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塔の上

作者: みゐえな

春のような温かさが憎らしかった。

夏のような笑顔が苦手だった。

秋のような豊潤さに劣等を感じた。

みんなみんなだいきらい。

この冷たい温度が、全てを凍らせてしまったなら、どんなに。



***



これはとある国のお話。

昔々、まだ世界が始まったばかりで何の秩序もなかった時代。

人を創った神様は、その身の弱さに同情してとあるルールをつくった。

それは国の気候を固定する機構。季節を必ず春、夏、秋、冬の順番に巡らせるルールだ。

そのために神様は各季節を司る女王を生み出し、国の中心に一番高い塔を建てた。そしてその最上階に春、夏、秋、冬の順番で各季節を司る女王を一定期間ごとに住まわせた。

そのおかげで人々は季節の恵みを手に入れ、また季節の猛威に備えることができたという。


たった、これだけのおとぎ話。けれど人間が伝えてきたこの話は、人間の独自解釈が入り混じって、時代とともに様々な姿に変化していった。


そして、そのせいで私の人生はぱあになった。

何がいけなかったって、今年の秋が異様に短かったことと、私の名に冬という意味の言葉が含まれていることだ。ああ、身分が高くていなくなっても困らない存在だというのも大きいな。何にしても私の意志が及ぶ範囲のものではない。本当にひどい話だ。

これまで着たこともないようなきらびやかな衣装を引きずりながら、お付きの者を連れて馬車の前まで歩み寄る。彼らは従者とかそんな高尚なものじゃない。私が逃げ出さないよう監視して、連行するのが仕事。穏やかに言うならお目付け役だ。

馬車に乗る前に、母だった人が私に言う。

「この国を救う大変名誉な役を任されたのです。その身に余すことなく冬を宿して()きなさい。冬を終わらせるのです。」

その言葉に無言で一礼をし、私は馬車に乗り込んだ。

そして、馬車は塔へと出発する。

雪道をゆっくり進んでいく。



始まりは秋の実りが不作だったこと。冬がいつもより早く来てしまったこと。そして、冬が例年よりも長引いていること。

このままでは冬を越せないと危惧したお偉いさまは、かの昔話にちなんで冬の女王を立てる。

それが私だ。一応王家の血が入っているし、かねてより冷遇されていたために、いなくなっても困らない。人柱としては逸材だ。

さて、冬を越すための儀式として冬の女王を立てる、という点に私は疑問を抱いた。冬を越したいのなら、春の女王を立てるべきなのでは、と。

だが冬の女王の本当のお役目を説明されて納得した。冬を越すのではない。冬を殺すための儀式だったのだ。春も夏も秋も人にとって必要な時期だが、冬だけはいらないとみなされた。だから冬の女王を殺すことで冬という季節を未来永劫消してしまおうとの魂胆なのだ。その冬の女王に、私は選ばれた。

国のために死んでくれと言われたのだ。こんな国のために。

今までの冷遇に、何を言っても聞かれなかった。今回もどうせ同じだ。

だから別れ際に何と言われようと、私にはもう返す言葉がない。黙って従うしかない。

そう、思っていたのだけど。



馬車の音が遠のいていく。

塔の内側に入ってすぐ、鉄格子が閉じられた。これから三日間は塔から出られない。そして四日後に殺されるのだ。

殺されることに関してはもう割り切れている。この世に未練なんかないし、死ぬことに忌避はない。

でも、私を犠牲にして彼らが救われることが憎らしい。一時でも安心を与えてしまうことに腹が立つ。どうすればこの感情は治まってくれるのだろう。死ぬ時くらい穏やかでいたいのに。

そんな黒々とした感情を持て余しながら、私は塔を上る。人が久しく入っていないようで、塔の中は埃やらカビやら苔やらが大量だ。一歩歩くごとに引きずるほどの長さの衣装が薄汚れているだろう。明かりはなく真っ暗闇の中を、足元に注意して進む。壁や床を這いずる虫にいちいち驚いたりはしない。虫はよくいたずらで使われていたから慣れている。それよりも履きなれないかかとの高い靴に足が痛い。季節の女王はこんなにおしゃれをするものなのだろうか。どうせ死ぬのだから、なんだっていいけれど。

