八番目の子と己(おれ)の可愛い妻の事
USBの中身を漁ってみたら、このようなストックが出現いたしましたので、取り急ぎ、投稿いたします。
旦那様視点。
※糖度注意!! たぶん、珍しくまともにR15!
長年、連れ添った妻との間に、八番目の子が産まれた。
「何故、『八雲才火』なんだ?八雲だけでいいだろうに」
「この子はね、ちょっと出来損ないで、いっとう特別だから」
わからない、と顔に書いて八番目の子である“むすめ”を、腕に抱いてあやす妻を見る。
ふわりと悪戯っぽく笑った遊楽は、悠陽に向かって人差し指を口に当て首を傾げた。
「ひみつですよ?」
黙ってうなずき、続きを促す。
「この子は、あなたよりわたしの……文月の血をその身に色濃く受け継いだようです。美しく育つでしょう。それこそ、“人であって人でないかのように”」
「それは…どういう? いいこと、ではないのか?」
戸惑う悠陽を余所に遊楽は首を横に振った。
後悔するように、自嘲するような笑みを浮かべて、彼の人はうっそりと歌うように呟いた。
「……配合を、間違えましたね。本当は“いつも通り”あなたの方の遺伝子を色濃く継ぐはずでしたのに。やはり、歳はとりたくありませんね。いい歳の取り方を現在進行形でしていますけれど。一度こけたのが悪かったのか、どうなのやら」
「はっきり言え」
「では。――この子は産れながらの隠叉。わたしと同じく、ヒトであって人ではありんせん」
「なっ!?」
いや、遊楽と同じなら、それはそれで有り……か? うん、人間じゃなくても愛せる。今更だ。
「あなたの子でもありますから半妖、といったところでしょうか。他の子はちゃ~んと“人間”として産みましたけれど、この子は半人半妖ですわ。おそらく、女にも男にも、その中間の存在にもなれます。性別が、ないの。ヒトとして生きるには生きにくく、されど妖怪として生きるにも孤独で、寂しくて、今からは平和な世ですから死に場所もなくて、長い時を生きるのですわ」
「ゆえに出来損ない、ゆえに身軽、ゆえに自由、ゆえに……才能溢れて鍛えがいがありそう。僕とこたの良いとこ取り。うう~んっ、出来る事なら、“バケモノ”の範疇ではなく、人間の領域で産み出してやりたかったぜ! 失敗、失敗」
逆に燃えている妻の頭を裏拳でこづく。「あだっ」と短い悲鳴が聞こえて、遊楽は小突かれた部分を押さえ、涙目で夫を見上げた。
「我が子の前で失敗とかいうな。落ち込んでるかと思ったらまったく……名前の理由は、男の時と女の時の区別の為か」
「そ。僕は父親が産れてすぐに亡くなって、母も三歳の時に病気で逝っちゃったから、男名は自分で付けたケド、正直面倒だったから、最初からあった方がいいでしょ? 普段は『八雲』呼びで、『才火』はまあ、保険? あるって知ってたらいいよ。そこらへんはいつも通り、君の好きにして。ハイ」
妻から渡された八番目の我が子は、俺の手に渡った瞬間、俺を驚愕させた。
黒かった生えかかりの髪は、一瞬で妻譲りの藍色になり、開いた眼は黒から俺譲りであろう紅い眼に変わる。そしてなにより………下がついていた。
一瞬で女から男の赤ん坊に変わって魅せた我が子に、妻は口元に手を当てて誇らしそうに微笑んだ。
「個人的には大成功。世間に紛れるという意味では失敗。強さの伸びしろは申し分なく、成長速度も速いでしょう。下手したら長男のイチイも超えるかもしれないわ。基本が化けものですもの。ちゃんとしっかり育てないと、問題児になっちゃう。長男を補佐するように育ててね。いいものいっぱい見せないと。大事なものいっぱい作らせて、繋ぎ止めないととんでいっちゃう」
「おい、まるで己だけが子育てするみたいな言い草だな」
「例えば僕にとっての悠陽のような……」
「待て。何処に行く?」
障子に手を掛けて、振り返った妻は、いつの間にか15歳の可愛らしい少女の姿まで若返っていた。40の艶めかしい魅力と儚さ溢れる絶世の美女となった人妻ではなく、可憐でやんちゃな道端の野良猫みたいな、つい拾いたくなって可愛がりたくなってしまう少女だ。
彼女はにまっと懐かしい笑顔で外を指さす。
「ちょっと空と海の蒼が見たくなった。身軽になったから、各国と妖羅界を産後のリハビリ兼ねてちょいと駆けてくる。三日から一週間よろしく。子供たちも居るし、大丈夫でしょ?」
「ダメだっ! 己が大丈夫じゃない。どんだけ我慢したと思っている? お前が居なくなったら己はどうすればいいんだ!?」
八雲を置いて、一瞬で距離を詰める。腕を掴み、引き寄せようとするが動かない。
「ちょっとくらい外出させろよ。こちとら腹の肉が気になるんだよっ。産後で運動不足なんだよっ! 思いっきり風を感じたいんだ!! 子供産れたって自慢しまくって、身軽になったって解放感味わって、金平糖とマグロと酒と団子とお面と……なんか色々お土産貰ってくるから行かせてよっ」
もどかしくて、腹が立って、でも愛しくて……思いっきり抱きしめて、腕の中に閉じ込める。ああ、久々の感覚。すらっとした体が腹をつかえずぴったり俺の体に吸い付くような……この感じ。本人は唇をとがらせて、不機嫌な顔で睨みつけてくるが、突き飛ばしたりはしないどころか、身体は俺に預けてくれている。
