三話
「なっ……」
「普通あれほどの火傷を負えば死んでしまうかもしれない。でも彼女は助かったんだな、一人で」
「一人で?どう言う事だ?」
気になる言い回しだ。
「聞いた話だと、彼女の家は一年前に火事にあったらしい。放火だったんだと。犯人はまだ見つかってないらしくて、その火事のせいで彼女の両親は亡くなったそうだ」
「ほ、本当なのか!?そ、そんな話、初めて知ったぞ」
「無理もないだろ。その火事はなぜかニュースとかネットでも取り上げられなかったんだから。なんでなのかは知らないな」
「放火で、情報を制限されているなんて、人為的もいいとこじゃないか!」
「でもな、だれも捜査依頼を出さないんだ。親族もな」
思い出した。たしかアリナの両親はナントカ会社の取締役で、かなりの金持ちだった。ということはその組織と親族ぐるみの犯行じゃないか。そんな大規模だなんて、アリナ一人がどうこうできるわけないじゃないか。というか待てよ、アリナにはもう味方がいないんじゃないか?いや、あの時の彼氏がいるのかもしれないな。
「苗字が須藤から柿崎に変わってるのも納得だよ。でも、柿崎ってどっちだ?母方?父方?」
「俺がそんなの知るかよ!と言いたいところだけど、あの柿崎エリカってしってるか?」
「あの絶世の美女とか言われてる転校生ってやつか」
「そうだ。それでな、あのエリカの柿崎財閥が最近力を付け始めたらしいんだ。それもちょうど一年前」
「おいおいマジかよ。それってまさか」
「確定まではしてないんだがな。実はな、柿崎エリカとそのアリナは元から親戚の関係だったらしいんだ」
そんなの、アリナのイジメの主導を柿崎エリカが行なっているのも納得してしまうじゃないか。
「それがどうなって、アリナの苗字が柿崎に?」
「詳しくは分からないけど、彼女を同じ苗字にする事で、彼女の両親の会社を引き継げやすくなるとかそういうのじゃないのか?養子とかそういう感じのやつ」
「あー、確かにありそうだな。俺もよく分からんけど」
残酷すぎる話だ。自分の親を殺したのかもしれない相手と同じ苗字にさせられるなんて。俺が、俺ができることはないのか?
「コウちゃんもまあそんなに考えすぎるなよ?コウちゃんがそんなになるなんて、なんか俺に対するみたいに特別な事情があるようだけどさ。退学とかになったら会いにくいじゃんかよ」
「退学しないように頑張るよ」
「心配だなー。いくら運動神経良くて、頭もトップクラスで、話し上手なやつでも石ころに躓けば怪我するんだぞ。この完璧うんこ野郎が」
「ユウ、それ褒めてんのか罵ってんのか忠告してんのか分からないぞ」
「ん、忠告の方だ!」
「わぁーったよ。ユウの言うことには従っておくよ。でもな、俺より退学というか、留年に近いのはお前だからな?」
ユウは情報収集能力とか、そこから推察する能力がなぜかむちゃくちゃ高い。頭もいい方のだが、そもそも授業に出てないから単位が足りないのだ。一年生から二年生に上がれたのは、県選抜であるということのおかげで、先生達が配慮してくれた。でも卒業はできるのか?こいつ。
「なははー。俺は卒業なんてしなくてもいいのだー。マコちゃんとこの青空の下でお寝んねできればいいのだー!」
「だから、青空じゃ……」
空を見上げると、ある異変があった。
「おい、ユウ。今って何時だ?」
「んー?四校時だから十二時くらいかな」
「だよなあ」
「どしたん?」
ユウは抱き枕を顔までくっつけているので分からないだろう。
「暗すぎだろ」
「……は?曇ってんだろ?こんなもん……」
ユウはようやく抱き枕を外して空を見上げて、その異変に気付いた。
「太陽が出てるだと……?」
「ああ、雲は周りに少しあるだけだ。なあ、これいつからだった?」
