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因縁と歴史の裏側で起った悲劇

『藍猫古書堂』に投稿していたものを、こちらに持ってまいりました。

ゴメンナサイ。

話を繋げさせるため、通じさせるための処置で御座います。(ぺこり)

 “日ノ本”、そこは太古の昔から八百万の神々と魑魅魍魎が住まう国。

 

 “神仏仙”、それは聖なる気を纏う人ならざるモノたち。


 “あやかし”、それは魔なる気をおびたヒトならざる者。妖怪ようかいとも呼ばれる彼らは、日本で伝承される民間信仰において、人間の理解を超える奇怪で異常な現象や、あるいはそれらを起こす、不可思議な力を持つ非日常的な存在。ヒトの良き隣人である。


 “妖魔ようま”、それは理性を無くした妖の為れの果て。その身に宿る力を用いて理性なく暴れ、災厄を撒き散らすだけの存在と化したモノ。しばしばヒトに討伐される悲しきモノたち。


 “隠叉オニ”、人々と供に生き、彼らのために力を貸そうと契約を結ぶ人ならざるモノ。また契約を交わした人々の総称。“隠れる夜叉”と書いて“オニ”と呼ぶ。


 人々は太古の昔から人ならざる者どもと共存し、隠叉とともに生きてきた。

古来より天下に名を馳せる者たちの多くはヒトと異なる能力をもっている。

神仏仙はヒトに試練を与えて加護と云う名の契約を結び給うた。気まぐれに。

隠叉となる妖の大半は“魔が差した”妖魔として人間に討伐されたモノがヒトに契約を結ばされる。それが長く続く系譜の始まり。


ある者は隠叉の力を用いて大王となり、一族を繁栄に導いた。

ある者は隠叉の力を借りて現人神となり、日ノ本を纏め上げた。

ある者は隠叉の力で莫大なる富を得て、末代まで何不住なく暮らした。

ある者は隠叉の力をもってあまねく轟く名声を得て、自身の身の破滅を導いた。


人々は隠叉を畏れ敬い有り難がった。其は隠叉により違いはあれど、決して自分が適わないモノへのオソレの顕れ。恐怖、畏怖、憧れ、敬意、親愛。その他、ほんとうに……ほんとうに……隠叉によって違いはあった。悲劇を巻き起こすこともあれば、喜劇を巻き起こすこともある。隠叉とその契約者。


人間は歴史の中で無遠慮に隠叉に頼ってきた。


 


時は戦国乱世。隠叉を畏れ敬う傾向はそのまま……どころか一層強まる。この時代、隠叉が大量生産されて、領主たちの中で隠叉を持つことが一種のステータスにまでなってしまう。日ノ本という小さな島国の各地で大規模な妖魔狩りが行われ、人々は競うように先を争い、同時に領土を広げて、腐敗した政治で瓦解した日ノ本をひとつにせんと覇を競いあった。

 果ては“一番強い隠叉を持つ者”が天下を制するとまで言われ、名のある領主たちはこぞって強い隠叉を求め、うばい、契約せんと侵略の魔の手を広げたのだ。


 天下は結局のところ、『第六天魔王』織田信長、『猿田彦』豊臣秀吉、『隠神刑部狸』徳川家康にゆだねられた。


 天下人が持つこの隠叉のチョイスになにかツッコみどころもあるかもしれないが、あえて妥当だったと言い切っておこう。彼らは隠叉の力をよく使いこなし民をよく治め戦を制した。隠叉もおさまるところに治まるものである、とは後世の世の人の風評である。


 はてさて徳川家康を総大将とする東軍と、毛利輝元を総大将とし石田三成を中心とする西軍の天下分け目の関ヶ原の合戦も終わった。流れた血の量に呼び寄せられるようにして大量の妖魔が発生し、関ヶ原の地を蹂躙するなど、多少のアクシデントはあったが問題なく終わって早二十年ほどの時が経った。


 時代は江戸。徳川が治める平和な太平の世。

 

 ここに仲睦まじく暮らす一家が居た。夫一人妻ひとり、娘が四人と息子が四人(?)の大家族。それと猫が一匹、鴉が一羽、お手伝いらしき貴人の如き柔らかな物腰の女性がひとり。とある小高い山の麓に住んでいた。


 普段は汗水かき畑を耕して作物と薬の材料を作っては加工し、手の空いた者で薬を生成した。山に出掛けては猟師の真似事や薪なども集めてきて、夫と息子たちが細工をほどこし、妻と娘たちが手掛けた小物や薬と一緒にしばしば売りに出掛けた。

 男たちが行商に出掛けている間、女たちは近くの知り合いの店に働きに出掛けて荒稼ぎ。団子を売れば行列ができ、商売をすれば威勢のいい口上に客が集まり、店は大繁盛。しかも一家揃って男も女も腕っぷしが強いということで、用心棒としても引く手あまただった。

