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ヤンデレと俺と死亡フラグ  作者: libra
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01 初夏の日

 時計が喧しく騒いでいる。寝起き特有の倦怠感からか、黙らせようとする手の動きは我ながら鈍かった。苛立ちのままにぶったたいてしまったが......まあ、大丈夫だろう。多分。



 気が付けばまた眠っていたらしく、急に襲ってきた寒さに思わず飛び起きた。俺から安眠を奪い去った犯人はにこやかな表情を浮かべ、彼女の手で開けられたであろうカーテンが遮っていた光でその水色がかった髪を煌めかせていた。


「ダメじゃないですか、二度寝なんてしてたら学校に遅刻しますよ?」

「今日はサボる」

「ダメです、起きてください!」


 もう一度眠りにつこうとした俺から彼女は安眠や毛布だけでなく、枕までも奪い取った。おまけにその枕を振りかぶり――。




「目は覚めましたか?」

「それはもう、バッチリ?」


 中学生の時に剣道部だった事が関係あるか、ないかはわからないが、我が義妹である奏の放った一撃は俺の顔を見事に捉え、その痛みで以って俺の眠気を完膚なきまでに打ちのめした。起こしてくれるのはありがたくはあるのだが、やり方を少しくらいは考えてほしい物だ。

 小さく欠伸をしながら彼女()の用意した朝飯を口に運ぶ。親が共働きの上、ほとんど家にいない現状ほとんど毎日俺よりも早く起きて飯の支度をしている彼女には重ね重ね、本当に頭が上がらない思いだ......まだ寝ぼけているのか、妙な考えばかりが頭を巡る。ふと思いついた事を目の前で俺と同じように咀嚼している少女に告げようかと思いはしても、ようやくシャンとし始めた理性がブレーキとなって口を開く前に閉ざす。

 

 そんなバカな事を考えたのはきっと普段はポツリポツリとは言え、ある程度会話があるのに今日の食卓はとても静かだったからだろう。まあ、俺は食事中に喋るクチではないからいいのだが......かといって、静かすぎるというのも落ち着かない。沈黙の原因である少女は食事をしながらも、どこかそわそわと落ち着かなさげに俺を見ている。俺をぶっ叩いた事を気にしてるのか......。まあ、少しくらい針の筵に座らせておくのもいいだろう。何気に痛かったし。



 6月も中旬ともなれば夏ほどではないとはいえ、それなりに暑い。暑い上に、さらに湿度が高いせいか、ただ暑いというのではなく何かがまとわりつく感じがする。水たまりの上を車が走り抜ける音。雲に覆われながらもその隙間から覗く日の光。それにも関わらずどこかしめっぽさを感じる空気。それらに思わずため息が漏れる。

 いたたまれなくなったのか、奏はいつもより手早く準備をして先に学校に行ってしまった。一緒に行くような知り合いも時間が合わず、さらには登校するには少し遅い時間のせいか一人で歩く通学路。 

 ふと、時計を見ればもう少しで予鈴のなる時間となっていた。まあ、校門が見えているしここまで来れば問題はないだろうが......一応少し走ろう。



 昇降口で予鈴を聞き、席について鞄の中身を机の中に移し終えるタイミングで本鈴が鳴った。起こされる時のドタバタも、奏の様子もいつも通りとは言い難い物があるだろうが、それに頓着する事はなく、今日も変わらずいつも通りの授業が行われることだろう。



 「何かあったか?」

 「別に?」

 午前中の授業が終わり、昼休みになったことで途端に教室が騒がしくなる。俺の目の前の席の主は早々に席を立ち、どこかに行っていた。そこに悠々とした調子で座り込む男子生徒(朝月千秋)......一応、中学からの長い付き合いだから一緒に弁当をつついたり、様子がおかしければ声を掛け合ったりするのは普通だろう。それはいいが、そこまで表に出していただろうか? そもそも、今朝の事は引きずるような内容じゃない。

 「ああ、いや......前に喧嘩した時みたいだったからさ」

 ......あれは、喧嘩と呼べるのか? まあ、自分の事は自分が一番よくわかるという考えを持ってるわけでもなし。無意識のうちにそういう感じの雰囲気を出していて、コイツがその機微を察したというだけの話だ。

