94 彼女と彼の、中間存在 其の十一
ヴィラード=オークスの存在は、神惑期の終わりに始まる。
創世たる一柱が己が生み出した世界を律するがために生みだした、幾つかの存在の中の一つとして。
喪神の期を終えて名付けられたその時期のことを知るものは、人外にしかおりはせぬ。
神の伝えさえも、命短し人々はおぼろにしか伝えきれなんだがゆえに。
『
神は惑う。
創世の神は、世の行く末を惑われた。
故に、此の世に魔は生じる。
故に、此の世に魔族は生れ、
末に、此の世に魔王は臨する。
神と共にありし、聖なるモノヒトたちは
惑いし神の傍らにて。
この世の先を、祈りたもう。
この世の先を、護りたもう。
――― 故に、魔は滅ぼされるべし。
』
それが、命短し人々が伝え紡いだ、この世の一端。
けれど、真はそこには在らず。
惑うたのは神。
惑わせたのは、魔。
魔族とは、魔王とは。
――― 彼等はそこを間違えた。
彼が覚えている初めのとき、この世はまだ美しかった。
世界には姿麗しき精霊たちが溢れ、その祝福を受けた自然は複雑にして生気に溢れていた。
『―――― 』
彼はそのとき、至上たる音を聞いた。
至上たる声を、聞いた。
惜しむらくは、その声を彼が忘れ果てたことだろう。
そして。
生まれたての彼は知る。
己が、個としての完であり、種としての了たる存在であったことを。
最後の竜王。
彼を生みだした聖上が告げたその言葉は、事実であった。
一個にして、一環。
死をもって再生に返る彼は、同朋をもたぬ、唯一の存在。
未来において、彼は己の付属種族である龍人族を生みだす。
しかし、龍人族とは彼のための一族であり、彼の同朋ではない。
故に、彼は孤独。
故に、彼は不変。
故に、彼の竜王は ―― 彼の聖上たる創世の神をただただ、慕う。
その思いは、どこまでも。
本日の覚書
神惑期
神が惑うたとされる期間。
この期に創世された者たちを指して、『古の存在』と称される。
創世期に続く、第二の期とされることが多い。