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第1話:公女とバルカン牛のハンバーグ (前編)

 この大陸の時代は戦乱。

 各国の諸侯たちは戦に明け暮れ、罪のない多くの民が巻き込まれていた。


 そんな中、一つの事件が起こる。

 辺境の大森林を治める蛮族王が蛮兵を率いて大遠征を開始したのだ。


 人間離れした圧倒的な武を有する蛮族軍。それに対する周辺諸国は次々と戦に敗れ、蛮族王に併合されていく。

 そして大陸東部で勢力を誇るバルカン公国。その首都“公都”にも蛮兵の剣は達していた。



「本当に乗り込むつもりなのですか、ミリア様」

「ええ、アラン。女の身である私なら、敵も油断するでしょう?」


 バルカン公国の若き公女ミリアは、騎士アランと共に馬を進めていた。

 向かう先は公都を包囲している蛮族軍の本陣。そしてミリアの目的は交渉の場で、憎き蛮族王の命を奪うことである。


「蛮族王か……噂には聞いていたけど、本当に実在していたのね」

「はい、ミリアナ様。私も幼い頃に聞いた作り話だと思っていました」


 今から数か月前。

 大陸の東の辺境に広がる大森林。そこを治めていた蛮族王が突如として、軍を率いて森を出てきたのだ


「それにしても、アラン。こうして事前に降伏勧告をしてくるなんて、蛮族らしからぬ行為よね」

「たしかに不思議ですね、ミリア様」


 蛮族軍は森の外の諸国に次々と攻め込んでいく。

 だが戦いの中で彼らには変わった習慣があった。それは攻城戦の前に、必ず降伏勧告を行うことである。


 これは大陸の戦の常識では考えられない異例な習慣。それもありミリアとアランは不思議に思っていた。


「でも、これは公国にとって起死回生のチャンス……」


 ミリアは懐のナイフに手をやり、改めてその決意をつぶやく。

 何故ならミリアとアランの祖国バルカン公国も、彼らから降伏勧告を受けていたのである。数日前のバルカン平原の決戦で公国軍は、蛮族を相手に大敗していたのだ。


 そして公国にも蛮族軍の降伏勧告の使者に訪れる。今ミリアたちはその使者に連れられて、敵の本陣へと向かう最中であった。


「見て、アラン……あれは……?」


 敵の本陣に到着したミリアは、信じられない光景に言葉を失う。


「あれは鉄鎖騎士団……それにあっちは紅蓮騎士団……まさか彼らまで蛮族軍の軍門に下っているなんて……」


 蛮族軍の本陣にいる者たちの様子に、ミリアは唖然とする。

 彼らは武勇と誇りで名高い各国の騎士たち。それにもかかわらず蛮兵と一緒に同じ釜の飯を食べていたのだ


「あの噂は本当だったみたいですね、ミリア様。多くの諸国が降伏勧告を受け入れて、蛮族の軍門に下ったという話は……」


 騎士であるアランも言葉を失う。

 何故なら彼ら騎士は名声を最優先にする。これまで野蛮人として見下してきた蛮族。その軍門に降るなど、絶対に有りえない行為なのだ。


「いったい何が起きているの……ここで……」

「予測も出来ませんね……」


 目の前の現実を直視しても、二人は驚きを隠せない。

 この数か月でいったい何が起きたのであろうか。この短期間の周辺諸国を次々と併合している蛮族軍。もしかしたら何か秘密があるのかもしれない。


「着いた。ここに入れ」


 そんな時、蛮族軍の案内の使者が口を開く。陣内の目的の場所に着いたのだ。少し片言かたことなのは共通語に慣れていないからであろう。

 

「えっ? これは家屋ゲル……こんな巨大な物が……」


 ミリアたちは家屋ゲルと呼ばれる仮設の建物に案内された。

 小さな館ほどある家屋ゲルの大きさにミリアは驚愕する。蛮族がこれほど高度な建築技術を持っているとは、想像していなかったのだ。


「早く。中に入れ」

「わ、分かったわ」


 使者に急かされて、ミリアとアランは家屋ゲルの中に入る。足元に注意しながら薄暗い通路を進んでいく。


「見てアラン。これはペルン様式の柱よ」

「こちらはブロズ様式の建築様式です、ミリア様」


 家屋ゲルの内部を歩きながら、二人は更に驚く。

 この建物はいろんな様式の建築技術が応用されていた。蛮族たちがこれまで併合してきた諸国の、優れた技術が取り入れられていた。


「こんなことってあるの、アラン……」

「私にも信じられないです。もしかしたら彼らは適応力に優れているのかもしれません」


 その事実は二人にとっては衝撃的であった。

 何故な国や部族には長年にわたって育んできた、誇るべき文明がある。いきなり他国の文化や技術を簡単に流用できるものではない。


 だが蛮族軍はそんな常識にとらわれず、優れている物を全て応用していたのだ。


「ここで待て。王がくる。話し合いをする」


 ミリアたちは家屋ゲル内の広い一室に案内される。ここがバルカン公国と蛮族軍の交渉の場になるのだ。


「ここが交渉の間……そして公国の未来を決める場所……」


 祖国の命運の重さを感じ、ミリアナは唾を飲み込む。

 自分の対応一つで多くの兵や民の運命が決まってしまう。そんな国を代表としての責務が、華奢きゃしゃな公女の身体に襲いかかる。


「王が来た。席に座れ」


 いよいよ公国の命運を賭けた、蛮族との交渉が始まる。


「蛮族の王が、いよいよ……」


 ミリアは誰にも気がつかれないように、懐のナイフを確かめるのであった。


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