災厄の猫と千変万化の主 1
ある黒猫が見た主人(飼い主)の知らないホントと嘘。
ハーメルンの方に投稿したものを持ってきました。
なにぶん、時間がないもので……。改稿、推敲、手直しは後で時間があれば、するかもしれません。大筋は決まっているので変わりませんケレド。
ソラと名付けられ、主に付き従う忠義者の猫の話。宜しくお願い致します。
これは、一匹の黒猫のお話。
後に神にまで成り果てるも己が主の為、その神格を捨て、「災厄の猫」と畏れられることになる、とても長生きな妖怪猫のお話。
現在、その猫は何よりも変えがたい主に下賜された土鍋の中で、ぬこ鍋よろしく丸まっている。彼の現在の名前は「天津 空鵺」。齢五千は超える大妖怪である。
さて、今日は彼の夢を少しだけ覗いてみようか。
彼の歴史はひとりの“少女”と共に――多重転生する千変万化の“主”と共に歩んだ歴史である――。
天津は、土鍋の中で夢を見ていた。――それは遠い、遠い昔の夢。
空鵺の一番最初の本名は「ソラ」といった。ある寺の境内に住む、何の変哲もない一匹の黒猫だった。
名は、その寺の娘が気まぐれに付けてくれたものである。
娘は、気まぐれにやってきては構ってくれたのだが、そのうち居なくなった。
どこか遠い所へ消えたのだ。
娘と出会ってから三十年ほどが経ち、尾が二尾に増え、「ソラ」は「空」に字面を改めた。
長く生きて「妖猫」になってしまったのだ。喋ることが出来るようになり、気味悪がられるようになった。
今にしては当たり前のことだと思う。
猫が「三十年」以上も気ままに生きて、喋るようになれば、常と違うことを嫌う人間は恐怖に駆られるのだ。
人々は事あるごとにこそこそと己が身を心配した。
「かどわかされるのではないか?」
「化かされるのではないか?」
「呪い殺されるかもしれない」
愚かな人間どもだ。オレにはまだ、そんな力はなかったというのに。
だが、オレはその寺には、一番最初の「主」と出会った思い出のある寺には居られなくなった
“空”は住み慣れた寺を離れて、己が幼い仔猫だった頃からよく構ってくれた娘を探した。
娘はもう、幸せに暮らしているだろうか。子供や孫でも出来ている頃だろうか。それとも死んでいるのだろうか。
わからない。だけど、無性にあの娘に会いたくなった。ただ、寂しかったのかもしれない。
石を投げられ、罵られ、気味悪がられて傷つけられ、人間不信に陥りそうになっていたのは確かだった。
思い出すのは、あの寺での娘と過ごした日々と会話。
「お前は不思議だね~。普通猫の寿命は10年程度なのに、まだ生きてやんの。」
20年を過ぎた頃、ふふふ、と笑う娘に「おかしいことなのか?」と無言でオレは首をかしげる。
「いや? 長生きはいいことだよソラ。……わたしをひとりにしないでね。ひとりになったら多分……」
――死んじゃうから。――
副音声に「自殺を考えて」と聞こえてきそうな声音と顔色だった。まるで息をするように当たり前の如く、娘は事あるごとに「ひとりにするな」といい、悲哀の表情で「死なせないでね」と念押しする。
娘の体は傷だらけだった。時計で隠した腕には無数の切り傷があったこともしっていた。
だけど、オレは、娘がいう「ひとり」の意味が分からなかった。
だってオレは、猫でしかなかったから。
娘を探し始めてまた数十年が経った頃、オレはある墓場の前で力尽きた。空腹である。
体は薄汚れてやせ細り、人間どもの「暴力」と心無い仕打ちに心身ともに疲れ果てていた。
(もうこのまま、眠ってしまった方が楽なんじゃないのだろうか)
そんな考えが頭を何度もよぎり、娘の寂しそうな顔と「ひとりにしないで」という言葉が浮かんでは消える。
まだ、生きねば。生きられるなら生きねばならない。「長生きはいいこと」なのだから。
死ぬとしても、最後に娘の笑った顔を土産に死にたい。
だけど、――体はもう一歩も動けない。言うことを聞かない。
目を閉じてしまおうか。そう思って死に片足どころか両足を突っこみそうになっていた時だった。
ひょい。
「ねえ、君、死ぬの?」
オレは首元をつまみあげられた。
探し求めていた娘と声が似た人間は、手慣れた風にオレを腕の中に抱えてのたまう。
「困るんだよな~。ここで死なれちゃ掃除が大変じゃん。」
つい、と もうかすかにしか見えない目で見やれば、年の頃19ぐらいの娘御が口と眉をへの字に曲げていた。
「ん? なぜかって? だってここ……」
――私のお墓だもん。
カッ、と目を見開く。19の娘は確かな体温を持って生きていた。
何故ならその時のオレにはまだ、猫としての実態と肉体があったからだ。幽霊ならばスリ抜けていく。
じゃあ、何故この娘御は、なぜコヤツは……
“オレの探していた娘の墓を、自分の墓だと言う?”
