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「遙! いつまで寝てんだい、この寝くたれ坊主が!」

 威勢のいい怒声と共にガバッと布団をはがされる。勢い良く開けられたカーテンの音と眩い光に目を開けると、白髪混じりの長い黒髪を一つに引っ詰め、白い割烹着に身を包んだ祖母が、恐ろしい顔で仁王立ちして立っていた。

「おはよう、ばあちゃん……」

 遙が寝惚け眼で挨拶すると、途端に鬼のような顔が一瞬で般若に変わる。

「さっきから美波が何度も呼んでるだろ! 起こされたら一度で起きるんだよ、一度で!」

 『美波』とは、祖母の娘で遙の母親のことである。そういえば寝ている時に何度か名前を呼ばれたような気もする。何か大事なことを忘れているような気がして思い出そうとしていた遙は、次の瞬間いきなりピシャンと額を叩かれた。

「この寝惚け! 今日から高校だろ! 遅刻したって知らないからね、あたしゃ!」

「うわあ!」

 祖母の言葉に、途端に遙は慌ててガバッと飛び起きる。そう言えば昨日は入学式。今日からは近くの中学校ではなく、ちょっと離れたところにある県立高校まで自転車で行かなければならないのである。枕元の時計を見ると、既に家を出る予定の時間を過ぎている。

「やばい! 遅刻する!」

 ベッドを飛び降り、慌てて制服に着替えて部屋を飛び出す。そのまま玄関まで猛ダッシュした遙は、皮靴を突っ掛けながら玄関の『姿見』で髪を手櫛でパッパと整えた。

「遙ちゃん、ご飯は?」

 そこへ、パタパタとスリッパの音をさせて美波が出て来る。視界の隅で薄ピンク色の布地が揺れたのに気付いて、遙はギョッとして振り向いた。

「なんて格好で出て来んだよ、美波! 誰かに見られたらどうすんだ!」

 色白の小さな顔に焦げ茶の瞳。長い睫毛に縁取られた黒目勝ちの目と赤い小さな唇はまるで少女漫画のヒロインのようで、どう見ても十代にしか見えないこの女性が自分の母親だと言っても誰も信じないに違いない。美波は息子の剣幕にちょっと驚いて目を丸くすると、不思議そうに己の姿を見下ろす。その途端、下着まで透けそうに薄いネグリジェの胸元に、背中まである艶やかな黒髪がさらりとこぼれた。

「変?」

 キョトンとした眼差しで問われて、その愛くるい瞳に遙はグッと言葉に詰まる。

「変じゃない……変じゃないから問題なんだ」

 はっきり言って、こんなに可愛いのは犯罪だと思う。いつも『のほほん』と微笑んでいるこの万年美少女と、頑固一徹、唯我独尊、「己が法律」と豪語する祖母が実の親子だと言うのだから遺伝子なんて当てにならない。性格はともかく、顔の造作は優性遺伝のようで、遙も母親によく似ていた。この女顔のお陰で遙は小さい頃から可愛い可愛いと近所のオバちゃん達にもてはやされ、今でも同級生や上級生たちから『ちゃん付け』で呼ばれている。男としてはかなりカッコ悪いことこの上ない。遙はドアを少しだけ開けて外に誰もいないことを確認すると、再び美波を振り返った。

「風邪をひくから早く着替えなよ。じゃ、行ってくるからね」

 そしてそう言うと、スルリとドアの隙間から抜け出して、顔だけ出してヒラヒラと手を振る。するとそこへ、奥の台所から祖母が足早に出て来て言った。

「腹減って倒れても知らんぞ!」

 叫ぶなり、ブンと放り投げるようにして何かを突き出す。目の前に差し出されたのは、大きなハンカチで包まれた弁当箱だった。

「ありがとう、ばあちゃん!」

 昼のことなどすっかり失念していた遙は大喜びでその包みを受け取ると、自分の為に弁当を用意してくれていた祖母に礼を言う。祖母は口をへの字に曲げると、不機嫌な顔で「ふん!」と盛大に鼻を鳴らした。