男たちの行商の品も良く売れる。

妻の方に商才があったのか、夫の方に商才があったのか、いや、どちらもだろう。とにかくこの一家は周辺でも良く稼ぎ、仲睦まじく、気立てのいいことで有名だった。


特に夫婦は近所でも評判の万年恋仲夫婦で、何故か歳の取り方が異様に遅かった。


不思議と云えば不思議であるが、もう二十数年はこの地に住み着いているのだ。今更詮索する様なことなどなにも………そう、なにもない。奥さんが時々勝手に過去を自爆してくれたり、一家の身体能力が異様に高いように思えるのは気のせいだとして、苦労してここまできたのだろうことは一目瞭然だったし、気のいいのは本当だったから、過去なんてどうでもよくなったのだ。

地方の元没落豪族の娘であった“ゆらさん”とれっきとした武士であったらしい“風間さま”が波乱の末に結ばれて落ち延びるお話は、とても楽しく愉快で好奇心をそそられて、奥さんの方を何気なく誘導して馴れ初め話をせっついたことはしばしばあったけれども。


されどこの者たちの正体を知るものはいない。

それもそうだろう。

この者たちはれっきとした忍者。隠居生活を送っているとしても腐っても忍者なのだ。 


この者らこそ、数十年前の関ヶ原の合戦以前、小田原征伐にて主君存命のまま豊臣秀吉の天下統一を決定着け、徳川の天下統一支配妨害の際にも裏で活躍せしめた生ける伝説。    

数十年前、主君である後北条家征伐の折、夜盗と化した一族の教育不届きという云われなき理不尽で、徳川家康によって捕えられ、さらし首の刑に処されたはずの―――“伝説の忍び”『風魔の大鴉』風魔(ふうま)小太郎(こたろう)(ゆう)()とその右腕だった風魔の副頭領“藍猫”『禍福の猫』と『文車妖妃』を持つ文月(ふづき)遊楽(ゆうらく)その人だったのだから―――。



彼らはこの平穏がずっと、死ぬまで続くと信じていた。

いいや、信じたかった。なまじ強すぎる隠叉を持っていたがゆえに。

もう、誰とも戦いたくはなかった。もう、誰もコロシたくなどナカッタ。

この平穏がずっと続けばいいと願っていた。

そしてそれは、なにもおこらなければ、叶う願いであった。

意地でも適えようとしていた願いだった。


当たり前の幸せが一番のしあわせだと、彼らは知っていたのだから。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




事の始まりは時の権力者、徳川幕府の家督争いであった。

徳川家康公が隠居を決めて早数年。順当にいけば血筋による長子相続制をとるはずだったのだが、この長男、やれば出来るハズなのだが少々気弱で押しが弱い。―――話に今のところは関係ないので端折らせてもらうが―――周囲に流されるままあれよあれよという間に祭り上げられたと思ったら、「弟や親戚の方が将軍に向いてるわよね!?」と強く迫られると頷いてしまっていた始末。またあれよあれよという間に敵対勢力が出来上がって、なにをどうしたのか、家督争いにまで発展してしまった。


親戚一同、家臣団を巻込んで、「うちの子が将軍に一番よっ」と自らが擁立した旗しるしを囃し立てて群がる始末。頭を抱えた重臣たちは隠居した家康に会いに行き、言葉を賜った。


―――日ノ本各地に散らばる隠叉をより多く獲得し纏め上げた者を次の後継にする、と。


こうして化け狸並みの(悪)知恵と忍耐で天下人に治まった強欲狸の徳川家康の鶴の一声により、“隠叉狩り”が開始された。

より多くの隠叉を召し抱えることが出来た者が次の天下人になる。

各旗印ととりまきの家臣団はこぞって隠叉と隠叉を持つ者を集めようとした。

自らの主人のため、力になってくれそうな隠叉持ち大名に声をかけるのはもちこんのこと、在野の者にまで募集をかけ、それでも飽き足らず忍び者を全国各地に放った。


逆らう者は拷問にかけ、隠叉だけでも得ようと宿主を亡き者にするその所業は裏の裏世界に住む妖たちにまで危機感をもたらした。


次々にへっていく隠叉たち。焦る後継者候補ら。


魔の手は当然の事、平和に隠居生活を送っていた元、風魔忍者である風間一家にまで及んだ。


これが後に徳川幕府を一時的に滅ぼす災厄と最凶最悪の事態を齎す原因になろうとは、誰も考えもせずに―――。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 積みあがった四人の子供の遺体と無残に散らばる賊の寸断された14の遺体。その中央で、女がひとり、最愛の男の遺体を抱いて泣いている。


 泣いた、鳴いた、啼いた、哭いた。

 

 それは肉を絶ち、血を流すような魂の慟哭。最愛の人を失った絶望と子供を喪った悲しみを背負いきれず、女は泣いた。泣き叫んだ。


―――許さない。赦さない。ゼッタイにユルサナイ!! 復讐してやる、復讐してやる、復讐シテヤルッ!! 認めない、ぜったいミトメナイ、こんなの絶体ミトメナイんだからっ!!!!!


