織田信長 過去の夢 日ノ本改革の一端 1
副題『過去と現在のなんでもない一日』
方言に挑戦、パート2.
織田信長さんが、作者のなかの松永久秀さんとキャラが、かぶりがちになってしまいました。orz
後ろの方に、『高嶺の花、曼珠沙華』主人公の容姿(ただし、少し成長気味)が描写してあります。
宜しくお願いいたします。
それは戦国の世の戦がない平和な冬の事。
織田家に遊びに来た『瞬速の万屋』【藍猫】と巷で呼ばれる少女を、無理やり捕まえた織田さん家。
彼の者はある日、織田家当主・織田信長の妹、日の本一の美姫と名高い市姫さんのところにふらりとやってきて、遊び相手などしていたのだが、気づけば日に日に賢く、信じられない国策というべき改革を、理路整然と口にするようになったお市姫が出来上がっていた。
それがどうにも、こうにも、織田家が治める尾張の地に的確な、田畑を肥やす石高増税案と民をよく治める為の内政案で――。
不審に思った信長が問いただすと、お市は『自分は藍色の猫と御話した、遊びのことをお兄様に御話しているだけです。ただの遊び事のことなのに、どうしてそんなに恐いお顔をなさるの……? 市、わからない』と心底困惑した様子で言った。
市姫がわからないなら、その藍色の猫とやらを連れて来い、と命じたら連れて来たのが藍猫である。見た目は15歳ほどに見える浮世離れした儚げ美少女。箸より重いものを持ったことがないと謂われても信じたであろう、庇護欲をそそられる良家の子女風の雪女が其処にいた。
『僕をお呼びだと聞いたよ。【第六天魔王】をお持ちの尾張長、上総介、織田上総介三郎平朝臣信長さん♪ この藍猫になにか用かい?』
雪女かと思ったら、彼女は化け猫だった。
自らを【藍猫】と称した彼女は、その名にふさわしく軽やかに、猫の如く、にやりと目を細めて、したたかに笑う。
それだけで印象ががらりと変わってしまった。
彼女は決して、血を知らぬ、護られるような箱入り娘の良家の子女などではない。
したたかに忍び笑い、自由奔放を地で行く猫なのだ。他を巻込んで波乱の渦を作り、世をかき乱す血に塗れた猫という傑物なのだ。
信長はフルネームで呼ばれたことを怒り、不敬と処断することを忘れて、気づけば藍猫と呼ばれる少女を自陣に引き込みにかかっていた。
『信長さん家は物騒ね。富国政策で満足しないの? 戦争なんて、囲碁と将棋で代用しちゃえば、血は流れないのに』
『それが出来れば苦労はせん。それより市から伝え聞いた〈千羽扱き〉や〈綿花の栽培〉、新しい〈水路の作り方〉など、理に適っておって、よく出来ておった。オミャアさん、うちに来い。優遇してやるぞ』
『うう~ん、信長さん家は魅力的だけど、まだ長宗我部さん家や、毛利さん家、伊達さん家や島津さん家なんかの方が美味しいもの、いっぱいあるもの』
『なァにィ~っ!? それは何処だ!?』
『四国、奥州、中国、九州~! 甘味も酒も、ご飯も美味しい。人も元気な国たちだよ! ………ここみたいに民の眼が半分死んでなくてね』
その時は、ちょうど大きな戦をした後だった。民の事をつかれると、痛い。
『………美味しいものを増やせば来るか?』
『さァて、どうだろう? 今みたいにふらりと来るぐらいには構わない。全国各地、どこでも神出鬼没に出没して、知識と武器を手に遊んで回ってるから。だけど、僕、今代の小太郎と鬼事の最中なんだよ』
秘め事を打ち明けようと藍猫は、口元に指を当てて、妙に艶っぽく微笑む。
『捕まれば死か何か。捕まらなければ、僕は“死んだまま”自由に生き長らえてしまう。“抜け忍”なんてそんなもの。それでも僕が欲しいなら、』
ふわりと踵を返して、舞うように。
妻の帰蝶には及ばぬが、彼女は艶やかに笑う。
『惚れさせてみてくださいな。その器でもって』