 弁当箱を開く。これもまた、奏の用意した物だ。いつもの通りで、中身に異常は見られない。

 「別に、喧嘩と言うほどの事じゃない」

 「ほう?」

 きっとこれは愚痴だろう。彼女の作った弁当を前にして零れた......愚痴。

 「ちょっと朝にひと悶着あったんだ」

 「また、朝を抜こうとした?」

 「いや、二度寝しようとして駄々捏ねた」

 向かいに座る朝月は呆れたとばかりに苦笑を浮かべる。

 「......やれやれ、君は本当に朝に弱いみたいだね」

 「あぁ、平日の朝は不倶戴天の敵って奴だな」

 「そんな大げさな......」

 朝月は相変わらず苦笑いを浮かべているが実際の話、すっきりと平日の朝に目覚めた記憶がない。小学生の頃ならあったかもしれないが、中学生の時にはこうなっていた気がする。

 「まぁ、とにかくちゃんと謝りなよ? 小遣い、厳しいんでしょ?」

 「あぁ......お前に言われるまでもない」

 前に喧嘩をした時は奏が機嫌を損ねている間の二日程、自分の小遣いで買い食いをして空腹をやり過ごす羽目になったしな。


 

 午後の授業の終わりを告げる鐘が鳴る。それと同時に校舎をざわめきが覆っていく。

 別に俺は何かしらの部活動に所属しているというわけでもないのでさっさと帰ろうと思ったのだが

 「あ、待って優君」

 教室を出かけた所で朝月に呼び止められた。

 「なんだ?」

 「用事がないんだったらちょっと部室に寄ってくれない?」

 朝月の言葉に思いっきりため息を吐いてやる。昼の仕返しだ。

 「おいおい、謝る事を勧めた奴の台詞か? それは」

 「いや、奏ちゃんは部活やってるんでしょ? それに買い物が必要かもしれない......時間はそんなに取らせるつもりはないから」

 ......最もだ。

 「そうか......何をやらせるつもりだ?」

 「えっとねー、去年もこの時期に頼んだ覚えがあるけど」

 「あぁ、感想か」

 コイツは文芸部に所属している。文芸部は定期的に部誌を発行しているらしく、度々掲載する予定の小説の類の感想を求めてくるのだ。

 「というか、なんで俺に聞く? 先輩なり、後輩なりに聞けばいいだろうに」

 話ながら階段を上る。

 「いや......なんか先輩は幽霊気味だし、後輩は具体的な感想が聞けなくて」

 「本音は?」

 「優君の熱意に燃料を投下したい」

 「そうか、お前のその熱意は自分でいい物を書くという目標に向けるべきだと思うぞ」

 ......俺の言葉を最後に沈黙の帳が下りた。

 


 「というか、モノを見せるだけなら教室でもよかったんじゃないか?」

 「いや、部室に置きっぱなしだったから」

 正直、ここ(文芸部室)にはあまり......いや、かなり入りたくない。去年まではそうでもなかったが......。

 朝月千秋という男は、友人としてのひいき目で見ても整った顔立ちをしている。おまけに柔らかい物腰と人の好さ......割と信用できる筋からの情報では、この学校においての彼氏にしたい男子ランキングの上位常連らしい。 

 そんな男であるから同じ部活をして仲良くなろうと考える輩が少なからず居るわけだ。中学時代は文芸部に入ってるくせに、碌な活動をしない奴が多くて困ったものだ。そしてこの文芸部にもそういう魂胆で入部した連中が居る。というか、一人を除いた新入生全員。(あと少しの同級生)ほぼ確実にコイツが客寄せパンダとして扱われた部活動勧誘会のせいだろう。

 とにかく、姦しい。一回で懲りた。なんで女の嬌声? って奴はなんであんなにも耳障りなんだろうか。

 「じゃあ、取ってくるね......」

 部室の扉にはめ込まれた覗きガラスからは光が漏れていた。扉に手を掛ける朝月の背中はどこか、煤けているように見えた。

 

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