭い剣の先を、その奇妙な料理人シェフに向ける。

 特殊な金属で作られた真紅の剣は、刃こぼれ一つしていない。ハデスと共に数多の戦場で、敵の血を吸ってきた死神の剣である。


「オレはメシ番。料理を作るだけだ」

「何だと⁉」


 だが青年は剣の存在など無いように、冷静に料理の準備を進めている。

 背負い袋から食材を取り出し、台の周りに並べていく。清潔な水で手を洗い、エプロンを身につける。


「キサマ、舐めているのか。ここは戦場だぞ!」


 冷血なハデスは珍しく激高げっこうする。

 何故ならこの男にとって戦場とは特別なもの。


 とある傭兵団に生まれ育ったハデスは、物心ついた時から戦場にいた。

 同じ傭兵団で仲良くしていた友たちは、成長するにつれて戦場で散っていく。また血の繋がった親や兄弟も同じ。愚かな雇い主の作戦で犬死をしていった。


「戦場は……命のやり取りをする神聖な場だぞ!」


 成人を過ぎたころには、ハデスは一人になっていた。

 昔の仲間や家族は全員戦場で散っていた。

 そして彼に残ったのは圧倒的な剣技。そして“死神”という忌まわし二つ名だけ。そんなハデスにとって戦場とは何よりも憎むべき相手であり、神聖な存在だった。


「オレは舐めてはいない」

「何だと⁉」


 激高したハデスの剣先は、黒髪の青年の喉元に達する。表面からうっすらと鮮血が滴り落ちる。

 だが青年は構わず調理の準備を進めていく。


「オレにとって、この調理場が戦場だ」

「調理場が戦場……だと?」

「さて、調理を開始する。少し黙っていてもらおうか」


 青年はエプロンを締め直し、深く深呼吸。そして鋭い眼光でハデスを一瞥いちべつする。


「なっ……!?」


 その眼光に抜かれて、ハデスの剣は動きを止める。いや正確には青年の発する気の前に、身体が動かないのだ。

 そして橋上に集結していた蛮族軍の騎士たちも、異様な殺気の前に沈黙に包まれる。


「よし。今日は、これがいいだろう」


 青年はそう呟くと、みじん切りの野菜と穀物の入った木皿を並べる。そしてフライパンにバターを敷き、手際よく炒め始める。


「ああ……バターと野菜の……」


 少し離れていた所にいた公女ミリアは、思わず口を開く。

 この場は張り詰めた異様な空気だが、彼女の食欲と好奇心が勝っていた。


「すごい……いい香り……」


 