 カタリ。と女の首が傾いだ。

 

 彼女はおもむろに男の腰から刀を抜いて遺体となった彼の手に握らせ、そのまま自分の胸を突く。


 グサリ。と一息に凝固してこびりついた血糊がついた白刃は、彼女、風間遊楽の胸を突き刺した。ゴホッ。と口から血を吐いて女はにやりと悪戯好きな猫のように微笑う、哂う、嗤う、笑う!


―――サア、今生最期の大舞台を始めるとしよう。演目は『藍猫の復讐劇』! 旦那さまと子供たちを殺られた悲しみ、絶望、怨念っ!!! タダでは帰さんからそう思え。残った子らの人生を栄光の光へ導いてやろうぞ。晴れの舞台に変えてやろうぞ。徳川幕府と御庭番衆よ、簡単に死ねるとおもうなよ? 我が舞いの舞台は戦場にあり。出雲御国直伝の舞いを組み入れた我が(いくさ)舞いをとくとみよ! おまえらにはこのわたし自ら地獄を与えてくれる。生きも死にもできぬ彼岸と此岸の境目地獄をな。サア、隠叉オニよ。妖よ。人ならざる者どもよ!! 我が縁に従う者どもよ!!! 祭の時間だ。我が仕舞いの戦に付き合うてたもれ。対価は我が血と肉塊、今生における我が肉体に宿る魂以外のわたし全て!! この覚悟と共に、いざ捧げ奉らん。出会え出会え。サア、愉快に卑怯に尋常にみんなで楽しく正々堂々バカ騒ぎのお祭り血祭り三昧の復讐劇といこうじゃねえかっ!!!!!!


 艶のある長い黒髪を一瞬にして真っ白に変え、口から血を吐いて愛しい人の腕の中へと抱きつくように自らの胸を刺して亡くなった彼女は、死してなお、いや――肉体と云う最期の枷を外して壮絶に艶治に孤高に気高く、凛として時の声をあげた。


 その様はこの世のなによりも美しく、闇夜にて煌く格好にして極上の餌。彼女の魂の煌きと血肉につられて、妖の世から数多の魑魅魍魎が顕現する。


 彼女はそれを一時的に降して自らの配下に置き、百鬼夜行を成した。


 先頭を行くのは百鬼を従える主と化した彼女とその直属の配下、かつて【禍福の猫】という名で神と崇められた大妖怪である巨躯の大黒猫、蒼空乃天津神空鵺主之命ソウクウノアマツカミソラヌエヌシノミコトこと飼い猫ソラ。その後ろに【文車妖妃】と【風魔の大烏】が続き、【鴉天狗】が走り、【牛鬼】が、【大猿】が、【がしゃどくろ】が、【狂骨】が、【雪女】が、【鬼】が、全国各地の名だたる妖怪と人に虐げられた『隠叉オニ』どもが続く。


 彼らは一大【百鬼夜行】と化して黒雲を産みだし、それに乗って途中、標的となった敵を喰らいながら『元凶』の下へと乗り込んだ。


 ――――そうしてその日、徳川幕府は一時的に滅んだのである。ある夏の、月のない晩のことだった。


 幕府はこの徳川家康、隠居後、最大にして唯一の失敗を隠そうと躍起になった。幕府にとって幸いだったのは、徳川の血が根絶やしにされなかったこと。さすがの百鬼夜行の主もなにも知らず、なにも関わらず、無垢な赤子と子供には手を出さなかった。裏を返せば、それ以外の、この件に関わった者は皆、ひとりの女が率いる【百鬼夜行】に滅ぼされてしまったのである。


 彼女は最期にこう呟いた。


―――復讐はまだ、おわっていない。


 されど、その言葉の意味を知るモノは当時、誰も居なかった。


―――少なくとも、生きている者の中には。


 徳川幕府は手を出してはならない者をその手にかけて、最悪最凶の形で【災厄】の逆鱗に触れた。


彼女の復讐劇を止める者はもう、誰もいない。

彼女を絶望から助け出せる者は、悲しいことにもう、誰もいない。


彼女の体は魂以外、対価として人外共の腹の中に納められ、彼女の魂は【輪廻】を巡る。


 任務の報告と、想いと記憶を抱えて、彼女の魂は輪廻を巡る。




 そうして時が過ぎ、江戸から明治の世、大正の世、昭和、平成と連綿と歴史は続いていった。


彼女は探す。


―――自分を受け入れてくれる受け皿を。


従者は探す。


―――彼女の魂を受け入れた器とその中身を。


寂しがりやの彼女は探す。


―――自分を愛してくれる者を。受け入れてくれる者を。仲間を。


 最愛の人の魂を持った人物を―――………。


そうして彼女と従者は愚行を繰り返す。


 ただただ己の望みをかなえるために。


ただただ、罪を贖い、己が主人の気のすむようにさせるために。


 ただただ、純粋で一途な思いを込めて、妙なる願いを叫ぶのだ。


―――どうか、どうか、願いを聞き届けて―――!


 



 時は平成X年の夏、新月の日。

 この日、世界は新たな物語を紡ぎ直し始めた。


 物語の名前は『藍猫古書堂』。


 時を超えて願いを叶えようとする人々の、物語を収めた、ある古書堂のお話である。



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