48 彼女と彼の、四年前 其の一
さやさやと。
月の光が洩れいずる姿をそう形容したのは、古代の日本の人々。
さやさやと。
光が見えた。
それはまるで、―――― 抜け落ちていく、界の結び目。
「――」
「え…?」
何かに呼ばれたような気がして、空を見上げた。
白昼の夢のようだと思った。
その日は朝から仕事で、独り暮らしをしているアパートを出て燃えるごみを出して、それから電車に乗って通勤地獄に挑んだ。
駅のトイレで薄化粧の最終チェックをして、それから仕事場へと向かう。
そんないつもの日常だった。
「おはようございます!」といつもどおりの笑顔で挨拶をして、今日の仕事のチェックをする。時折おじさんたちの煙草と汗のにおいにへきえきしながら、それでも笑顔で雑務を請け負った。
いつもとかわらない日々。
なのに。
なにかが変だと気づいていた。
昼休み。
コンビニで買ったお弁当を片手に、コンクリ仕立ての会社のてっぺんへと移動する。
3階仕立てのビルだから、そんなに風も強くはない。
これは田舎のいいところかな。
そう思いながら、ぱくりとサンドイッチをほおばった。
遅れてやってきた同期の子たちと最近のTVの話をして、それから今日の夜の予定を聴く。
たまに相手の彼氏の話やら惚気やら失恋話やらが混じって、仕方ないので落ち着くまでは相手をした。
「京香は、彼氏どうなの?」
時折、好奇心の混じった女の顔をして尋ねられた。
「まあまあ」
「あ、こいつ黙秘か!」
「世の中にはプライバシー保護法という素敵なモノがございますのよ、お姉様」
「お姉様いうな! この10代が!!」
短大出の相手がそう言って笑う。
―――― 私は、ただの19歳の小娘でよかった。
夜。
結局、友人に誘われたもののまだ酒も合法じゃない未成年なので、早々に自宅へと帰還。
気づけば、一日は終わりに近づいていた。
「2月…29日、か」
カレンダーを見つめて、呟く。
4年に一度の日。
閏日。
―――― 違和感。
「だからなのかしらね」
髪を結び直す。
化粧をし直すほどの気はないけど、それでも紅だけはさして。
動きやすい服装へと着替え、足元にはスニーカー。
暖かなダウンジャケットを着込んで、雪も止んだ街のなかへ行く代わりに、意識を集中した。
「これほどに、わかりやすい目印もないわ」
そう呟いて、部屋をあとにした。
目指すものは、光の筋。
呼び寄せた世界。
――――――――消えかけた、世界のなか。