「ちょっと、そこの可愛い子ちゃん。ちょっとちょっと、君だよ君」

 誰かが執拗に呼ぶ声がする。入学初日にいったい誰が絡まれているのだろうかと思いながら何気なく声のする方を見ると、廊下の窓枠に腰掛けて足をブラブラさせている上級生らしき男子生徒と目が合った。明るい茶髪に着崩した制服。どちらかと言うと、出来れば関わり合いになりたくない人種である。

「やあ」

 目が合うと、その人物が軽く手を上げてにこやかに笑う。一縷の望みを託して後ろを確認したが、足を止めている者は誰もいなかった。これはまずい……。

「君だよ君。第一中学出身の『海野遙』クン」

 視線を逸らし、この事態をどう回避すべきか悩んでいた遙は、出身中学から名前まで言い当てられてこっそり溜息をつく。いったいどんな因縁を吹っ掛けられるのかと暗い気持ちで視線を戻すと、途端にその不良学生がプッと吹き出して笑った。

「そんな顔しないでよ、遙ちゃん。別にイジめたりしないからさ」

 この四階には一年生のクラスしかないので、つまり彼はわざわざ自分を待っていた……というか、待ち伏せていたということになる。見るからに不良の上級生に待ち伏せされて、不安を感じるなと言う方が無理であろう。廊下にはまだ何人か生徒がいたので視線だけで助けを求めたが、しかし皆一様に下を向いて足早に通り過ぎてしまう。そして、放課後の廊下はあっという間に誰もいなくなってしまった。

「こら。怖がらせてどうするんだ、設楽」

 するとその時、不意にもう一つの声がして誰かが階段を上って来る。天の助けとそちらを見た遙は、廊下を歩いて来る人物を見て驚きに目を見開いた。目が合った瞬間、その人物がニコリと笑う。新入生なら誰もが知っているその顔は、入学式の壇上で祝辞を読み上げた生徒会長その人だった。

「こいつのことは気にしないでくれ、海野君。何かされそうになったら僕に言ってくれればすぐに対処するからね」

 生徒会長は不良をひと睨みしてそう言うと、遙ににこやかに笑い掛ける。その言葉に、不良こと設楽が不満そうに唇を尖らせた。

「何で俺が遙ちゃんをイジめなきゃいけないんだよ、小松崎。って言うか、何でお前だけイイ先輩?」

 なぜ生徒会長まで自分の名前を知っているのかは不明だが、会話の内容から察するに、どうやら二人は顔見知りらしい。というか、もしかしたら仲良しなのかもしれない……信じられないことだが。

 黒髪と金髪、硬派と軟派、正と負、陽と陰。眉目秀麗、冷静沈着、教師からも生徒からも人望の厚そうな小松崎と、教師からも生徒からも煙たがられ、他校の不良学生からも一発で目を付けられそうな設楽。その二人が仲良しだとしたら、その共通点はいったい何だろうかと考える。

「それにしても……」

 生徒会長は遙の正面まで歩いて来ると、少女のような面立ちの、しかし確かに少年らしいキラキラした瞳を持った後輩を頭の先からつま先まで眺める。そして、再び顔に視線を戻すと、その澄んだ黒瞳を覗き込んで満足そうに微笑んだ。

「見事に騙されたね、設楽」

「言わないでくれ、小松崎。俺だって昨日は凄くショックだったんだから」

 遙は訳がわからずに二人を見る。『昨日』とは、もちろん入学式のことだろう。しかし、何がどうショックだったのかは全くわからない。

「あの、騙されたってどういうことですか。僕にはさっぱり……」

 誰かと勘違いされているなら訂正しなければと思って尋ねると、途端に設楽ががっくりとその場に座り込んだ。

「うわッ、決定的……」

「しっかり男の子の声だったね」

 設楽のがっかりした声に、小松崎が楽しそうに追い討ちを掛ける。それでも困ったことには変わりないらしく、小松崎も口元に手を当てると思案顔になった。遙は事態が飲み込めずに、打ちひしがれている設楽と考え込む小松崎を交互に見る。

