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第10話:死神と塩味のオムライス(前編)

 蛮族王は蛮兵を率いて大遠征を進めていた。

 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。東部でも有数の商国サガイも彼らに併合される。

 そして小国であるフラン王国にも、その蛮兵の剣は達しようとしていた。



 蛮族軍との野戦に大敗したフラン王国は、愚かにも徹底抗戦を選択する。

 そして圧倒的な蛮族軍に攻められ、フラン城は陥落寸前であった。


「ハデス団長、塔の立て籠もりの準備は終わりました」

「そうか。あとは下がっていろ」


 鮮血傭兵団の団長ハデスは、部下たちを後方の塔まで後退させる。そして自分は一人だけ塔へ通じる橋の上に残る。


「さて、待たせたな」


 ハデスはそう言い放ち、真紅の剣先を塔の反対側に向ける。外からの客人を待たせる趣味は、この剣士にはない。


「鮮血傭兵団のハデス! このフラン攻城戦の勝負はついた! 降伏しろ!」

「このフラン城で残るは、その塔と第二王女のみだ。大人しく引き渡せ!」


 ハデスの剣先にいたのは蛮族軍の騎士たちであった。

 正確に言うならば蛮族軍に合流した諸侯軍。彼らも蛮兵と共に、このフラン城の攻城戦に加わっていた。


「能書きはいい。こいつらの次に死にたい奴は……こい」


 ハデスは騎士たちの勧告を無視して、足元を剣で指し示す。

 その足元には数十の騎士たちの亡骸があった。全てが一刀両断のもと斬り捨てられている。


「くっ……我が鉄鎖騎士団の誇る騎士たちが……」

「我ら紅蓮騎士団の猛者どもが、こうも一方的に……」


 ここにいる諸侯軍の騎士たちは攻めあぐねていた。

 彼らの狙いはこの先の塔に逃げ込んだ、フラン王国の第二王女の身柄。だが塔に行くにはこの一本橋を抜けていく必要があった。


「何だったら、また十人同時でもいいぞ」


 だが騎士たちは足止めをくらっていた。

 塔まであと一歩というところで、信じられないこと事件が起きていたのだ。


 たった一人の剣士。傭兵ハデスによって、騎士団が返り討ちに合っていた。

 数人がかりで斬り込んでも、未だに突破すらできていない。


「死神ハデス……化け物め……」

「金のためなら誰でも殺す亡者め……」


 騎士たちは激怒しながらも、侮蔑の言葉を発することしかできない。

 

 何故なら数十人もの腕利きの騎士が、一人の傭兵によって一刀両断にされている。

 弓矢も通じず、逆に“矢返し”の剣技で被害は増大するばかり。


 たかが第二王女を一人捕えるために、これ以上の損出は騎士団の名誉にかかわる。


「ふっ。噂に名高い蛮族軍だと聞いていた。だが期待はずれだったな」


 ため息をつきながらハデスは剣をさやに納める。

 だが隙は全くない。一歩でも間合いに近づけば、また閃光のような抜刀術は放たれるのだ。


「かかって来ないのか? その気になればオレは三日三晩、寝ずに戦える。別に持久戦でも構わない」


 信じられないことにハデスはたった一人で、塔へ通じるこの橋を死守するつもりである。

 ここ通るためには鬼神のような剣士を倒すしかない。


「くっ……」

「こんなところで失態は……まずいぞ……」


 諸侯たちは焦っていた。

 何故なら彼らは蛮族軍として、この戦で手柄を立てる必要がある。


 『遠征軍への軍役の義務。戦の手柄に身分の差はない。平等に恩賞を与える』という軍規に従い、残してきた母国のために戦っていたのだ。



「通してもらうわ」


 そんな諸侯たちが攻めあぐねていた時。後方から別の騎士団が到着する。


「これは……バルカンのミリア公女」

「ええ。ここから先の交渉は私に任せて」


 やって来たのは元バルカン公国の公女ミリアと、配下の騎士団であった。

 蛮族軍の中では交渉の役職に就いており、他の諸侯からも一目置かれている。他の騎士団はミリアのために道を開けて通す。


「鮮血傭兵団の団長ハデス……という名かしら? このフラン城は陥落寸前よ。降伏してちょうだい」


 ミリアは蛮族軍の正式な使者として、ハデスに降伏勧告を伝える。

 今の状況としては終戦間際だと説明しながら。


 両軍の戦力差を測れず、籠城戦を選択したフラン国王は既に戦死。他の王族や幹部たちも捕獲済み。

 この戦の大勢は決したとミリアは冷静に伝える。


「バルカンのミリアとやら。たしかにフラン国王は愚かだった」


 ハデスは自虐的に今回の戦の経緯を鼻で笑う。

 隣国から“愚王ぐおう”とも呼ばれたフラン国王は、何を思ったか蛮族軍からの使者を斬り捨てていた。

 

