62 彼女と彼の、転移術 其の一
さて、我が友人にしてオタ朋と呼ぶに値しつつある魔王どのとのいつぞやの過去に交わした会話である。
「そうそう」
「……?」
場所はもちろん、魔王城。
今日の議題の表出も実に唐突だった。
「イスランって転移術つかえたよね?」
「……魔王だからな」
時刻は夕の刻、明日もお仕事お休みだやっほい。
という、仕事人の幸せってこの時刻だよねという金曜の夜だ。
休日の前日ほど幸せな時はないと思う。イヤ本気で。
ちなみに、そんな私は今日も今日とてレンタルビデオを借りた後、自前のトラベルセットを持参で魔王城にある既に己の巣となりつつあるイスランの私室の一室を占拠していた。
…だって、こんにゃろの私室がいくつあると思って?
一番小さなクローゼットがあたしの小さなお部屋の広さを超えてると知った瞬間、怒涛の回し蹴りが炸裂したわよ(もちろん不発でしたけどもね)
「先生、あたしに転移術を教えてくだっさ―い」
おねがいします!
「…は?」
って、おまえも転移出来ただろ?
挙手して教えを請うた真面目なあたしに対して、その真っ白で形の整った歯牙を見せたまま問い返したのは、――あたしの魔法の先生です。
いやまあ、魔法って言えるかどうかは分からないんですけどもね。
「うん。異界渡りは出来るけど、あたし同一世界内での移動は基本的に出来ないんです」
いやあ、同じ世界の中での転移ってさ、位相転移の対象にはなんないもんだからさ、目標設定できないのよね。
「…は?」
あ、やっぱり驚いたあ?イスランも。あははははははは。
―――― その日の魔王城に落雷混じった魔王様の罵声が響いたことを知っている輩は実はけっこういたりする。
「なるほど。―――では、ご友人さまはいままではまったくの勘でこの世界に御訪問されていたということですわね?」
気のせいだろうか、目の前の美女が怖い。
あの後、こいつありえねえしと呆然と呟いたイスランに連れてこられたのは、麗しの乙女じゃなくて魔女のレイちゃんのお部屋でした。
「はい、そうです」
―――人間、やればできるもんですよ?
心からそう告げると、後方の扉から嘆き声が聞こえた。
うんと、もしかして巡廻中の警備兵くんだったりした?
だって、今の声って今日の夜番のオリっちだったよ?
「……陛下。わたしもう駄目です。もうこの子の全てについていけなくなりそうです」
「しっかりしろ、レイクシエル。おまえがそれでどうする、叡知の魔女の名がなくぞ」
目の前の美女と美青年も嘆き始めた。
うん、何があったのかな。
あとね。
「――――― こいつがただの常識知らずの直感バカだということだろう?」
今さらの事じゃないか。
件のあたし大嫌いフェスタ絶賛一人開催中のミニドラゴンの口が悪いです。
時間差攻撃開始。
時間軸は多分それなりに古い話で、この頃のドラどのはまだ京香と仲悪かったりする。(ほぼ一方通行だが)