「あ、君は何も悪くないからね。ごめんね、不安にさせてしまったね」

 それに気付いた小松崎が、にっこり笑って顔の前で小さく手を振る。すると、設楽が床にしゃがみ込んだままで、情けない顔で小松崎を見上げた。

「どうしよう、みっちゃん」

「その名で呼ぶな」

 言葉と同時に設楽の頭上に鉄拳が飛ぶ。設楽は尻もちをついてそれをかわすと、そのまま大の字にひっくり返った。

「どうしよおぉぉぉぉ……」

「とにかく嘘だとわかったのだから、早いところ『カイオウ』に報告しないと……」

 果てしなく悲嘆に暮れる設楽と、冷静に対応を考える小松崎の会話の内容に、遙は「え?」と言って目を見開く。よくはわからないが、どうやら彼らは誰かに自分のことを報告しようとしているらしい。それが自分のことである限り、内容によっては承知しかねる場合もある。

「報告って、いったい何をですか?」

 慌てて尋ねると、小松崎の視線が遙に止まった。

「どうやら何も聞かされていないようだね」

 小松崎は『やっぱり』という顔で溜息をつくと、遙を見詰めて思案顔になる。きっと、どうやって説明すべきか考えているのだろう。やがて小松崎はフムと言うと、床の上の設楽をチラと見てから再び遙に視線を戻した。

「その前に、まずは僕達の身分を明かさないと信用出来ないよね。僕の名前は小松崎貢。知っての通り、この学校の生徒会長をしている。そして、この一見不良みたいな奴が設楽守。僕も所属している水泳部の部長だ」

 遙はちょっと意外に思って設楽を見る。ただの不良かと思ったが、部長ということは結構人望があるのかもしれない。すると、視線に気付いた設楽が起き上がってニカッと笑った。

「街中で不良に絡まれたら俺の名前を出していいからね~。俺、有名人だから」

 途端に再び小松崎のゲンコツが飛び、今度は見事にヒットする。

「痛いなあ! これ以上バカになったらどうすんだよ!」

 脳天を押さえて設楽が喚き、小松崎はそれを冷たく見下ろすとフンと鼻を鳴らした。

「それ以上はどう転んでも悪くはならん」

 そしてそう言うと設楽の腕をグイと掴んで立たせ、汚れてしまった尻をパンパンと手の平で叩く。冷たい言い方をする割には甲斐甲斐しく世話を焼く小松崎と、デカい図体をして大人しく尻を叩かれている設楽を、遙は不思議に思って交互に眺めた。

「設楽とは生まれる前からの付き合いでね」

 その視線に気付き、小松崎が苦笑混じりに説明する。

「お互いの祖母が姉妹だから、つまり『はとこ』ってことになるかな」

「はとこ?」

 『ああ、それでか』と、遙は何となく納得する。きっと幼い頃から今の関係が続いているのだろう。小松崎が世話を焼き、設楽が弟のようにそれに甘える。設楽が小松崎のことを『みっちゃん』と愛称で呼んでいることからもそれが窺えた。

「そう。そして君もね、海野遙君」

 小松崎が笑みを深めるて言い、遙はポカンと口を開ける。そしてその言葉の意味を理解すると、大きな目を更に大きくして驚いた。

「えええええッ?」

 夫を早くに亡くした祖母は、女手一つで母を育てたと言っていた。だから親戚はいないのだとばかり思っていた遙は、その祖母に姉妹が、しかもこんなに近くに二人もいたという事実に驚く。

「それだけじゃない。君のお祖母さんには更に兄と五人の姉がいて、その長兄がさっき僕達が話していた『海王』なんだよ」

「海王は一族の長で、海の王って書くんだ」

 小松崎の言葉に、設楽が説明を加える。一族の長……海の王……威厳漂うその呼び名も、設楽が口にした途端に怪しい話に聞こえてくるから不思議だ。遙は胡乱そうな目で設楽を見た。

