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「教えて欲しいことがあります! 僕の祖母と海王のことについて!」

 昼休み。三年生の教室が並ぶ二階廊下でようやく設楽の後ろ姿を見つけた遙は、駆け寄って腕を掴むと口早に言った。

「こんな所でその名前を出すな、このバカ!」

 びっくり眼で振り向いた設楽が、慌てて遙の口を手の平で塞ぐ。途端に周りにいたクラスメイト達が口笛を吹いて設楽を冷やかした。

「うわ、かぁわいい~」

「泣かしちゃダメよん、設楽くぅん」

「うるせえ!」

 設楽が恫喝して周りを威嚇する。そして、チッと鋭く舌打ちをすると、驚いて目を丸くしている遙を引っ立て、引きずるようにして同じ階にある生徒会室に連れ込んだ。

「みっちゃん、いるッ?」

「その名で呼ぶなと何度言ったらわかるんだ、設楽」

 正面のデスクで書類に目を通していた小松崎が、設楽の声に戸口を睨む。しかし、遙も一緒にいることに気付くと、ちょっと目を見開いてからにこやかに笑った。

「やあ。よく来たね、遙君。で、どうした?」

 最後の一言は設楽に対してだ。あからさまな対応の違いに、いつもだったらいきり立つはずの設楽が疲れたように溜息をつく。

「どうしたもこうしたも……」

 設楽の言葉に遙は首をすくめると、ごめんなさい、と小声で謝った。


「そう。君のお祖母さんがそんなことを……」

 遙の話をひと通り聞き終えると、小松崎はそう言って机の上で頬杖を突いた。拳を口元に当てて暫く何ごとか考えていたが、やがて再び口を開く。

「僕の祖母から聞いた話では、海王は末っ子にあたる君のお祖母さんをそれはそれは可愛がっていたらしい。『可愛さ余って憎さ百倍』という言葉もあるにはあるが、あの海王に限ってそれはあり得ないから、やはり君のお祖母さんの考え過ぎだと僕は思うけど」

「なぜわかるんですか?」

 遙がその理由を問うと、小松崎はにっこり微笑んで机の上で両手指を組み合わせた。

「僕は実際に海王に会っているからね。彼は人としても王としても素晴らしい人だよ」

 遙は納得出来ないながらも、心のどこかでホッとしている自分に気付く。やはり海王は悪い人ではないのだ。そうなると、いよいよ会える機会を無くしたことが残念に思えた。

「でも、何で海王は僕が女の子じゃないと会いに来てくれないんだろう」

「聞きたいかい?」

 遙の言葉に小松崎が問う。遙が頷くと、自分もひとつ頷いてから確認するように尋ねた。

「ところで、僕達一族が普通の人間ではないことはお母さんから聞いて知っているね?」

「それって本当のことだと思ってるんですか?」

 遙は反対に聞き返す。小松崎は一瞬目を見開くと、困ったように苦笑した。

「これを信じてもらえないと、話は先に進まないよ。僕も設楽も人魚の末裔だ。そして君もね。信じるかい?」

 小松崎が真面目な顔で遙に問う。遙は唇を引き結ぶと、少し考えてから小さく頷いた。

「よろしい」

 小松崎は満足そうに微笑むと、立ち上がって応接セットのソファを遙に勧める。

「遠慮しなくていいよ。お前もね、設楽」

「長くなりそうだなぁ」

 設楽が渋々ソファに腰掛け、遙もその隣に腰を下ろすと正面に座る小松崎を見た。

「人魚の一族は、人類が地球上に派生するもっと以前から海の底で栄えていたらしい。昔は僕達一族の他にも様々な種族がいたようだが、もともと長命で温厚な性格の人魚たちは争うことを嫌い、あちこちの海に分散して実に平和に暮らしていたようだ」

「じゃあ、世界中にある人魚伝説って……」

 遙の問いに小松崎が頷く。

「しかし、どんな種族にも終わりは来る。世界中からどんどん仲間が消えていき、海底の城で身を寄せ合って暮らしていた先祖達は自分達の種族にも終焉が近付きつつあることに気付いた。それは子供の減少だ。気付けば他の血筋は全て年を取るか死に絶え、残っている若者は海王とその妹達だけ。つまり、長である海王の子を望むことの出来る者がいなくなってしまっていたんだ。しかし、末姫が人間との間に子を儲けた時に一筋の光が見えた。妹の子との婚姻は無理だが、孫となら可能かもしれない。幸い、まだ若い海王にはそれを待つだけの時間がたっぷりとある。そこで、次に若い七女と六女が陸に上がった。自分の孫を兄と娶わせる為にね」

「その二人が俺達のばあちゃんってわけ」

 小松崎の説明に、設楽が補足を加える。小松崎も小さく頷いた。

「しかし、それには条件があった。まずは『女』であること。そして、『海の民』であるということ。そして、あくまでも『自分の意思』で海王との婚姻を望むこと。君のお祖母さんは君のことを『女』で『海の民』だと報告した。後は今度のお見合いで君が海王を気に入れば、見事婚姻は成立。君は海王と契りを交わし、次世代の王を産むことになっていたんだよ」

「そ、そんなっ……!」

 いくら子供の頃から女の子に間違われていたとはいえ、遙の性別はれっきとした男である。間違えても海王の子を産むことは出来ない。すがるように見上げると、小松崎が安心させるように頷いた。

