09 彼女と彼の、傷み 其の三
魔と呼ばれるものがある。
それは毒だ。
世界にとっての毒だ。
醜悪なる素。
それらは穢れである。
魔王は、世界の穢れを吸収し、保持し、そして変換して返還する。
世界へと。
そう。
魔王とは、この世界の浄化作用の一つであるのだ。
おそらくは、もっとも優秀な。
「だからってさあ、どうしてイスランだけが貧乏くじをひく破目になるのかなあ」
京香は、何度呟いたかわからない愚痴を呟く。
愚痴だ愚痴。ただの愚痴。
だから、なんの役にも立たない知ってるそんなこと。
だって、何も変わらない、変えられない。
京香には、なんの力もありはしないのだ。
「――― 自分の肉体に穢れを集めて拘束して、綺麗な元素に変質させて、世界に還元するだけの存在なんて、――― 最悪の貧乏くじじゃないか 」
たった一人しか存在しない、魔王陛下と呼ばれる友人だけが持つ特性。
魔が収束する特質を持つ、この不毛の地で生きている。
その巨大な魔力の保持量を持ってしても、ときに扱いきれぬほどの魔を集めたこの場所で。
魔を操る存在、魔を生む存在と、この世の人間が間違えて認識しているために、憎まれている友人を。
「―― いいかげんに、あたしの前で泣くことくらいしやがれってんだ、ばあか 」
肉体の限界まで集めていたその力を儀式によって彼は世界へと変換する。
それなりの苦痛を代償に。
だから、明日は京香はお休みだ。
泣きもしない、可愛げのない友人の苦痛を想って。
落とした涙の代償に、浮腫む眼もとは明日までには治らないから。
「 だから、イスランは馬鹿だ 」
いつでも、京香を「馬鹿だ」と言ってくるあの友人に。
――― 今日だけは、あたしがおまえに「馬鹿だ」と罵る日。
静かな夢を見た。
海の夢だ。空の夢だ。陸の夢だ。
そこは美しかった。
眠りが完遂する。
夢が終わって、現実が始まる。
イスランは、大きな伸びをしたあとで少しふらつく身体を動かして、部屋の外へと移動した。
さすがに、今のこの魔力も鈍い状態で魔法なんぞ使う気はない。
音もなく開いた寝室のドアの向こうで、長椅子に転がって寝ている少女の姿を見た。
「…また、寝てる」
イスランが近寄っても、京香は起きない。
不用心なことだ。
「泣かせてばかりだな、俺は」
泣いて腫れたと思しき京香の顔に苦笑する。
自覚はあるのだ。
だが、変わる気はない。
「――― 俺は魔王なんだよ、京香」
呟きながら、返還儀式の前には必ず用意しておく絹布を京香の身体にかけた。
「おやすみ、京香」
お疲れさん。
今朝の食事は、ジェールムが大量に作っているはずだ。
失われたイスランの血と魔力と体力と、一人で泣いていた京香の涙を補填するために。
「…湯でも浴びるか」
返還儀式で流した己の血の匂いを感じて、8代目魔王イスラン=アル=ジェイクは部屋を離れた。
こんな感じの二人です。