「あ、何だよその目は!」

 途端に設楽が心外そうにムッと顔を顰める。遙は設楽を無視すると、小松崎に向き直った。

「でも、なぜ祖母は僕に親戚のことを話してくれなかったんでしょうか」

 しかも、憶えている限りでは過去に親戚を名乗る者が我が家に来たこともない。不思議に思って尋ねると、小松崎は一瞬考えるように口をつぐんでから言った。

「君のお祖母さんが君に親族の話をしなかったのには理由わけがある。そのことについてはお祖母さんの口からおいおい聞かせてもらえばいいとして、問題は君の性別なんだ」

「性別?」

 そう言えば、先程も二人が変なことを言っていたのを思い出す。

「僕達の祖母は一族の血を引く子供が生まれると海王に報告していたんだが、君のお祖母さんはなぜか君のことを『女だ』と報告したようでね」

「へ?」

 小松崎の言葉に、遙は思わず間抜けな顔で問い返す。小松崎は「そうなんだ」と答えると、困ったように大きな溜息をついた。

「君のお祖母さんと僕達親族は、さっきも言ったように理由わけあって疎遠だったから確認が遅れてね。君が十歳になった頃に、この設楽を小学校まで見に行かせたんだが……」

 言葉を切ると、チラと冷たい視線で設楽を見る。

「君の類稀なる美貌に見事に騙されたようでね。戻って来るなり嬉々として『すっごく可愛い女の子だったヨ!』と僕に報告したわけだよ、このおバカさんは」

「だって、本当に女の子に見えたんだから仕方ないだろ!」

 小松崎の言葉に設楽が口を尖らせて抗議し、その言葉に遙は『ガーーーン』とショックを受けて固まった。

 

 幼少の頃より母の趣味で髪を伸ばし、明るい色の服ばかり着せられていた遙は、近所でも『可愛いお嬢ちゃん』と殆どの人に思われていた。小さい頃は何の違和感もなく過ごしていたが、高学年ともなれば自我が目覚める。自分の姿が周りの男子とあまりにも違うことに羞恥心を覚え、背中まであった長い髪をばっさり切ったのが五年生の頃である。制服を着用しなければならない中学に進んだ時は、本当に涙を流すほど喜んだ。設楽が確認に来た十歳の頃と言えば、まだ髪が長かった頃だから、二つ違いの設楽が遙を女の子だと勘違いしてしまっても無理は無いのだが、それでも心情的には穏やかでない。しかも、出来れば消し去ってしまいたい自分の過去を知っているのが小松崎ではなく『設楽』だというあたりが何だか無性に腹立たしい。すると、遙の心中など知る由も無い設楽が更に言葉を重ねた。

「すっごくすっごく可愛かったんだぜ! みっちゃんは実際に見てないからそんなことが言えるんだよ。なあ!」

 最後の「なあ!」は遙に向かっての言葉だったが、男としてのプライドをいたく傷付けられた遙は真っ赤になって設楽を睨む。それを見て、どうやら思わぬ反応に驚いたらしい設楽が困ったように小松崎を見た。

「なんか遙ちゃん怒ってるんだけどォ」

 小松崎は眉をしかめて溜息をつくと、人差し指でこめかみを揉む。

「話を戻そう。とにかく、君がこの高校に合格したらしいと聞いた僕達は親戚中で喜んだ。君のお祖母さんのお陰で会うことすら叶わなかったが、これからは堂々と会えるからね。しかも、たくさんいる『はとこ』の中でも唯一の女の子だ」

「しかも、めちゃめちゃ可愛いし!」

 性懲りも無く口を挟んだ設楽が、再び遙にキッと睨まれ、小松崎にスパンと頭を叩かれる。

「お前は少し黙っていろ」

 小松崎はそう言って再び溜息をつくと、先を続けた。

「しかし、当日配られた新入生名簿の性別の欄には『男』とあった。ウチは地元中学出身者が殆どの高校だが、他県から来る者も多少はいる。もしかしたら同姓同名ということもあり得ると思い、それで今日、今度は二人で確認しに来たというわけなんだよ」