「行くな。運動なら己とでもできるし、旅なら家族みんなでいこう。己だって子自慢はしたい。一緒に行こう。だから、離れるな」
「………………君の前ではいつまでも若々しく、美しく、女らしい姿で居たいっていう、乙女心がわからんか?」
俯いて頬を染め、己の胸に頭をぐりぐりと押し付けてくる可愛い妻。
自然と困ったような、むずがゆいような愛しさと苦笑が込み上げてきた。
いつもより少し低い彼女の頭を優しく撫でる。
それだけで彼女は力を失くして、俺に凭れ掛かってくるのだ。
これは己だけ。己だけの特権。他の奴がしたなら彼女は逃げらるか、問答無用で斬る。そんなに自分は安くねーんだぞって。ああ、やっぱり愛しい。愛しい、愛しい、愛しい、愛しい。
ふわぁっと蕩けそうな顔で気持ちよさそうに撫でられる仔猫のような妻は、はっと我に返って口を尖らす。
「……………………むぅ。甘やかすなあぁぁぁ!! 僕は依存し過ぎちゃいけないんだっ。もう手遅れな気もするけれど、依存し過ぎちゃいけないんだっ! うがぁぁぁぁあああっっ!」
ぽかぽかと弱弱しく己の胸板を拳で叩いてくるが、まったく痛くない。ただじゃれてるだけだ。ああ、可愛い、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、可愛い、可愛い、可愛いっ!! 遊楽の言う通り、もう遅い、手遅れだ。彼女が己に依存しているように、己も彼女に依存している。どろっどろに溺れて、甘美な麻薬の如く感覚も麻痺して、もう抜け出せないくらいだ。
彼女が世界から居なくなったら己はもう―――自分で自分がどうなるかわからない。
この状態が結婚当初からずっと続いている。むしろ、より深く深みにはまって抜け出し方も忘れたくらいだ。ああ、食べたい。この肉体がもどかしい。どこにも行かせるものか。
「…………ゆ、悠陽? あ、あの、その……眼が肉食獣のようナンデスガ……」
「ゆら、今すぐ元の姿に戻れ。さもなくばお前が男でも女でも子供でも喰ってしまいそうだ」
「ヒッ!? …………それ、元に戻っても結局は喰われるんじゃ……」
「依存? 今更だろ? 己はおまえなしじゃ心も体も生きていけない。そうしたのは誰だ?」
「わたしデス……」
「甘噛みでいいからさせてくれ。おまえが欲しくて仕方がない。ここまでいえば………わかるよな?」
「は、離してっ!! 離して!! 子供が見てるっつか、せめて八雲を他の子たちに預けてからにしてっ!!」
「おまえの毒の味は、中毒性があるな」
「いわないで、おねがい、言わないで。悠陽が絶倫だから中毒みたいなことなってるだけで、本当は幻惑系だけなのにぃぃっ。悠陽のせいで僕の体は変になったんだっ。媚薬効果まで誘発するなんて、どゆことなのか僕が知りたぃっ、ぅわぁ!?」
「おかげ、だろ? 少し麻痺してきた。口を寄越せ」
「……んっ、はあぁっ! んむっ」
「………この麻痺感にもやられている俺は、もう手遅れだ。おまえは本当に毒の華だな。喰わずにはいられん」
「変態。変人。おばかぁっ。毒の周期が過ぎるまで離れるつもりだったのに、どうして、ああっ!! もうっ、いやっ、いやっ、このバカっ。阿呆っ。しつこいっ! そ、んな…とこ、良すぎてやだぁっ。わざわざ今じゃなくっ…ふぇぁっ、ちょっ、どこに頭突っ込んでんだっ。このバカっ」
「………貶されながらもイイな」
「え、変態!! ちょっ、それ、やめてぇぇぇぇっ」
「知ってたか? それこそ中毒になって、溺れるくらいおまえの体の毒を喰っておくと、他の毒が効かなくなる。毒殺の心配が減った」
「は? ちょい待て。その前に大半の人たち死ぬからっ!! 幻覚と神経毒と麻痺のトリプルコンボだぞ!? 君の身体こそどうなっていやがる!?」
「さあな。だが、産後の御前が一番、毒性が強く、中毒性が強く、美味いことは確かだろう。子供らもおまえの母乳を飲んで育ったおかげか、耐毒性が訓練なしでも少しは身についていた」
「…………うわ~……新事実発見。僕って薬にもなるんだ……。呪いによる不老長寿の効能と身体能力強化、治癒力向上の他にそれもって……もはや、頑張れば万能薬に化ける勢いですねェ。理解しました」
「……………心配せずともおまえを殺して薬になどしない。生きたまま味わうのがいいのだ」
カプッ。首筋にかみついた。
「……っ、ぁ………っ」
「………美味い」
「人の血飲むとか、吸血鬼かっての。君、死後、僕と一緒に僕の猫に遺体丸ごと喰われても知らないから」
「ほう? 死後も供にか。ならば、もっと喰っておかないと。クククッ」
「……ぁっ、ちょっ、なにその予想外の反応!? マジで食われる、喰われるっ、喰われてるぅっ!!?」
「死んでも離すつもりはない。安心して供に逝こう」
「なんかキャラ変わってね? 僕まだ逝きたくないからねっ!? 逝かせたくもないからっ!!」
「血の方は極上の酒のようで、己は酔ったかもしれん。だが、本心なので訂正も後悔もしない。おまえのすべてが美味しいのが悪い」
「なんかすっげーかっこよく聞こえるけれど、責任転嫁しないでよ!? そしてこっぱずかしいわっ」
「気のせいだ」