87 彼女と彼の、中間存在 其の四
竜王の存在は、神の苦肉の策の一つであった。
当時の神はまだ世界にあり、そしてまだ諦めてはいなかった。
神の想定の外で生じたそれを忌んだがために、新しい存在は創出されることとなる。
それは寿の樹。
それは魔呪の女。
それは白金の架。
そして、竜の王。
当初、それらの存在は神の中には存在してはいなかった。
唯一、魔呪の女という存在だけが雛型となる存在を模していたと伝えられてはいる。
それでも、それらは急遽創出されただけの存在にすぎなくて。
彼の人の思いはいかなるものであったにしろ、その存在は歪であったと言えるだろう。
魔呪の女も、竜の王も、どちらもそれらはただ一つの存在にすぎなくて。
――― ひとりぼっちの、失敗作にすぎなくて。
一番最後に作られた依り代たる魔王だけが、その代を重ねることを許された。
けっして、成功したとはいえぬ歪な形であったとしても。
「…初めまして、始原の魔女」
「…初めまして、竜の王」
置いていかれた 世界 で、苦い思いで挨拶した。
一度目の生での、苦い苦い過去の記憶。
それは、記憶の底で埃を被りながらも消えることなくいまも存在している。
「マスター、転寝は身体に悪いですよ」
「ああ」
掛け声に目覚めた。
目の前には、ヴィラード=オークスを至上とするサーバントがただ一人だけ。
「…アレはどうした?」
「ご友人さまでしたらご自分の住処へと渡られましたよ」
急ぎの用があったことを思い出したと言っておられました。
唯一の主に跪くことを誇りと呼ぶ龍人族の長、ジェールム=コークが補足した。
手元には、京香が持参して遊んだまま置いていった玩具。
異世界から訪問する奇怪な異界渡りが齎すものは、およそ数えきれぬ。
そんななかで彼女が用意するもののなかに、いわゆる【さぶかるちゃあ】たるものが存在する。
さぶかるちゃあとはなんぞと、好奇心の塊である魔女が尋ねていたが。
【夢です!】
いい笑顔で言い切ったあのど阿呆の一言説明は奴の頭に向かって発した炎魔にて藻屑と消えた。(そして、奴は確かにあの魔術を避けた。なんという生存本能の為した技か、解せぬ)
【…値があるかどうかもわからぬ、道楽だが金が動く、摩訶不思議な人種の供給と消費の合致の容だ】
薄い本を片手に読みつつ、イスランが代わりのように応えていた。
【市場が動かば、産んで見せよう。むしろ膿ませておくんなさい。――― だって公式が足りない。しくしく】
最初は胸を張って豪快に。そして、最後には泣きながら、奴が語った。
…あれはどんな病だと思うが、口にはださなんだ。
解せぬ輩は、藪の下にて放置しろというからな。
【あ、ラ―くんが笑った】
【ん? 珍しいな、ヴィラが笑うなんて】
【―― 呆れただけじゃ】
この歳月は、如何におわすか創世の神の、苦難の末の終末の様。
怒りも、悲しみも、切なさも。
全て嗤って、生き流した。
もはや真の笑顔など、誰も覚えてはいまい。
嘆くことさえもはや常態。
けれど。
(かほどに呆れるほど面白き末世の日が訪れようなど、思うてはおらなんださ)
不意に伏せた瞳の奥、握りしめた五爪の行方、この身に潜んだ記憶をただ嘆き怒るだけの日々に戻ることがない 今 を。
竜王たりし彼は、ただ甘受するばかり。
この夢のような日々を、 いまはまだ と 。
本日の棄書
炎魔
炎の魔術の一部系統についての呼称。えんま。