にこっと笑ったかと思ったら、次の瞬間には忍びらしく消えていた。
以来、たまに来るヤツを餌付けして、知識を引きだし、国を富ませ、からかい、逃げる奴を見守る楽しい日々が続いている。
口調が不敬だと問いただしたら、自分は信長さんの民じゃないからいいんだいっ!と言い返したり、他と違ってなにくれとヤツは面白い。そのうち、猿(藤吉郎)などと会せれば、どんな珍妙なやりとりが展開されるのかと、機会を窺いながら、楽しみにしているくらいだ。
今日は、頬を紅潮させて意気揚々とやってきた藍猫と共に、酵母なるもので作る“はい○のふわふわ真っ白パン”なるものと、“バター”なるものを共に作った。
妹の市や妻の帰蝶、家臣たちの一部も一緒だ。
これがまた、政務のいい息抜きになるのだ。腹も膨れて、絆も深まる。良いこと詰くめよ。
数日前に南蛮人から作り方を教わって、作ったピザ用の釜を、壊すかどうするか考えていたのだが、ちょうどそこに藍猫が来て、パン作りと相成った。
ピザも良かったが、これも誠美味い。
香ばしく香り立つ、こんがり白ふわパンに染み入るバターなるもの。口のなかでほどよく溶け合い、さっと出された温かいココアなるものがこれまた、絶妙な味わいで……。ピザ用釜は、今後も使い道があるやもしれぬと思い、残すことに相成った。
現在は城の大部屋の一室で、夕陽など眺めながら午後の一時を堪能している訳である。
藍猫はまだ、小麦粉を使って作らせた、白く細長いパンなるものを両手でつかみ、ちまちま、小さい口で、かじっている。
腹が膨れて、少々眠い。
だが、まだこの後、書類決算などの政務があるので、頑張らねばならん。
このまま眠ってしまえれば、楽なのだが……。
そんな時である。
近くでひたすら、ちまちまと、今日作った試作品をかじっていた藍猫が言葉を漏らした。
「小麦粉、やっぱ長宗我部さん家に(現代知識流して)作らせた方が、細かくて美味しいね」
ぼそっと呟かれたその言葉。
長宗我部家に小麦粉のもっと上質な製法を流したという事か!?
カッと目を見開いて、石弓が弾かれたように跳び起きて、藍猫に詰め寄る。
「他にまだ隠しておるな? 出せ!!」
眼光鋭く、織田信長は威圧する。
「みぎゃっ!?」
藍猫は、一瞬にして20畳ある大部屋の端から端までを跳躍せしめ、音なく着地する。
両手で包み持った白パンを抱えて、かじりながら、彼女は小動物の如く小刻みに震えて、信長の出方を窺う。
これは迂闊に動けない。ヤツは日ノ本最速とされる忍者だ。今すぐにも遠くに跳び立って行きそうな気配で、足の指先に力を込めてしゃがみこんでいる。
それでも、試作させた『ハイ○のふっくら白パン、細長ばーじょん』なるものを、食べ続けているのは、この【第六天魔王】と謳われた織田信長に対して、よほど余裕があるということか。あるいは………あやつの性格を鑑みるに、こちらの方がありそうだが、よほど食い意地が張っているとみえる。
呆れ果てたことだ。
それでも、ヤツの頭の中には、金では買えない知識が詰まっている。耳の速い各国の大名たちが揃いも揃って欲しがる、国を富ませも、滅ばせもする膨大な宝の山があるのだ。南蛮人も知り得ない使える知識が。
「是非も無し。逃げることはなかろう?」
「来るな! 近寄るな! 刃物向けるなっ投げるな! 織田の上総介さんは、物騒でおっかなくて、強引なんだいっ。なにさせられるかわかんねェモン!」
涙目で言い返したはいいが、口元に食べかすがついていて締まらない藍猫。織田信長がよっぽど怖いのだろう。その場で手を「出せ!!」と差し出されただけなのに、迫力負けして後ずさった拍子に障子戸と部屋の境目の凸凹に躓いて、こけそうになり、壁に背をついて後がなくなった。
「ほお? オミャア、わかっとるミャーが、はよ渡せ!」
「嫌だ!!」