「知らねえ。俺が来た時から暗かったから曇りだと思ってた」
「俺もここに来た時暗かったから空なんて見ずに曇りって判断した」
二人で呆然と空を眺めた。暗い。どんどん暗くなっている。教室の奴らは電気を付けているから気づかないと思うが、まるで月夜の明るさと同じくらいの暗さにまでなろうとしている。
そしてもう一つ異常を見つけた。
「な、なあユウ。街の方を見てみろよ」
「ん?……なっ!」
「気付いたよな。これ、この暗さってこの学校だけじゃないか?」
そう、街には光があった。そう判断できたのは、各地にある太陽光パネルに光が反射してるからだ。この学校の屋上にある太陽光パネルは光を反射してない。つまりはここ一帯、もしかするとこの学校だけがこの暗さに包まれているということだ。
明らかに異質。日常から切って離されたような空間に俺らはいた。
「と、とにかく俺は先生に伝えてくる!ユウは外に出れるか確認してくれ!」
「あ、ああ!分かった!」
行動するにはできるだけ早い方がいい。それは全てのことにおいてそうだと思う。この即決を遮る存在がいた。
『まぁまぁ、落ち着いてよ君達』
「!?」
「い、今のコウちゃんか!?」
「俺があんな脳内に語りかける的な事できるわきゃないだろ!」
その声は脳内に直接響いた。耳を介さず、強制的に言葉を理解させるような気持ち悪いものだった。念話って憧れてたのにな。ってそんな悠長なこと考えてる場合じゃない。
『キハハハ、戸惑ってるねぇ。いいよいいよ、その恐怖と疑問の間にある感情!僕の大好物だ!』
「や、やめろ!気持ち悪ぅ!」
「誰だ、出てこい!」
「はい出てきた」
「はやっ!」
突然目の前に現れたのは、金髪ぱっつんの少年だった。ボロっちい布切れ一枚を羽織った少年の目は翡翠色で、吸い込まれるような感覚がした。
待てよ、目の色?なんで、なんで俺はこいつの顔が見える?
「や!こんにちわ!」
「お前、人間じゃないな?」
「は?」
ユウが間抜けな声をあげた。
「……君は誰だい?なんで僕が神だと分かった?どこの"神"の手先なのかな?」
なんの事を言っているのか分からないが、この金ぱっつんの態度が明らかに変わった。先ほどまでおちゃらけたような感じだったのに、今は圧倒的"何か"の圧力で膝が挫けそうだ。ユウもこの金ぱっつんを見たまま固まっている。
「答えろニンゲン。なぜ分かった?」
答えないとヤバそうな雰囲気がするな。てかこいつ神かよ。日常が壊されるというか、創り変えられてるよな今。
「俺は生まれた時から人間の顔が見れない。だけどお前の顔は見れたから、人間じゃないと思っただけだ。俺は一言もお前が神だとは断言してない、ぞ」
金ぱっつんはハッとして
「うわわわー。また僕やっちまったのか。やっぱり始まる前の人間に関わるんじゃなかったー!怒られるぅ」
さっきまでの威圧がようやく無くなった。俺もユウも冷や汗ダラッダラだ。
「き、君達、始まってもこのことは内緒にしてくれる?あ、僕が神だってのは始まったら言ってもいいんだけど、"始まる前にバレた"ってのは他の神に知られるとヤバいからさっ!」
「さっきから始まる始まるってなんの事だよ」
「キハハ!それは、そうだね、あと十分くらいでわかるさ!あ、僕の名前はノルン!時空を司る神さまさっ!」
もう完璧に神である事を認めてるな。開き直りとは違うけど、サバサバしてるわ。どうでもいいけど、疑問が一つ。ノルンっていう名前と、時空を司るって言ったら、ノルン三姉妹の事だよな。ウルズ、ヴェルダンディ、スクルドの三姉妹。この三人をまとめてノルンとか、ノルン三姉妹って呼ぶはずだ。なのになんでこいつ一人で"ノルン"なんだ?
