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君と過ごす日常的な非日常  作者: こころ 
否《いいえ》・是《そうです》
53/98

53 彼女と彼の、四年前  其の六


「彼女と彼の、四年前  其の六」





 驚いた。

 ただ、それしかなかった。


 能力はまだ増している。

 身の内を溢れだした能力は、外界へ漏れだして熱を発しているのに。

 いかに力あるものとはいえども、その行為はいくばくかの覚悟がいるものであったろう。

 不意に抱きしめてきた黒の男は、美しい顔立ちをしていた。

 冷酷とも違う。

 冷静とでもいうべき顔はその中心に金色に輝く瞳を据えている。

 肌の美しいその顔はやや両性的だったが、しっかりと閉じられた口元は確固たる意志をもつ男の顔だと認識させた。

 金の瞳を飾る黒色の長い睫毛は、その肩を越した黒髪同様に夜の祝福を想わせた。

 ああ、これが黒の王かと。

 意味もわからぬ言葉が身に溢れた。

 そして。

 不意に熱が触れ合った。

 顎を掴まれ、上を向けさせられた。

 その一瞬。

 金の眼と銀の眼が交差した。




 交差した唇から、何かが入ってきた。

 それは冷たい熱を纏っていた。

 抵抗はもはや反射として生じたとしかいいようがない。

 あふれ出ていた力は、風となり狂気となってその男を襲った筈だったが、それでもその男は微塵と揺らがなかった。

 咬合しあった口唇のなかで、固いものが触れ合った。

 刃かと思うほどに尖った歯牙だった。

「…ぁ」

「……」

 混じり合った熱と息と水のなかで、それは侵入を果たした。

 顎にくいこんだままの男の指が痛い。

 不意に口のなかの肉壁に痛みが走った。

 咬まれたのだと判った。

 舌の上を血液の錆びた味がよぎっていくのを感じた。

 血が流れたのか。

 見上げる形の、金の眼がどこか傲慢に思えた。

 そして、そこに映る自分の姿が道化の様だとも。

 力を帯びて色を失ったような白銀の髪が宙を舞っていた。

 同じく。

 力帯びたがために白銀の色を為した瞳が映った。

「っふ」

 豪勢な異相であると自嘲する。

 ふだんの京香の姿は、そこいらにいる大学生に相違ない。

 覚えて間のない化粧を少しだけつけて、本来の民族の色である黒色の髪を茶色に染めていた黒目の少女。

 ―――――篠原京香は偽りなく、ただの日本人の娘でしかない。

 ただ、少しだけ。

 ――― 転移の能力が使えるだけだ。




 幼児向けアニメの金字塔である某青猫の小道具に、「●こでも●ア」とかいう道具があった。

 御多分にもれず、京香もそのアニメにはよくお世話になった。

 初めて見た映画は、まさにその某青猫と某丸眼鏡の少年の冒険だった。

 地球の全てどころか宇宙のすべてが、子供の遊び場になるような某青猫の道具には心から惹かれたものだ。

 まあ、そのころ欲しかった道具は「●こでも●ア」などという道具ではなく、小さくなるライトとか秘密基地が出来る道具とかお空を飛ぶ道具だとか、その日視聴する内容によってころころと変わるものだったが。

 人間が起きている時間の8割は目的地へ移動するための時間である」などということをいったモノがいた筈だ。

 その八割の時間が一割以下に抑える道具が最も欲しいと思うのは、大人になった証拠だろうか。

 本当は。


 ――― 廻り道さえも愛おしいと思える大人になりたかったのだけれど。





「…廻り道? そんなものはない。―――― あるのはみな、欲するものが増え続ける業をもつ餓鬼ヒトの通る道だけだ」




 交差された口唇が放され、流れ落ちた互いの唾液に混じって、いつのまにか生じた血塊が球を示していた。

 小さな球体は零れ落ちて。


 ――――― 答を口にした男の掌の上にと坐した。






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