床を蹴り上げた一歩目で跳び上がって態勢を立て直し、次の二歩目で遠くに去って行こうとする彼女に、信長は容赦なく追撃の手を加えた。
「《召喚【第六天魔の御使い(小)】!》」
「きゃあっ!」
わけもわからず、なにかに吹っ飛ばされる藍猫。
信長の声に応えて、堕天を示す真っ黒い6枚羽を生やした禍々しい闇兎が中空から出現し、彼女を信長の方にドロップキックよろしく、出現したと同時に蹴り飛ばしたのだ。
吹き飛ばされた先で、地面に着く前にさっと身軽な猫のように身を翻し、受け身をとる藍猫。彼女はそのまま、もう一度床を蹴って、大空に跳び立って行こうとした。
だが、信長にむんずと首根っこを引っ掴まれ、身動きが取れなくなる。この間、わずか三秒ほどのこと。まったく、素早いったらありゃあしない。
信長は足がつかなくてジタバタする藍猫の首根っこを、大きく上下に揺らして、大喝する。
「知識を出せ!!」
「いーやーーっ!!」
藍猫は子供みたく首を振るばかり。
「【(第六天魔王)波旬】、噛め」
「《カプッ》」
六枚羽の兎モドキは、信長に大きく揺らされて目を回す藍猫の頭を………噛んだ。
「痛ったーっ! 痛い、いたい痛いイタイ、痛い、いたいっ」
噛まれた部分から、黒い靄が吹きだし、藍猫は痛切に涙を流して痛がる。
「新しい知識を話せば、止めてやってもよい」
「やだ!」
「波旬」
「《シュルッ》」
第六天魔王の分身体、六枚羽の小さな黒兎、波旬は、長い悪魔の尻尾を伸ばして、チクチクと藍猫の頬や肩などを突き刺さりにかかる。地味に痛い。鬱陶しい。
それでも、藍猫はふるふると首を振って、口を割ろうとしない。
信長は、その様子を面白がりながら、「波旬」ともう一度、己の隠叉の愛称を呼ぶ。
名を呼ばれた黒兎モドキは、小さな可愛らしい兎手に、高濃度の闇を圧縮して作ったエネルギー体、ダークボール『闇玉』を左右、それぞれの手に作りだして見せた。そして、そのダークボールの片方を、庭の石に向かって投げ放つ。
派手な音がして、庭石が塵と砕け散った。
ぎょっと目を見開く藍猫。
庭石があった地面には、半径1メートルほどのクレーターが出来ていた。
小さい六枚羽の黒兎モドキに目をやる。今にも自分に向かって、もう一方のダークボール『闇玉』をぶつけたそうに、空組手など行っているではないか。
―――普通なら、ここで誰か人が駆けてくるところだが、現在は人払いをしてあるので、誰も騒ぎ立てない。脅す者と脅される者がいるだけだ。
信長はにやにやと楽しそうに成り行きを見守っている。
あの『闇玉』をぶつけられては、紙装甲である己などひとたまりもない。
分身体による力を弱めた攻撃みたいなので、死ぬことはないだろうが……。
藍猫は観念して、もう少しだけ長文を喋ることにした。
「“水車”の原理は、長宗我部さんちにあげたんだいっ。兵農分離と鉄砲の作り方は織田さん家にあげたじゃない! 美味しい食べ物の作り方もいくつか上げたじゃない! 本業(忍び働き)だって、たまに(低賃金で)やってあげてるのに、今日はこれ以上は出ないよ!? 任務で契約したんだもんっ」
「(ち……)是非も無し。ではアレだ。アレが欲しい。オミャアが相模に流したという、“黒板”と“白筆”の作り方で手を打とう」
「何様だよ! 偉そうだな。既出だけどいいのか?……です」
「オミャアの方こそ、忍びのクセに偉そうにするな。アレはいくらあってもいい。会議にもガキの学力向上?にも使える。北条家を通すと金をふっかけられるのだ。オミャアから買う方が安上がりぞ」
「そういうことなら、毎度あり! 1両です!」
「高い。2朱銀でどうだ?」
「一両です」
「50朱銀」
「一両です」
「70……」
「一両です」
「………持って行け」
懐から、小判が一枚、差し出された藍猫の子どものように小さく白い手に乗る。