そうしてひたすら歩いて、どれくらい経っただろう。ついに私は最上階の部屋に行きついた。扉に装飾があるのだろうが、暗くてよく見えない。それでも扉は一つだけしかないので間違いようはない。

お偉いさまの話では、この扉の先に季節の女王が住む部屋がある。もしかしたら本物の冬の女王がいるかもしれない。

少しだけ緊張しながら、ひんやりとする取っ手に手をかけ。

私は扉を開いた。



***



「なに、冬の女王が出てこないだと!?」

「はい。冬の女王殿を塔へお連れしてから四日後にお迎えに上がったのですが、かの部屋から出てこられないのです。何度呼びかけても返事もせず、外から開けようとしましたが扉が厳重で、十日経った現在も一向に開く気配がありません。」


部下の報告に苛立ちが募る。逃げ出すことは想定していたが、まさか立てこもるとは。あの小娘、ふざけるなよ。この一件でこちらの進退が決まるというのに。

横にいる妻も同じことを考えたのか、顔をしかめてつぶやく。


「どうしてあの娘はいつもいつも、こうも的確にこちらの神経を逆なでするのか。育ててやった恩を仇で返すと。」


早く対処せねばならない。だがうかつに扉を壊すことはできないだろう。というのも、冬を殺す計画を王は知らない。皇太子が秘密裏に行うものだ。表向きは冬の女王は塔で数日間断食し、その後城で歓待を受けるという行事内容となっている。冬の女王はその断食中に不慮の事故で死ぬのだ。

つまり王には冬を殺す意思はない。冬の女王を塔から連れ出す者を募集する触れを出したそうだが、その文面から見ても明らかだ。触れを見て立候補する者が出る前にこちらで対処せねばなるまい。

問題は、やはり厳重な扉だろう。あの扉は季節の女王でなければ開けられないとの曰く付きであり、四、五人がかりでも開けられないと聞く。そもそもあの小娘はなぜ呼ばれても出てこない。あいつには表向きの役目しか話しておらず、冬の女王を殺すことは知らないはず(・・・・・・)だが。

焦る空気の中、無遠慮にもノックが響く。


「お父様、わたしです。」


それは実の娘の声だった。あの冬の女王に仕立て上げた小娘なぞよりも百万倍はかわいいかわいい自分の娘。それでも、今この瞬間では苛立ちを刺激するだけだった。


「今忙しいんだ。後にしなさい。」

「……いいえ、いいえ!入りなさい!」


けれど突如として叫ぶ妻の声に、娘は部屋へ入って来てしまっていた。

興奮気味の妻を諫めるべく口を開きかけて、妻の次の言葉にそれも忘れる。


「解決策が分かりました。この子を春の女王とすればよいのです。」



***



塔に来てから十三日目。私は一体何をしているのだろう。


「こっちおいでよー、冬の女王さまあ。」

「……やめてください。あなた様の前で恐れ多いことです。」


ふかふかのベッドに腰かけ、妖艶な体つきとは裏腹に無邪気な笑みを浮かべて手招きするこの美女様は、本物の冬の女王様だった。長くさらさらな髪の毛が手招きとともに揺れ動く様は真に神々しさを放っている。一目見て、本物だと分かる。

初めてこの部屋を訪れた時、この方は既にもうそこに居た。今まで通って来た暗く汚い道からは想像もつかないほどの、明るくきれいな部屋。テーブルの上にはご馳走が並び、暖炉からはぱちぱちと音が鳴る。裸足で歩いても優しく受け止めるであろう絨毯。シミひとつない真っ白な布団のベッド。そんな部屋の主として、ここに居た。

本当にいたんだ。季節の、おとぎ話の女王は、本当にいたのだ。

一目で理解し、そして緊張した。冬を長引かせる張本人の、その意図が、少しだけ怖かった。神々しいほどの美しさもそれを助長した。けれど次の言葉で拍子抜けした。曰く、「あっ、ごくろーさま!君が冬の女王だね、しくよろしくよろ!」。

