85 彼女と彼の、中間存在 其の二
一人目は、異世界の魔王。
彼は純粋な、純粋な、唯一人の存在。
世界のための一人。
呪縛された一人。
二人目は、異界渡りの娘。
彼女は不純で、不順な、壊れた存在。
彼女の持っている能力は、やがて彼女を壊すでしょう。
一人のために世界を壊せる、不殉な存在。
呪縛されてしまった、一人。
そして、二人の間に在るのは ――― 一人の竜王。
独自の輪廻を廻る、一人ぼっちで完成している、―― 中間存在。
彼のための、彼女のための、 唯我 とはなれぬもの。
死の瞬間、彼はいつも思う。
また、還る、と。
諦めも通り越した、どこか壊れた感情はただただそれだけを呟く。
『行ってらっしゃい、ヴィラード=オークス』
白く輝く指が、彼の壊れた鱗を撫でた。
次に生まれるそのときには、またお前の姿を拝むのだろうな。レイクシエル=オッド ―― 始原の魔女。
光が満ちる。
彼が彼であるための構成要素たるものが、溢れて足る。
『そして、お帰りなさい。―――― 最初で最後の竜王よ』
壊れた鱗と赤い血をみせていた筈の小さな竜の屍体はそこにはなく、輝く白い竜卵が一つだけそこにはあった。
彼の存在を初めて見た時、ヴィラード=オークスは嫌悪したものだ。
黒。
――― 『全き色』 、だ。
「……」
「……」
視線が合った。
が、お互いに言葉が出ない。
「……」
「……」
目の前の、知らぬ間に禅譲していたらしい魔王を眺める。
「何用じゃ?」
「……小さいんだな、竜王は」
孵化したばかりのワシへの言葉だとしてもそれは禁句だと、その身体に叩き込んでやろうか、小僧。
127イアの過去。
竜王ヴィラード=オークス(0)と第8代目魔王イスラン=アル=ジェイク(54)の邂逅の節の事次第。
「やれやれ、面倒なことだな」
ヴィラード=オークスは定位置に腰を下ろしたまま、器用にもため息をついた。
「利点もある以上、仕方ないだろう」
そんなヴィラの定位置の主である城守たるイスランが席に着く。
目の前に、小玉によく似た石が一つずつ。
イスランがその手を石にかざす。
「第8代は魔王にして城守たるもの、イスラン=アル=ジェイクが交す、受け入れよ」
イスランの呟きに石が浮かび、魔王の手の中に埋没していく。
掌の皮膚にめり込み、骨に癒着する。
手の内部を通った石は、イスランが翳した手の真中、三指の付け根にある正中の位置で定着した。
それに続けるようにして、同じようにヴィラが手にした石を握ったままで、文句を告げた。
「『ヴィラード=オークス』がここに交す。受け入れよ」
石は発光し、ヴィラード=オークスの拳の爪に癒着した。
「…ヴィラはいいよな、爪で」
「これはこれで気に入らんものなのだがな」
互いの手と爪に繋がった石は、更に静かな光を燈す。
――― 春の 《石嶺》 を、ここに始めます。
光の中に、影が浮かび上がった。
本日の覚書
六魂
小玉の親戚。
玄武の甲羅の欠片が原料。黒玉。
設定された存在の勧請文と骨への適合によって、他の勧請者との連絡が可能となる。
レスフィス=ピオの作製品。
60年ほど前から、守たち限定に使用され始めた。
使用者にいささかの痛みと違和感を齎すのがいまの改良目標ポイント。
石嶺
守たちの定例報告会。
出欠については、各自の自己意志優先。
現議長は甲族のミリア=ラピダ。