04 千秋の懸念
保健室から出て、腕時計を見ると長針は9の位置を少し過ぎていた。
結構時間が掛かったみたいだな......。まぁ、奏も部活だ。部活が終わるにはまだまだ早い時間だ。この程度なら問題ないだろう。
さて、帰るか。
いわゆるフラグだったようだ。
既に家には明かりが点いていた。
ドアを開ければ奏の靴が置かれている。
「兄さん?」
軽い足音と共に奏が顔を出す。
「ただいま」
「お帰りなさい......何かあったんですか?」
「ああ、朝月にテスト勉強をな......今日は早いんだな」
「テストが近いですから」
盲点だった......。運動部じゃないからそこまで切羽詰まってないのか。
「そうか、じゃあ俺は上で勉強するから」
「あれ、珍しいですね兄さんが勉強だなんて」
生温い視線。 ......まぁ、いわゆる朝令暮改って奴だしな。そういう反応になっても仕方ないのか?
「まあ、兄さんがやる気になっているならそれはいい事です。朝月さんにお礼しないと」
「おい、なんでそこで朝月の名前が出てくる?」
「え、だって朝月さんの面倒を見たのがきっかけ......じゃないんですか?」
水色の髪が肩を滑るように動く。
「......まあ、そんなところだな。じゃあ、そろそろ」
「はい、頑張ってください」
どこか大げさな身振りをして見せる奏に、思わず苦笑いが浮かぶ。
「兄さんが頑張れるようにいつもより気合い入れて作りますね」
「本当にいつも悪いな」
「気にしないでください、私もどうせ食べるなら美味しいご飯の方がいいですから」
さりげなくディスられた気がするが......気のせいだろう。
まあ、テスト前だから多少ディスられたところで気にしないが。
時計の針が2周してから奏が用意した夕飯を食べる。
食後はのんびりとテレビを眺める。
奏は、その隣で鼻歌交じりで自分の制服を整えていた。
「マメだなぁ」
「兄さんが無頓着過ぎるんですよ」
バラエティーの笑い声が響く。
「流石に汚れたら......これも最低限か」
朝の会話が頭をよぎる。
「そうですね」
「やっぱり、アイロン掛けとかした方がいいのか?」
「やる時間があるならした方がいいかと」
しわが伸ばされ、丁寧に畳まれていく制服。
「そうか、じゃあそこを代わってくれ」
「なんなら私がやっておきますが」
「いや、流石にアイロンがけくらいはできるぞ?」
奏に動く気配は見られなかった。
仕方ないな。
「はぁ......任せたよ」
さて、制服を取ってくるか。
「結構ゴミが付いてますね」
顔をしかめながらひとりごちる奏。
「掃除の時も制服のままだからな、仕方ない」
「もう少し、気を使いましょうよ......んっ」
「どうかしたか?」
「あ、なんでもないです。ちょっと変なゴミが付いてただけですから」
変なゴミ? なんだろうか......。
それを見ようとするが、その前に奏はそのゴミをゴミ箱に落としてしまった。
興味を引かれたが、ゴミ箱を漁るほどのそれではない。
あらかたゴミを取り終えたのか、アイロンの音がし始めた。
「それで、勉強は順調か?」
「バッチリ.,....とは、言えないけど赤点は取らないと思うよ」
昼休み。
今日は色々と慌ただしかったせいか、なかなかゆっくりと話す時間を取れなかった。
「おい、わざわざ時間を割いてやったんだ。赤点なんか取るなよ?」
「わかってる、わかってる」
教えた側としてはもう少し返事に誠意が欲しい。具体的にはパンをかじりながらとかじゃなく。
「ところで、そのお弁当は奏ちゃん?」
「ああ、奏が用意した」
「......テストが近いのに?」
朝月の言葉に思わず苦い顔になる。
「奏が勝手に作ったんだ......突っぱねてでも作るのを止めさせろってか?」
「まあ、本人がいいならいいんだろうけどさぁ」
「何回目だよ、何度でも言うが奏が好きでやってる事だ」
無理はしないようにと言ってはいるが、何人分でも同じだと取り合わない。
まあ、自分の分のついでなんだろうが......美味いから強く言えないのがもどかしい。
「あ、ようやく見つけました」
そんなに大きな声だったというわけでもない。
教室のざわめきに埋もれてもおかしくない声。
何気なく廊下の方を見て思わず吹き出しそうになる――口の中が空でよかった。
昨日助けた先輩が微笑みながら手を振っていた。
顎の下に人差し指を立てると、彼女は頷いた。
「何かあったのかい?」
「昨日、別れた後ちょっと......な」
弁当をかき込んで、席を立つ。
朝月が何か言いたげな表情で俺を見ていたが......まぁ、呼び止めてこないなら大したことじゃないんだろう。先輩を待たせるのも悪いだろうしな。さっさと行くとしよう。