40 彼女と彼の、マイナスイオン 其の二
「彼女と彼の、マイナスイオン 其の二」
ざわざわとゆれる緑の影。
大樹の枝葉は天に焦がれるように伸びあがり、されどその根は地にもまたしっかりと食い込んで根を巡らせている。
「主さまは今日も美しいね」
京香の廻した腕ではとうてい廻りきらぬ幹の太さに、安堵さえ覚えながら彼女は呟いた。
【………京香。…………久しいの……】
その体長凡そ100M強。
根まで含んだなら、本当にどんだけあんだろうかねえ、この主さまは。
ゆらゆらと風に揺れてる新しい若芽がなんだか可愛かった。
ふふふ、春だねええ。
マイナスイオン。
主に落雷や滝の傍で発見されるというのが通説だ。森林浴でも発見されるというのはもっともよくわからん論理である。
水素が分解されてプラスイオンとマイナスイオンに分離して発生してるとかいうことだが。うむ、よくわからん。
実際問題、それが本当に健康にいいのかどういうもんなのかとかそんなことも判ってはいないらしいが。
なんですかね、鶏と卵どっちが先かみたいなものなんでしょうか。
癒されるからマイナスイオンがあるのか。
マイナスイオンがあるから癒されるのか。
まあ、実際のところ。
「実際森にくれば癒されてる気がするんだから、それでいいんだい!」
えへんと胸を張るのが最近の京香の主張なのだ。
【キョカ……】
【キョカ……キョカキョカキョカカカカ】
【カンジャ……】
【ジャガゾク……】
【ク……クラクラクソウ……】
「…人の名前でしりとりすんな! コダマども!!」
【【【【キョカカカカカ怖い】】】】
お黙り。
そしてこんな時だけカタコト止めんな。浚うぞ。
【………ヌシ。…若木どもをいじめるでないよ……】
苦笑にも似た念話が届いた。
だが一つ言っておく。
いじめてなんかないやいっ!!
すってーはいてー。はい、ポーズ。
マイナスイオンだかなんだかよくわからないが、森林浴ときたらやはり深呼吸だろう。
我が家のルールを実行した京香だった。
「やっぱり森の空気はうまいな!!」
普段、排ガスのなかで居住してるだけにそう思う京香だった。
【……褒められたのならば礼を言うべきか?】
疑問マークを念話で伝える主様には、愛すべき愛嬌がある。
愛してるぞ、マイツリ―!! (私の樹)
【……ふむ。………その名称は光栄というべきかな】
熟考している主さまはとても可愛く面白く、そして優しい私の大切な樹ですとも。
【キョカカ】
【キョカカ】
【キョカカ虚か主】
【身さまヌシヨブキョカカ虚か】
【キョカカ】
【キョカカ】
【虚か居か許可きょか】
【【【キョウカ、虚か】】】
「………主さま、コダマどもをめちゃくちゃ潰したい心境なんですが、…許可頂けるかしら?」
韻を踏むように呟きながらくるくると遊んでいる連中を踏みたい京香だった。
【もちろん。――――駄目じゃ。】
全力100%の笑みを混ぜた念話が漂ってきた。
【【【キョウカ! 不許可!!】】】
…………ヌシさまのイケズ。
そして思う。
嬉しそうに声をそろえて叫んだ若木のコダマどもにはさりげなく新聞紙を頭上に広げて置いてやろうか。(根暗? 知ってる)
まあ、そんなことしたらヌシさまが怒って、突発的雪崩とか雷とか招きそうだからしないけどさ!
こちとら、だてにチキン属性名乗ってないやい!!