 料理人シェフサエキの手元のフライパンから、何とも言えない香り流れてきた。

 野菜のみじん切りをバターで炒めているだけ。だが食欲をそそる臭いである。


「次のあれは? まさか……ライスを料理に使うの?」


 次にサエキが手に取った食材を見て、ミリアは驚愕する。

 何故ならこの大陸で、ライスは野菜の一種である。料理に使うとしても、せいぜい副菜として少量だけが常識だ。


「あんなに沢山のライスを使うの?」


 だがサエキは多量のライスを、フライパンに投入した。みじん切りにした野菜と一緒に、手際よく炒めていく。


「しかも、あれは生のライスじゃないの⁉」


 サエキの投入したライスは生米ではなかった。

 おそらくは先に茹でて柔らかくしておいたライス。この大陸では聞いたこともない調理補法である。


「でも、いい香り……」


 ミリアはごくりつばを飲み込む。

 バターと野菜にライスが加わり、何とも言えない香りが橋の上に漂う。今まで嗅いだことのない、甘く優しい匂いである。


「米の仕上げだ」


 サエキはそう言いながら、赤い液体を準備する。トマトを何倍も凝縮したような、真っ赤なソースである。


「あれはトマトソース? でも、それにしてはトロトロだわ……」


 ミリアは遠目にその調味料を推測する。

 この大陸にもトマトから煮詰めて作ったトマトソースはある。

 だがサエキの調味料は少し違っていた。トマトソースよりも更に濃度が濃いのである。


「えっ⁉ それを直接フライパンに⁉」


 ミリアは我が目を疑う。

 何故ならサエキは熱々のフライパンと食材の上に、赤いソースを投入したのだ。そんなことをしたら料理は水っぽくなってしまう。


「でも……甘酸っぱくて、いい香り……」


 ミリアはのどを鳴らし、思わず唾を飲み込む。

 フライパンから湧き上がる甘酸っぱい香り。それが鼻孔を貫通して直線、胃袋を刺激してくる。


「う、美味そうだな……」

「ああ……美味そうだな……」


 ミリアの後方にいた諸侯たちも、思わずつぶやく。

 喉をゴクリと鳴らし、黒髪の料理人シェフの不思議な料理を凝視していた。


「まずは三皿を先に完成させる」


 サエキはそう言いながら、木皿を三枚並べる。

 そして赤く染まったライスを盛り付けていく。ライス綺麗な形を保ったまま、夕日のように輝きを放っている。


「次は卵だ」


 別のフライパンを取り出し、サエキは次の料理に取りかかる。

 先ほどと同じようにバターを敷いて、見事な手際で卵を焼き始めていく。


「あれはオムレツよね……私も知っているわ!」


 ミリアはドヤ顔で声をあげる。

 ニワトリの卵とバターで作るプレーン・オムレツは、この大陸でもメジャーな料理。もちろん公女であるミリアも、何度も口にした経験がある。

 自分の知っている料理の登場に、ミリアは思わず勝ち誇る。


「えっ……でも、オムレツをさっきのライスの上に⁉」


 だが次にサエキは信じられない行動に移る。

 せっかく綺麗に作ったオムレツを、先ほどの赤いライスの上にポンと乗せたのだ。そして同じ要領で二つのオムレツを調理して、残りのライスの上に乗せる。


「さて。これで完成だ。食べる準備をしてもいいぞ」


 そう言いながらサエキは、料理の乗った木皿を差し出す。

 一つは終始無言でいた蛮族王の目の前に。そして残りの二つは傭兵ハデスの目の前である。


「いったい何のつもりだ? オレは神聖な戦の場で、メシなど食わない」


 剣を構えたまま無言でいたハデスが口を開く。

 差し出された奇妙な料理を見つめながら、食事することを拒否する。


「それに数も数えられないのか? 一つ多いぞ」


 そして料理の数が一個多いことを指摘する。簡単な算術もできない料理人なのかとさげむ。


「お前は気が向いたら食えばいい。それにもう一つは、後ろのお姫様の分だ」

「お姫様だと……なっ!?」

 