気絶したオレを抱えて、娘御は家に連れて帰った。
数日経って、オレの体がもとのフサフサ艶々な黒猫に戻ると娘御はニンマリ笑った。
「あ、やっぱり〝ソラ"だった。おまえ、まだ生きてたんだねぇ~…。ふっしぎ~。尻尾も二本に増えてやんの」
『ナゼ オマエがその名を知っテイル?』
「あらあら、言葉まで。なに? 猫又とやらの妖怪にでも変じた? ますます不思議で面白いやないか!」
耳を伏せ、尻尾をパタリと揺らして溜息を吐けば、娘御はますます目を輝かせる。
結論から言うと、娘御は探していた娘だった。
「輪廻転生って本当にあるんだね~。しかも記憶引き継ぎ。ま、それよりも私はお前がまだ生きていたことの方が吃驚なんだけどね~」
――他人の恋愛ごと騒動に巻き込まれて、刺されて死ねば、次の瞬間には今生の母親とゴタイメーン!
さすがにあれは焦った。アッハッハッハッハッハ!
そう軽い口調でのたまわれれば納得するしかあるまい。
オレが覚えている娘の仕草、口調、表情、秘密や思い出など、確認すれば何から何までぴったり一致したのだから。
オレは、娘御の家で飼われることになった。
娘が戯けて紅い首輪をオレにしようとする。しかも鈴付き! これは嫌だ。
『オイ。』
「やっぱ目と同じ青がいいか? 空の目は、名前の由来と同じ蒼空色だから、合わせた方が好み?」
『違うっ。いや、違わないケド、鈴は外してくれ!! 邪魔!!』
猫の耳は人間より何倍もいいのだ。
鈴なぞ付けていたら、うるさくて獲物に逃げられるし、足音が聞こえなくなるだろうが。
「なるほどなるほど。じゃ、フリルがいいと」
『違うと言っているだろう!!?』
「わかってるって、仕方ないな~…まったく、これだから最近の若いモンは…」
色々ツッコみどころが有り過ぎるが、それは置いといて。
オレに首輪は付けられなかった。
オレはそのことを、この時娘に首輪をつけて貰わなかったことを、物凄く後悔した。
数週間後、蛇年の三が日に娘御はヤのつく職業の奴らに追いかけられ、車に引かれて死んだ。
オレは、見ていることしかできなかった。
オレは、駆けつけても何もできなかった。
ただ、娘が死にゆくさまを見ていることしかできなかった。
娘は、最期に綺麗な綺麗な涙を浮かべて、微笑んでいた。
娘はもう、何も言わない。なにも、……もう、動かない。
血塗れの肉塊に成り果てたのだ。
オレは、何もできなかった。
だって、オレは――ただの、なんの力もない――猫だから。
―*-*-*-*-
天津はなんだか地面と体が揺れた気がして、薄目を開ける。
ああ、なんだ土鍋の中か。
誰かがオレを運んでいる? 主、じゃないな。また別の奴か。男だな。
まあいいさ。どうだっていい。 オレはもう、これ以上「死ぬ」ことなどあり得ない。
オレはもう、あとは消滅しかあり得ないのだから。
天津は「う~ん」と軽く土鍋の中で伸びをする。
「(起きたら天丼でも食べるか。……昔の夢に、久方ぶりに浸るのも悪くない。)」
起きるも寝るも、今は自由なのだから。 zzz。
ー*-*-*-
彼は気づかない。現実では彼をぬこ鍋のまま、本当に〝鍋”にしようとしている現在の仲間の動向を。彼は、気づかない。