見た目は女神様でも、性格がなんとまあ俗っぽい女王様だった。

こんな女王様と部屋で過ごして、もう十三日経つ。


「もお、お堅いんだから。そろそろ砕けてくれないの?やだなー寂しいなー寂しくてこのままずうっとこの部屋にいるしかなくなっちゃうかもなー。」

「……それは困ります。冬が終わらなくなってしまいます。」

「それならこの寂しさを埋めてくれないとなー。誰か埋めてくれないかなー。」

「……。」


ずっとこの調子なのだ。この調子のままで、部屋から出してくれないのだ。なぜと聞いてもはぐらかされ、いつの間にか気安く接しろという話になってしまう。

気安く接しないと話が進まないのか。でもそれは恐れ多い……下手したら機嫌を損ねてずっと冬のままになってしまう。いや、でも気安くしないと冬のままにするって言ってるし、どうすればいいの。

分からない。今まで気安く接したことなんてないから、上手くできないかもしれない。いや、絶対にできない。怖い。嫌だ、怖い。


「ごめんね、ちょっと閉じ込めすぎちゃったかな。心が堕ちかけてる。落ち着いて、ワタシは君を困らせたいわけじゃないんだ。ただ、君を救いたかっただけなんだよ。」


人の心を読んだような言葉に警戒するほどの余裕はなかった。ただ暗闇にぐるぐると落ちかけた視界を、救いという言葉でぼんやりとつなぎとめる。返答は無意識に口からこぼれ出ていた。


「私を……救う?」

「そう。君は、少し笑った方がいい。肩の力を抜いて、難しいこと何にも考えずに心のまま過ごすことを覚えた方がいい。でないと、心が死んでしまうよ。」


私に意志など、心などがあったか。何を訴えても聞く耳持たれず、全てにおいて諦めた私は、もうとっくに死んでいる。怨嗟だけが身を焦がし、けれどそれも消化できない。私はもう、生きる気力がない。


「本当にそう?本当に、君を見てくれる人はいなかった?君には怨嗟しかなかった?よく思い出してごらん、君は分かってるはずだよ。君もまた、黒い感情を持つ人間だ。それを意識して、受け入れてごらん。」


そんな人が私にいたかな。私を見てくれる人。……あの人は違う。だって、立場が違うのに。きっと陰で馬鹿にして、笑って、だから違うはず……。


「逃げてはだめだよ。彼女の行為は、君の信用に届かなかった?彼女の表情を、君は嘘だと感じた?」


違う、全部完璧だった。私の前では、全て。そのくせ周囲にはバカみたいな演技をして、どちらが本当なのかも分からない。私はあの人のことを何も知らない。知ろうと、しなかったんだ。

自分ですらぞんざいにしていた私の名前を、あの人だけは呼んだ。あの人だけが、はっきりと呼んでいたのに。

馬鹿だな、私。きっともう会えない。呼ばれない。

私の、名前は。もう。


「マフユ」


ハッとなって扉の方を見る。その声音がゆっくりと浸透していき、理解していく。

今の声は、まさか。


「マフユ!生きてる!?生きてるの!?」

「ハルヒ、さま?」


ずっと一緒の家で過ごした。この人の親に育てられながらも、冷遇された。この人はただ冷遇される私を視界に収め、親の前では興味のないふりをし、二人だけの時は冷たい素振りで、その実温かい瞳をしていた。

私の、義姉(あね)


「会って、ちゃんと話をしてきなさい。君の思ってること全部言ってきなさい。」


その声が聞こえると同時に扉が開く。重厚で頑丈そうな扉が自然と、ひとりでに。

そして見えるのは、やっぱりあの人だった。

私と同じようで、私以上に似合っている春色のかわいらしいドレス。そのせっかくのドレスの裾は、やはり埃やら塵やらで黒くなってしまっている。純白の手袋にも所々すすが付き、顔も汚れている。焦ってきたのか息を切らして、汗をかいているようだった。

こんな姿を見れば、もう一目瞭然だった。

……ああ、なんで私はああもかたくなに自分に味方はいないと思い込んでいたのだろう。こんなにも分かりやすいのに。きっと全てを恨むことが、悪をひとまとめに悪と思っていた方が楽だったんだ。私に味方はいないと、私は一人だと思っていることが、私の心の守り方だった。