 そして止める家臣たちを排除して徹底抗戦を決断。己の王の地位の保身と、下らない利権を守るために。


「それなら降伏しなさい。あなたも蛮族軍の目的は、分かっているのでしょう?」


 ミリアは静かに説得を続ける。

 蛮族軍は攻め込む前に、相手国に勧告をしている。

 『もしも徹底抗戦を選択した場合は、容赦なく攻め落とす。その先導者は責任を取らせるために、すべて斬首』という内容である。


「その塔にいる第二王女を捕えたら、この無用な戦は終わるのよ」


 つまり指導者である国王の一族の者。つまり塔の中の第二王女を捕えたら、他のフラン兵は助かるのである。

 もちろん雇われていただけの、ハデスたち鮮血傭兵団の命も全員助かる。


「たしかに愚かな戦を起こした責任は、国王一族にある」

「そうでしょう、ハデス」

「だが、断る」

「えっ……?」


 まさかのハデスの返答に、ミリアは言葉を失う。

 噂ではハデスという傭兵は、判断力に優れた人物だと聞いていた。傭兵をビジネスと考え、利益をもって動いていると。


 ゆえにミリアも理詰めをもって、冷静に説得をした。

 だが今のハデスは明らかに、何か個人的な感情をもって動いている。


「悪いが、あの少女……第二王女とオレは約束した。だから、ここを通すわけにはいかない」


 小さくそう言い放ちハデスは、再び真紅の剣を抜く。

 そして剣先を無防備なミリアに向かる。交渉は終了して、ここからは剣の時間だと言わんばかりに。


「ミリア様、お下がりください!」

「アラン……」


 主の危険を察知して、一人の騎士が前に出てきた。バルカンの近衛騎士であり、ミリアの側近である騎士アランである。


「ほう、少しは骨がありそうな奴が出てきたな」


 アランの全身を観察して、ハデスは笑みを浮べる。一瞥いちべつしただけでアランの騎士の腕を測ったのだ。


「ミリア様。このハデスという傭兵は、金で人を斬る快楽者です。説得は意味を成しません」

「でも、アラン。私には違うように見えるの……」


 あくまでもミリアは説得を続けようとする。

 だがハデスの鋭い剣先は、徐々に近づく。もはや話し合いは不可能な状況となっていた。


「くっ……」


 ミリアは説得を諦めて、一歩後ろに下がる。

 だが、ここままでは更なる犠牲者が、傭兵の剣の前に倒れていくであろう。それほどまでに死神ハデスは圧倒的な死の臭いを放っていた。



「んっ……?」


 そんな時だった。ミリアは何かに気がつく。

 自分の脇を“風”が通り過ぎていったのだ。


「……王の御成りだ」

「えっ……?」


 そして、どこからともなく声が聞こえる。

 その声にミリアは聞き覚えがあった。

 いつも蛮族王の側に控える幹部の一人のもの。無言の蛮族王の代わりに代弁する“声”の者である。


 だがミリアが周囲を見渡しても姿は見つからない。


「い、いつの間に……」


 その出現にいち早く反応したのはアランであった。前方に視線を向けて声を震わせている。


「えっ……そんな……」


 次に反応したミリアも視線を前方に戻し、そして言葉を失う。

 何故ならいつの間にかそこに、一人の戦士……蛮族王がいたからである。


「まさか王が……自ら……」


 ミリアは自分の目を疑う。

 

 その者は異彩を放っていた。

 不気味な呪術の描かれた仮面を被り、金色の獣の毛皮をまとっている。

 立っているだけで、その全身から覇気が発せられていた。


「ほう、こいつが噂の蛮族軍の総大将……蛮族王か?」


 ハデスは突然目の前に現れた、蛮族の王を見て笑みを浮べる。

 密集する騎士団の隙間をどうやってすり抜けてきたか、ハデスですら見当もつかない。

 だが見るかに猛者である蛮族王の登場を、心から喜んでいた。


われ……ここに死地を見つけたり……」


 そうつぶやきハデスは剣を上段に構える。

 これまで一度も見せたことのない本気の構え。この剣士はここまで全力で戦っていなかったのだ。


「早まるな。真紅の剣士よ」


 蛮族王の側に控える幹部が、ハデスを制止する。戦いの時間はもう少しだとだと。

 いつものように王の言葉を代弁する。仮面の蛮族王は終始無言を保っていた。


「“腹は減っては良き戦はできぬ”と……我らが王、メシを所望している」


 黒装束の幹部はそう宣言して、指をパチンと鳴らす。

 静まり返った橋の上に、乾いた音が鳴り響く。全員視線がその指先に注目される。


「メシ番……メシの準備だ」


「ああ、分かった」


 幹部のその合図に反応して、また新たなる者が姿を現す。


「えっ……サエキ⁉」

「いっ、いったいいつの間⁉」


 突然のことにミリアとアランは、またもや言葉を失う。

 そして自分の目を疑う。

 

 何故なら携帯用の調理台をもった黒髪の料理人シェフが、どこからともなく橋の上に現れたのだ。


「キサマはいったい何者だ……」


 ハデスは剣を構えたまま、黒髪の青年を殺気と共に睨み付ける。

 先ほどの蛮族王と同じく、この者も気配を全く感じさせなかった。間違いなく腕利きであり、異質な料理人シェフとして警戒している。


「さて、メシを作る時間だ」


 だが黒髪の青年は一向に気にかけていない。


 こうして真紅の剣を向けられたまま、メシの時間が始まるのであった。



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