「じゃあ、人違いということも……」

 一縷の望みを託した遙の言葉に、小松崎が首を横に振って手を伸ばす。そして、遙の頬を両手で包むと、その艶やかな黒瞳を覗き込んだ。

「瞳を見ればすぐにわかるよ。君は間違いなく僕達一族の血筋だ」

 小松崎の言葉に、遙もじっとその目を見返す。自分を映すその焦げ茶色の瞳の縁にも、他の人には無い深い青色の輪があるのを見て、遙はかすかに目を見開いた。

(じゃあ、この人達は本当に僕の……)

 そして、親族代表で遙に会いに来た二人は、彼らの大伯父に遙の性別の訂正を報告しなければならなくなったのだ。どうして祖母がそんな間違いをしたのかはわからないが、彼らから訂正してもらえるなら遙としても有難い。すると、かなりショックだったらしい設楽ががっかりしたように、あ~あ、と溜息混じりに言った。

「海王、がっかりするだろうなぁ」

 設楽の言葉に、小松崎が「まあ仕方ない」と答える。

「誕生日前で良かったと思うしかあるまい」

 続けて言われた小松崎の言葉に、遙はイヤなものを感じて恐る恐る尋ねた。

「僕の誕生日が……何か」

 自分の誕生日を彼らが知っていることよりも、『なぜ誕生日前で良かったのか』が気になって尋ねると、小松崎が一瞬チラと設楽を見てから視線を戻す。

「話せば長くなるんだけどね。君の十六歳の誕生日、つまり三日後の土曜日に君は海王と会うことになっていたんだよ」

「僕が海王とッ?」

 突然聞かされた事実に、遙は驚いて目を見開く。本当の本当に何も聞かされていなかったらしいのを見て、小松崎が小さく溜息をついた。

「君のお祖母さんの思惑はわからないが、君を女の子だと報告したことで事態は大きく動き出してしまっていてね。つまり、人間の世界で言うところの『跡目相続問題』かな」

「ど……どういうことですか?」

 遙は恐々説明を求める。すると、どこまで話したものか思案しているらしい小松崎に設楽が面倒臭そうに言った。

「全部話しちゃった方がいいんじゃないの、みっちゃん。言い難いこと隠してると、かえって辻褄が合わなくなっちゃうっしょ」

「だが、海王に報告するだけで済むなら、彼に全てを話す必要はないわけだし……」

 小松崎が思案顔で言い、その言葉に設楽が異論を唱える。

「でも、結局は姉ちゃん達とお見合いしなくちゃならなくなるわけだしさあ」

「お見合いッ?」

 二人のやり取りを聞いていた遙は、とんでもない単語に驚いて慌てて会話に割り込む。二人は同時に遙を見ると、大きな溜息をついた。

「こんな幼い子が喰われるのか……」

「いや、喰われる頃はもう少しデカくなってるって」

 小松崎のさも気の毒そうな言葉に、設楽がフォローするように言う。遙は『喰われる』という単語にいよいよ焦って青褪めると、慌てて小松崎の袖を掴んだ。

「本当のことを教えてください! 何を聞いても驚きませんから!」

「いや、絶対に驚くと思うけど……」

 遙の言葉に、設楽が同情の眼差しで呟く。

「とにかく話は後だ。このことを早いとこ海王に伝えないと」

 小松崎はそう言って説明を打ち切ると、必死の形相で自分の袖を掴んでいる遙に視線を戻した。

「すまないが、こちらもあまり時間が無い。説明は後で必ずするから、今は大急ぎで海王にこのことを伝えないと。彼がこちらに向かってしまっては、それこそ大変だからね」

 小松崎の言葉に遙は渋々頷く。いったいどこに住んでいるのかは知らないが、遠くだったら飛行機のチケットを取ってしまっている可能性もある。キャンセルするなら早いに越したことはない。すると、設楽が「そうだ!」と言って遙に一枚の紙を差し出した。

「良かったら明日にでもこれ持っておいでよ。みっちゃんは生徒会で忙しいけど、俺ならほとんど毎日いるからさ」

 設楽の言葉に、遙は何だろうと思いながらその紙を受け取る。半分から下が入部届けになっているそれは、新入生用の部活勧誘チラシだった。



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