「大丈夫。海王にはきちんと僕から伝えるから安心していいよ」

 小松崎の言葉に遙はホッと胸を撫で下ろす。すると設楽がふと思い出したように尋ねた。

「ところでさ、遙ちゃんって性別はともかく、『海の民』なわけ?」

「それは間違い無い」

 小松崎はそう言うと、正面に座った遙の瞳を見詰めた。

「『海の民』とは、人間との混血の段階で人魚の血を色濃く受け継いで生まれてきた者を指す呼称なんだよ。海の民は特に目に特徴が出てね。虹彩の縁に綺麗な深い青色の輪が出るんだ。君も綺麗な輪が出ているから、きっと間違い無いと思うよ」

 そして、ふと確認するように尋ねる。

「ところで、君のお祖母さんは水に入ってはいけないと言ったんだったね?」

「はい。水泳部もダメだと言われました」

 遙は、すみません、と言って頭を下げる。

「海王に大切な孫の命まで奪われてしまうことを恐れた君のお祖母さんは、君を守る為に女だと嘘をついた。そして、親族との交流を断って君が男であることを隠し続けた。後は見合いの話が来た時に、君が会いたくないと言っているとでも嘘を言えば、見合いは不成立となって男だと嘘をついたこともバレないし丸く収まると思ったんだろう」

「しかし、遙ちゃんは俺らに会ってしまった」

 小松崎の言葉に設楽が付け足す。遙は困って二人を交互に見た。

「海王は怒っていましたか……?」

 祖母の嘘がバレたのだ。きっと怒っているに違いない。そう思って恐る恐る尋ねると、小松崎が「それがね」と言って困ったように眉を寄せる。

「見合いを中止させようと思って僕の祖母が連絡を取ったんだが、海王と連絡がつかなくてね」

「どういうことさ」

 小松崎の言葉に、設楽が驚いて問う。

「いや、一番上の姉には連絡がついたんだが、ひと足遅かったみたいでね」

 小松崎はそう言うと、済まなそうに遙を見た。

「どうやら海王はもうこちらに向かってしまったらしいんだよ。海底から海面までは水圧が物凄く変わるので少しずつ慣らしながら上がって来るから、きっと明日辺りには到着するのではないかとのことだ」

 小松崎の説明に、遙は驚いて目を丸くする。ということは、海王はまだ遙のことを女だと思い込んでいるわけで、もちろん見合いをする為にやって来るわけで……。

「ど、どうしよう……」

 すがるように見上げると、小松崎が遙を安心させるように笑った。

「大丈夫。僕達も一緒に行って説明してあげるからね。それに、ある意味これは海王に会える貴重なチャンスだと思うよ」

 それもそうだ。海王に会えれば祖母の誤解も解けるかもしれないし、誤解が解ければ海王への怒りも消えるだろう。そうすれば姉妹とも再び親戚付き合いが出来るようになるし、遙も大好きな水泳が出来るようになる。全てがいい方向に向かうように思えてパアッと目を輝かせた遙に、しかし小松崎が水を注した。

「しかし、そうすると君には別の責任が発生するんだけどね」

「な、何ですか、責任って?」

 不穏な言葉に不安を感じて尋ねると、設楽がウッシッシと変な笑い方をする。

「いいのか、子供にそんなことまで話して」

「全部話した方がいいと言ったのはお前だろう、設楽」

 設楽の揶揄うような言葉に小松崎はそう返すと、ただ一人何もわかっていない遙に視線を戻して軽く咳払いした。

「言葉を飾っても仕方がないからはっきり言うが、僕達は二十歳になったら海王の妹達と見合いすることになっている。たぶん、その中の一人と子供を作ることになるだろう」

「子供ッ?」

 遙は驚いて声を上げる。小松崎は頷いた。

「とは言っても、海に戻るわけじゃない。任務を終えれば僕達は陸に返され自由になる」

 『任務』が何かは聞かなくてもわかる。遙は金魚のようにパクパクと口を動かした。

「じゃあ……僕も?」

 必然的に導き出される答えを予想して恐る恐る尋ねると、小松崎が無常にも頷く。

「君が『海の民』ならね」

「でも、目が少し普通の人と違うってだけで、僕は鱗も生えてないし……」

 遙が必死の面持ちで言うと、小松崎が「それだけじゃない」と答えて遙の瞳をジッと見詰めた。

「虹彩の縁の深い青は海の民の特徴の一つに過ぎない。普通の人間との一番の違いは、水の中でも自由に活動出来るということなんだよ」

 遙は目を大きく見開いて小松崎を見る。小松崎は遙の視線を真っ直ぐ受け止めると優しく微笑んだ。

「僕達は水の中でも息をすることが出来る。君もそのはずだよ、遙君」

 遙は昨日の美波の言葉を、そして水底から見上げた風景を思い出す。

「無理だよ……水の中で息をするなんて僕には出来ない」

 遙は首を横に振って力無く答える。泳ぐのは大好きだが、いつも水中は苦しかった。どんなに息継ぎをしても、だんだん苦しくなってきて最後は必ず立ってしまう。自分はまだまだ泳げるのに、息が続けばどこまでも泳いでいけるのにと何度思ったかしれやしない。結局、中学に入ると大好きな水泳もやめてしまった。

「大丈夫、すぐに思い出すよ」

 そんな遙の苦い思いを察してか、小松崎が優しく微笑みかける。そして身を乗り出すと、遙の瞳を間近から覗き込んだ。

「こんな綺麗な青は見たことがない。きっとそれだけ人魚の血を色濃く受け継いだということだろう。泳いでごらん。そうすれば君もきっと実感するはずだ。自分が本来あるべき場所はどこなのかということをね」

「本来……あるべき場所?」

 遙は小松崎の瞳を見詰め返す。小松崎は力強く頷くと笑みを深めた。


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