「マフユ……生き、てるのね……よかった……。」

「ハルヒ様。はい、生きております。まだ、生きております。まだお伝えすることができるんです。」


春のような温かさが憎らしかった。

夏のような笑顔が苦手だった。

秋のような豊潤さに劣等を感じた。

全部()にはないものだった。

でも本当は知っていた。義母(はは)が私だけ夕飯抜きにしたのを聞いて、メイドにこっそり夜食を持っていくよう指示していたこと。義父(ちち)が私にだけ小遣いを渡さなかった時、自分の分を差し引いて私にくれていたこと。今回の冬の女王役が、殺される役目だと教えてくれたこと。

全部全部ひねくれて解釈して、疑って悟った気になって、誤解していた。

でもまだ間に合う。誤解を解いて、ちゃんと理解できる。

最初はきっと、この言葉からだ。


「ハルヒ様、私は――」



***



抱きしめ合う二人を遠く空から眺める。よかった、ようやく彼女を救うことができた。

私の役目は、これで終わりだ。

ひとりごちているワタシの前に光が急速に収束して、一瞬ではじけ飛ぶ。そしていつの間にかそこにいたのは、春の女王だった。


「ふゆ、あんたさすがにそろそろ交代しないとみんな死んじゃうって。もう終わったみたいだし、いいわよね?」

「んー、ワタシ的には二人の感動シーンを邪魔しないであげてと言いたいところなんだけど……さすがにそこまで強くは言えないなあ。あきと交代したの、かなり早かったから、はるも急がないとだし。」


遠くから見渡した(・・・・・・・・)限りでは、皇太子とあの両親の冬殺し計画は王にバレたみたいだし。何らかの罰は受けるだろう。ハルヒはマフユを助けようと縁者を当たっていたみたいだから、マフユはきっともう大丈夫だ。ハルヒは賢い子だからそもそも心配する必要などない。


「んで、あんたあの冬の女王役の子をずいぶんひいきしてたみたいだけど。いいのかなーそんなことして。あの子のために冬を伸ばすまでするなんて、どうしてそんなことしたのよ?」

「……知ってるでしょ。ワタシたちは元は死んだ人間。季節の女王の役目を果たすことと引き換えに、一回だけわがままを許される。」


あの子は、忘れ形見だから。


「え、なんて言ったの?」

「ふふふ、教えなーい!じゃーね、はるのお仕事頑張ってね!」


塔の上の二人を優しく見つめてから、冬の女王は消えた。


《補足》

・マフユ

幼い頃に両親が亡くなり、ハルヒの家に引き取られた。ハルヒの両親から冷遇され、社交界でもハブられ気味。ハルヒが陰で助けてくれていたことを知っていたが、深読みして裏でバカにしているのではと思っていた。


・ハルヒ

マフユの義姉。以前はマフユへの両親の冷遇に何も感じていなかったが、マフユに恩ができてからは裏で助けるようになる。両親の前ではバカでかわいい子を演じ、マフユへの冷遇を見ないフリ(というフリ)をしていた。社交界でもその場に合わせた演技でそれなりの地位を確保。かなり優秀。両親がぽろっとこぼしていた「冬殺し計画」にマフユが関わると知り、裏で奔走。計画を王にバラした。ちなみに、そのことで受ける両親への罰を自分は回避済み。ちゃっかりさん。


・ハルヒの両親

マフユを冷遇していた本人。マフユの母とハルヒの母が従姉妹で、ハルヒの母はマフユの母を嫌っていた。マフユの母によく似ているマフユを冷遇するのはそのため。ハルヒの父はマフユに対して愛情を持ってないだけで憎いとは思っていない。

皇太子に唆され、冬殺し計画に参加。計画の花形である「冬の女王」役を自らの家から出すことで大きな躍進を目指すが、王に計画がバレる(バラしたのはハルヒ)。


・季節の女王

元死んだ人間。神様からの打診を受け入れるとなることができる。任期は1年で、1年ごとに代替わりする。季節の女王の役目を引き受けたご褒美として、わがままを1回だけ許される。


・冬の女王(本物)

元人間。死後、神様からの打診で冬の女王に就任。マフユを救うために冬を長引かせた。


・春の女王(本物)

元人間。死後、神様からの打診で春の女王に就任。冬の女王のわがままで、春の到来を遅らせた。

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