97 彼女と彼の、落とし物 其の一
ドロップ。
落とす落とした落し物。
ドロップ。
おとすおとしたおとしもの。
狭間に絡んだ、過去からの滴のかたち。
昨今、会社の先輩の目が怖い。
ブラックではなかった筈の我が勤め先にも不況の嵐が影響しているかららしい。
いまのうちだけよ、若いうちが花よ篠ちゃん。うふふふふ。
壊れた表情で見つめてくる先輩は、結婚後も頼られている永年選手。
カッコいい先輩だが、その分その肩には京香にはまだ把握もできない重責がかかっているらしい。
御愁傷さまです。
そんな彼女の過去を懐かしむような現実逃避を聞き流しつつも、貴重なその忠告を果たすべく私は今日も愉快に遊ぶわけです。
ってゆうか、ストレス発散?
意識を集中させる。
京香が用いる転移のためには、彼の世界を召喚し重複させる必要がある。
そのためには個の意識を集中させるとともに、世界へと拡散させる必要がある。
もはや慣れたこの作業だが、何故かなにかが引っかかった。
疑問符は、無事に転移を果たした瞬間にはその形を喪っていたが違和感を思い出して分析しようと試みる。
のだが。
……あれ? なんだか冷や汗がひとつ。
「…そなたはまことに予測がつかんな。変人」
「…お邪魔してます、ポチお母たま」
ふんにゃりふわふわ。
大きな大神さまの腹の上に全身落下済みのこの状態。
わたしは五月の妹の方ではありませんよ。
なのに、どうしてこうなった。
こちらの巨大なもっふもふ宅にいつもの捧げものを持ちこんだのはつい先日だ。
ゆえに、京香が始祖たる大神ブラフィ=ルビナの住まう【連窩】に訪れる気はなかったのだが。
「どうも最近座標認識が甘いわあ」
ううう、不覚なり。
我が友たる胃の友其の一と絶賛開発中の異世界コラボスイ―ツ【みたらしだんご異世界vr】の開発に今日も勤しもうとしていた京香としては、己の不徳さっぷりに一人反省会も開こうというものである。
ちなみに自己を省みる京香の居場所はポチお母たまの腹の下。
もっふもふの圧力で死ねるからちょっとやめておこうよと誰か止めてあげてほしいところ。
「何を言うかと思えば。アレによると貴様の転移は勘でやってるというではないか」
座標認識などというちょっむずな計算が貴様なぞに出来るはずもないから、間違うのは然るべきというものじゃ。
頭の上のもっふもふから、なんだかかわええ形容詞が聞こえました。ちょっむずって、え、ちょっかわお母たま。
「何を言われるかと思えば。一応これでも座標軸の選定くらいちゃめしごとまえ、慣れたものなのですよ?お母たま」
まあ、所詮勘なんですけど。
私これでもすごいんですとどやな擬音をつけるべきその顔は残念ながらもふもな毛の下で見る輩はいなかった。
円周率の計算並みにコアに面倒な座標認識の選定を勘でやってると述べる異界渡りは十分に野生の生き物だろうとどこぞの巨大樹の根っこが呟いていたことを、京香は知らない。
そして。
「…なにやら、きなくさいの」
【見てなくてもうざいの、変人】と巨大なもふ重力を加算されて待望のもふ腹の下で【ぐっはお母たまおもいからしぬるからむしろもふり充じゃなくてもふりんダ~イイングぅう】などと蠢き叫ぶ京香の耳に聞こえぬ低音で、原始たる獣の真祖が呟いた。
本日の棄書
五月の妹の方
どんぐりともののけ大好きな某幼児。
異世界コラボスイ―ツ【みたらしだんご異世界vr】(未完成)
洋菓子があれば和菓子もあるべきだという異界渡りの主張より派生した、和菓子シリーズ第三弾。
原材料は蒸らして搗くともっちゃりするロンギの根っこ。餡の部分でいろいろと躓いてる模様。
シリーズ第一弾と第二弾は水羊羹と芋きんつば。
アレ
ポチおかあたまは、魔女をこう呼ぶ。
ちょっむず
ちょっとむずかしいの略。
どこからか拾ってきた異界語らしい。
電波元は一人ですが、中継地点は多数。(多くはお母たまの可愛い子供たち)
ちょっかわ
ちょっと可愛いんだけどマジでの略。京香感嘆語。
ちゃめしごとまえ
漢字変換要。――茶飯事前。
円周率の計算
およそ3.…いまは綿密にすると何桁までいってんのかは知らない。ちなみに3.14世代。
どこぞの巨大樹の根っこ。
某だいだらぼっちもどき。(表側)
ダイイング
D+I+Eの現在進行形日本語表記。
ダイニングではないので、要注意。
本日の覚書
【連窩】
お母たまの住まう聖地。
森である。
もふりーな、君の住まいは実に広大だ。(誤)
雪だるまのように穴が連なったように巨大な穴があいてるためにこう呼ばれてる。
一族である狼族たちは『聖地』とも。
とりあえず、もふりダイイング(未遂)中のにゃつが余裕ありそうで嫉妬感がぱにゃい。もふもをわけてくれたまえ。