 青年の言葉に反応して、後ろを振り返ったハデスは言葉を失う。

 そこに立っていた少女の出現に驚愕していた。


「セリス……お前……なぜ塔から出てきた!?」


 ハデスはその少女の出現に動揺していた。

 先ほどまでの冷血な死神の殺気が、その言葉と共に一瞬だけ解かれる。


「ごめんなさい、ハデス。でも、すごく美味しそうな匂いがしたから……」


 セリスと呼ばれた少女は、木皿の上の料理を凝視していた。

 そのほおせこけ、これまでまともな食事を口にしていないのが伺える。


「セリス……ということは、あの女の子が第二王女⁉」


 その名を耳にしたミリアは目を見開く。

 年端としはもいかないその少女が、フラン王国の第二王女だったのだ。

 そして自分たち蛮族軍が処罰しなければいけないフラン国王の一族。


「初めて見る料理……でも美味しそう……」


 王女セリスは料理にゆっくりと近づいていく。やせ細った足でゆっくりと進んでいく。


「王女さん……」

「うっ……!?」


 彼女の護衛の傭兵たちは一歩も動けずにいた。身体を動かそうにも、足が動かない。

 橋の真ん中に鎮座する蛮族王。その恐ろしい覇気を受けて誰も動けないのだ。


「ねえ、ハデス。これはなんという名前の料理なの?」


 少女はたった一人で料理の前に辿りつく。

 隣で絶句しているハデスに、初めて見る料理の名を訪ねる。


「これはオムライスだ。さて最後の仕上げに入るぞ」


 ハデスの代わりに黒髪の料理人シェフが答える。ライスの上にオムレツを乗せた料理だと。


「オムライスだと……? まて、キサマ! そのナイフでセリスに何をするつもりだ⁉」


 いつの間にか青年が少女の前に移動していた。腕利きの傭兵であるハデスすら見えない動きで。

 そして鋭利なナイフの刃先を、無防備な少女に近づけていく。


「キサマァ! セリスから離れろ!」


 ハデスは青年を料理人シェフだと思い油断していた。だが本当は第二王女を狙う刺客だったのだ。


「ちっ! 止むえん!」


 一瞬の間をおき、ハデスは青年を斬りつける。これまでこの第二王女の前では、流血は避けていた。

 だが、この窮地に迷っている暇はない。大陸一と恐れている死神の剣速が閃光を放つ。


「ば、馬鹿な……」


 だがハデスの剣は空を切った。音を超える剣が空気だけを斬る。


「このオレの抜刀をかわした……だと⁉」


 何故なら青年はセリスの命を狙っていなかったのだ。

 オムレツの乗った料理へナイフを近づけていた。その動きの差異がありハデスの剣を回避していたのだ。


「これで完成だ」

「うわー、凄い! オムレツが滝のように……ねえ、見てハデス! すごく美味しそうだよ!」


 青年はハデスのことなどを眼中になかった。

 その調理用のナイフでオムレツの背を切っている。それと同時に黄金色の半熟卵が、滝のように流れ落ちる。


「馬鹿な……何だと……」


 目の前のことが理解できずにハデスは絶句していた。

 自分の必殺の抜刀術は偶然などでは回避できない。更に見たこともない不思議な料理が、目の前に出現した。

 

 その二つの現実にハデスは驚き混乱している。


「今日は特別だ。ケチャップで描いてやる」

「うわー、これはウサギさん? 見て、ハデス。私の料理の上に、ウサギさんがいたよ!」


 半熟に開かれたオムレツの上に、真っ赤なウサギが出現した。

 先ほどの赤い調味料……ケチャップを使い、黒髪の料理人シェフが描いたのだ。

 まだ幼い王女セリスのために、彼女の大好きなウサギの絵を。


「熱いから気をつけて食え」

「うん。黒髪のお兄さん、ありがとう!」


 幼い王女セリスは我慢しきれずに食事を始める。用意してあったスプーンでオムライスを一口すくう。


「うわー、美味しい!」


 一口目を口に入れて少女は目を輝かせる。

 そして二口、三口とどんどんスプーンを口に入れていく。


「ふわふわでトロトロで……甘くて酸っぱくて、美味しい!」


 これまでよほど我慢していたのだろう。

 セリスはかきこむようにオムライスを食べていく。口の周りにトマトケチャップが付くのも構わず、どんどん食べていく。


「美味しい! 本当に、美味しい……」


 少女は満面の笑みで、本当に美味しそうに食べる。


「私……こんなに美味しい食べ物……本当に初めて……」


 だが笑みを浮かべながら、大粒の涙を流していた。

 これまで抑えていた何かの感情が、名涙と共に一気に溢れ出していく。


「セリス王女……」


 その光景を見てミリアは思わず声をもらす。そして王女の異様な反応を不思議に思う。

 たしかにサエキの料理は不思議な美味しさがある。

 

 だが王女のこの反応は感動とは別の、何か重い感情が溢れ出しているのだ。


「このセリスは、まともな食事を口にしたことがない……」


 そんなミリアの疑問に答えるように、ハデスは口を開く。


「何故なら“災厄の王女”だからだ」


 不幸な運命のもとに生まれた王女。セリスを見つめながら、死神は静かに語り出すのであった。




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