73 彼女と彼の、代行業 其の三
「なるほど。―――力の循環の一部が固化狭窄しているんすね」
そのせいで水の環流に影響が出ているんすよ。
ちゃぷん。
水の音が小さく響いた。
今いる場所は、人工の湖【搗】だ。
陸地に順応するために、肌や足鰭を硬化させた彼は、その湖とは名ばかりの深井戸に潜ったままでそう述べた。
深く、冷たく、狭い。
そんな呼称が似合う場所を湖と呼ぶことこそ詐欺じゃないのかと思うのだが、何故かこの場所は常に湖と呼ばれ続けている。
公称とはかくも頑ななまでの強制力をもつものなのかと思うのは、ただの異界渡りの戯言だ。
「こちらからの要請を聞き、古老たちより過去のメンテ内容などを聞いてきましたが、どうやら以前の対処法によって対応は可能と思われるっす。――ゲート空骸化以後のメンテが十分に行えなかったことによる弊害なんでしょう」
【……ゲート、か】
【……封鎖よりすでに190イアが経っている。―――あれが機能せぬ限り、今回のようなことはついてまわるということだな】
【……難儀な】
「……修復にかかる期間は、予定では10デリ程の見積もりになりますが」
……。
ちらりとこちらをみた彼の目線に頷いた。
【……よろしくたのむ】
【……できうる限りの保証はいたそう】
ですから、どうか。
コトリ族の長たちが答えた。
京香にとっては珍しい、真摯な表情を浮かべて。
「………はい。全力を尽くします」
そんな彼等に応えながらも戸惑うラテン・クイナの表情は、京香をみつめていた。
風が吹く。
花が揺らめいて。
水に紋様が生まれて消えた。
「――――大丈夫よ。帰りもしっかり連れていってあげるから」
おっそろしく不味いけど、おっそろしく効き目のよろしいレイちゃんのお薬も用意してあげるわ。
そんな彼に片手を振って。
何でもない顔で京香は笑った。
「だから、貴方は貴方の仕事をしてちょうだいな」
【うむ。たまにはソレにも働いてもらわねばな】
【ようやく、役に立つこともあったか】
コトリ族の長が嘲るように笑う。
クラフト・オギナの若きエースは困惑顔で沈黙する。
私はやっぱり道化めいた表情でただただ笑う。
胡鳥族の京香への不審は以前からのもの。
そんなもので傷つくつもりなんて、はなからありやしない。
だから、君が私を心配する必要はないのよ、少年。
何を言わずとも眉をしかめてるホビット族のチビ親父くんも。
嫌悪と唾棄の感情を長たちへ向けてる蛇牙族の隻眼男も。
顔色変えずに視線を投じる髭なしドワーフも。
無視していいのに、こんなこと。
だって、私はまだ怒ってない。
私の怒りはそんなことには反応しない。
でも、そうだね。
―――燻ってるものがあるよ、一つだけ。
いまはまだ、表にはだせないけど。
ねえ、知ってるかしら。 封の岸の守たち。
あたし、貴方たちを許せないことが一つだけあるの。