「わ~い♪ ありがとうございます尾張の御殿様!」
「こんな時だけ、殿様呼ばわりされとうないわ」
信長はフンと鼻を鳴らした。それでも北条家から技術を買い取るより、かなり安く買えたので、信長は気分が良かった。
普通、こんな大事な情報は、ポケットマネーでは買えない。藍猫が迂闊だから出来る事だった。
「黒板は墨と柿渋に板状の木材、白筆は糊と石灰があれば良いよ」
「……それだけか?」
「うん! 黒板は、墨を塗って乾かした板状の木材に、渋柿の汁を塗って、また乾かすの! 何度でも使えるよ! 白筆は、糊を混ぜた石灰を捏ねて、形作って、置いとくだけ。それで完成! 白筆で黒板に書くの! 墨だと消せないケド、白筆なら消せるの! 軍事や寺子屋のこと、計算式にもぴったりだね! 筆算の仕方を書いた紙も進呈。これで石高計算の確かめ算が楽になるよ? アラビア数字も表で書いておいたから、南蛮人に騙されないでね!」
はい、と渡された半紙よりも丈夫で綺麗な紙。
弾かれたように藍猫を見やれば、もう居ない。
いつものこうだ。次を聞こうとすれば、先に逃げられる。捕まえきれた試しがない。
信長はニヤリと残虐に笑う。
「フフフ、フハハハハハハ! 次はこの紙の製法を吐いてもらうぞ。藍猫ぉぉぉ!!」
いつか、あの頭の中身にある知識を根こそぎ吐かせてやる!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ぶるりと悪寒を感じて、藍色の髪の少年、紫楽は目覚めた。
常は結んでいる長い髪を横に払い、女と見紛うほどの美しい美貌を不快に顰める。
「……懐かしいが、怖い夢を見た」
ふと視線を彷徨わすが、近くに銀色の獣と称していた兄はいない。
今、この時、この広い武家屋敷で寝起きするのは、自分一人になってしまっていたことを、一瞬、忘れていた。
額にかいた寝汗を手の甲で拭い、寝間着にしている浴衣の前を少し肌蹴て、近くに置いていた自作の団扇で仰ぐ。
涼しさにだんだん、寝起きの頭が覚醒してくるのを待ちながら、さきほどの夢を思い出した。
「織田信長、楽しい御人だったが、残酷で、裏切り何回もされて、最後は………本能寺で、どうなったんだっけ?」
記憶の欠損は、長く生きていて、旦那様と子供たちの記憶をどうしても残そうとして、イラナイと判断した自分の記憶は削り、天津空鵺という、魂を分けた相棒の猫に、削った部分を託してきた。だから、よくあることだ。
数日前に蔵から出してきた箱。その中の、誰の遺品だったかは忘れたが、確かに大切なものだったことだけは覚えている紅い紐。
その紅い紐で腰まで伸びた長い髪を簡単にくくり、12歳になって、少しだけ伸びた背を、屋敷の支柱に凭れて手で計り、墨で印をつける。最近の日課だ。
「けど、あの時、信長さんの最後、本能寺に信長さんを助けに行った藍猫は、どうしたんだっけ……?」
気になるが、わざわざ思い出すまでもないだろう。
所詮、過去の人間と自分は、記憶が共通していても他人なのだから。
兄に名づけて貰ったあの日から、僕は俺として、男としてあれるようになった。
だから、今ははっきりと、夢の御仁と自分は、根本は同じでも別人だと言い切れる。
「名は一番短い呪。安倍の清明じい様がよく言ってたねェ。どうでもいいけど」
下駄を履き、外庭にある掘り抜き井戸に行く。井戸の中に釣瓶を落し、テコの原理を使って水をくみ上げる。顔を洗うためだ。
水を桶に移して、顔を映す。
水鏡に移るのは、男とも女ともつかない浮世離れした中性的な少年。
一言でいうなら、儚げ、神秘的、という言葉が当てはまる、色の白い綺麗な子が映っている。
物憂げなタレ目が特徴的な、線の細い華奢な面。
