90 彼女と彼の、中間存在 其の七
一人目は黒い魔王。
己の血肉と存在をもって、世界を浄化する大いなるsystem。
二人目は偏在する界渡り。
他者の矜持と記憶を、覗き歩くような不可思議なirregular。
その中間にいる彼は何と語ればよいのでしょうか。
永遠のIncomplete。
そんな言葉がもっとも近い、彼の竜王は。
「何をしておる」
「ほえ? いや、持参したちーかまの皮がどうにもむけないので地味に格闘をしているのですが」
なにか?
目の前のあほうが珍しく無言でいるので、不思議と問えばやはり阿呆な返答が返ってきた。
「咬み切ればよかろう」
「いやです」
この軟弱なへにょい皮をあえて切らずに、剥かねばならんのです! そこまでしてこその、ちーかま達成感の極みでありますよっ!
わけのわからぬことで気炎を上げている奴をよそに、奪ったちーかまを切歯で噛み切った。
「あー、ラ―くん。邪道!」
「貴様だけのローカルルールに何故ワシが従う必要がある」
ぐもぐもとちーかまを咀嚼する。
いまだに、まだ一口もちーかまを味わえずにいる京香がへにょっていた。
「なぜ、ローカルルールだけカタカナ英語でいえるし、きさま」
「黙れ、阿呆」
恨みがましい目つきで、ジェラード=オークスを見つめている娘の言葉は放置するに限る。
ちーかま、美味。
グモグモと咀嚼したのち、赤く小さな舌の端で唇を舐める竜王の姿は、ただの食いしんぼうキャラであった。
「あら? わたしにも分けてくださるかしら? ご友人さま」
とても美味しそうね。
いずこから訪れたやら、今日の魔呪の研究という名の趣味の合間に訪れたらしい、始原の魔女が顔を出した。
「どうぞ、レイちゃんさまっ!」
ご賞味くださいませ!!
両手で袋から出したなりのちーかまを差し出す阿呆につける薬はどこで手に入るものか。
ぐもぐもと、二本目のちーかまを齧りつつ考える。
欲しいものは容赦なく奪うSな竜王は、目の前のどこぞの勲章授与式の如きな光景を見つめる。
あるいは貴婦人に剣を捧げる騎士の如き光景…と、此処まで考えて完全否定するまでが寸暇の時間。
奴が騎士精神なんぞという高潔さとは無縁な存在であることが理由だろう。
「ただの下僕じゃな」
美しい人には絶対服従の京香を知るが故の、竜王の断言だった。
あの日。
4年前の極日。
ヴィラード=オークスは魔王城にはいなかった。
己の付属種族である龍人族の拠とした場所へ参っていたからに他ならない。
つかの間の気まぐれを終わらせて、己の現サーバントとともに、いつのまにやら帰る場所に為っていた魔王城へと帰還した彼が見たものは。
「へえ、ケットシ―とかいそうなのにいないんだ?」
この世界、思ってたよりバランス狂ってんのかね。
「…ふむ。ケットシ―とはどのようなものだ?」
言葉として存在しないだけかもしれん。詳しく述べろ。
椅子に座って語っている二人の姿。
魔王城の中枢に近い、執務室のなかにいるのは茶色の髪の、奇怪な何かを感じさせる……人 間 。
「―― 何をしている、イスラン! 早くそいつを殺せ!! 」
…にゃんだと?
そう言いながら振り返った、異界の界渡り 篠原京香と 最後の竜王 ヴィラード=オークスが出合った。
彼女と彼の、狭間にて。
世界は、移り 変わる。