「なあ「ノルンって、三姉妹のことじゃないのか!?」……」
俺が聞く前にユウが聞いた。ゲームやアニメではおなじみの神だから聞きたかったのだろうな。
「お、君達は勉強家だなぁ。感心感心。で、僕はね、長女のウルズであり、次女のヴェルダンディであり、三女のスクルドなのさ!」
「答えになってねぇ!」
「えー、僕にしてはうまく説明した方なんだけどなー。いいや、お姉ちゃんに変わってもらおう。……はいお姉ちゃんです」
「は?……は?」
「ただいま妹のスクルドと変わりました、次女のヴェルダンディでございますぅ」
「変わったって……。ああなるほど、そういうことか。」
「え?コウちゃん、どゆこと?」
「あれだ、つまり多重人格的なやつ」
「あ、あ〜。そーゆーね。なんか、ベタすぎて考慮の範疇から外してたわ」
「分かる」
「むー。ひどいですぅ。まあ分かってくれたのならいいですよ。姉とはもう会ったようですから紹介はいいですね?」
「姉っていうと、ウルズってことになるのか?多分見てないぞ」
「そ、そうだ!見てない!紹介してくれ!」
お、おいユウ。なんでそんなに元気なんだ。あ、たしかユウはナントカクエストってゲームのウルドってキャラをこよなく愛してたな。あれってベースがウルズだもんな。
「会ったじゃないですかぁ、さっき怖い目にあいましたでしょう?ウルズ姉さんは少々力が強くて、ニンゲンには厳しいのです」
つまり、あの態度が変わった瞬間三女のスクルドからウルズに変わっていたということだ。
こっわ!ウルズさんこっわ!
「あ、あぁぁ。ウルドちゃんが、俺のウルドちゃんが崩れさルゥゥ」
「そんなこと言ってると姉さんがまた出てきますよ?姉さんだけは私やスーちゃんが体を支配していても、強制的に奪い取ることができますからねぇ」
「こえぇ」
「あ、そろそろ時間ですねぇ。みなさん、くれぐれも始まったらこのことは内密にお願いしますね?そうですねぇ、神っぽい名前の人には特に気をつけてくださいね。神は名前を聞かれると名のならなければいけない決まりなので、分からなかったら名前を聞いてみてください。まああなたの瞳があれば大丈夫だとは思いますが。全く、本当に不思議な瞳を持つニンゲンですぅ。始まってもみんなと仲良くしてくださいね?」
俺は、この神が今から"始め"ようとしている事に少し恐怖している。何を始める気なのか。それが始まっても仲良くしろ?仲が悪くなる何かが起こるのか?その時、俺はユウとアリナを守れるのか。色んな事を考えていた俺は、目の前に立つ神、ノルンに提案をした。
「何が始まるか分からないけど、俺らがお前らの秘密を黙っているメリットがない。だから約束できない」
「なっ!こ、コウちゃん!なにを!」
「ふむぅ。大きく出ますねニンゲン。それで?」
「今から"始まる"その何かにおいて、有利になるものを俺らにくれ」
「脅迫かよ……」
「ウフフ、なかなかいいわよぉ。ニンゲンの少年さん。強くてニューゲームってやつですね?あなたはこんなことしなくても生き残りそうだわぁ。まあでも、わかりました。いいでしょう」
「おいおいマジかよコウちゃん。神を丸め込んじまったよ」
「お前は余計なこと言うなユウ!」
ユウがいらないこと言ってノルン機嫌を損ねられちゃあ困る。この緊張感からして、今から何かとてつもないことが起ころうとしている。
「仲がいいこと。ウフフ、じゃあ二人だけでは不公平よね」
不公平?この学校の生徒全員強くてニューゲーム状態にするのか?
「そうじゃないわぁ。そこの子!出ておいで」
こいつ今さりげなく心読みやがった。
ノルンことヴェルダンディの向いた方向を見ると、扉に隠れていた少女が出てきた。
「あ、アリナ!?」