すらりとしなやかに伸びた細見の体躯、細い腰。怪我しても豆が潰れても、不思議と不恰好にならず、元に戻ってしまう器用な手先はピアニストの如き繊手。夜の闇や藍染めの衣を思わせる藍色の綺麗な長い髪を、自然体かつ無造作にゆるく結わえている。
自分でも見た目が綺麗すぎて、この世の者とは思えず、幽霊のようでぞっとする。
水鏡の中の彼は、迷子にでもなったかのような所在無さを、神秘的な紫水晶の瞳に秘めて、物憂げに、じっと見つめ返してきた。
「この顏も体も、一歩間違えば男の娘だよなァ……。髪を流せば、ほら」
するりと結んでいた髪を解いて流すと、もはやどこかの姫か、良家の子女の如き美少女な男の娘にしか見えない。
「水鏡に映る目をみれば、わかる人はわかるだろうけれど、………考え物、だね」
くすりと笑みを佩けば、水鏡に映る神秘的な儚げ美少女(男の娘)も自嘲して笑う。
そのまま、静かに何度か顔を洗い、次いで、丁寧にゆっくりと髪を濡らして、梳き洗う。
「自分はこの世に生きているのか、居ないのか。大兄上が銀兄上、連れてった。自分はこの世に生きているのか、居ないのか。銀兄上、消えちゃって、地に足つかない風来坊の幽霊さ。銀兄上、どこいるの?」
微妙すぎるほど微妙な音痴の歌い声で、紫楽は自作の即興歌を歌う。
「ここには、居ない」
髪を洗い終わって、濡れたソレを後ろに流し、最後に頭の上から洗った後の汚れた水を被った。紫楽は、ずぶぬれのまま、寂しそうに呟く。
「独り言が増えるよ」
もういちど、井戸から綺麗な水をくみ上げ、一気に頭から被る。
冷たい早朝の井戸水が嫌な気持ちや夢を洗い流してくれて、気持ちが良かった。
長い髪を掻き上げて絞り、無造作に梳いて、また紅い組紐を使って、首の後ろ辺りでゆるくテキトーにくくり上げる。
水晶玉のような滴が、まだ濡れている髪から滴り落ちた。
構わず、水を含んで重くなった浴衣のすそを絞り、屋敷の縁側まで下駄を慣らしてそのまま歩いた。
出しておいた替えの着物を確認し、庭先で服を全部脱いで、手拭いで体を拭く。
毎日の筋トレで鍛えた、腹筋がうっすら目立ち始め、腕に力を込めると力瘤が出来て、ちょっと満足する。もう少し鍛えよう。目標は、目前に迫った銃弾の弾を避けられるくらい、素早く柔軟になることだ。それにはまだ鍛え方が足りない。
水気をなくし終わると、替えに出しておいた襦袢(下着)を着付け、藍色の着流しを着て、黒の帯を締めた。ちなみに下は履いてない。この時代の下着は褌だ。金持ちや西洋かぶれになると西洋パンツ――現代(平成頃)の男子下着――が出回っているだろうが、うちにはそんなものない。ついでに褌も……ない。
この時代は、おおらかで、僕、まだ12の少年だし、褌抵抗あるし、履かない方が楽だから、履いていない。
家に居る時は、だいたいいつもこの格好である。つっても、外出る時は、羽織着て、時々別の着物を着るだけだがな。
銀兄貴がいなくなって、一人暮らしになってしまってから、格好をあまり構わなくなった。
「あ、そういえば、黒板とチョークはもうあるのか」
ふと気づいた。今日見た夢の中の人物たちは、自分がいま生きるこの世界の過去の住人達。この世界に転生して早々に調べたので、確定事項。
ならば、夢の中で彼らが作ったモノも、限りなく近い機能を持つものが生まれている……ハズ。この世界階層になくとも、妖怪たちのお陰で、文明が可笑しなことになっている妖羅界なら、きっともう、あるだろう。
河童は発明好きであり、天狗は流行に敏感だから、あったはずだ。
「あとは、ハイ○のふわふわ白パンと“バター”、ココアも、上質な紙もある、か」
なんとなく、ぼーっと空を眺める。
天高く、雲が舞う、夜明けの空が赤く広がっていた。
『高嶺の花』の方から、移動させてきました。ゴメンナサイ。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。