04 彼女と彼の、自己分析(後)
「―――― レイクシエル。京香が来てないか」
蔦の絡まる扉は開かず、ただ声と同時に顕れたその存在の名を、魔王――――8代目魔王イスラン=アル=ジェイクという。
「……あら、これは魔王さま。お久しぶりでございます」
頼まれるままに、魔王の《ご友人さま》という特殊な立場にいる異界の少女――――23などという年齢は、彼女にとってはそう言ってよい年齢だ――――の施術をすませた魔女は、慌てることなく返事した。
そんな彼女の目の前には、長椅子に横たわった少女の姿。
篠原 京香。――――異界からやってくる人間の少女。
『これでも成人したんです!』と彼女はそういうけれど、本当のところをいえば―――誰もが彼女を少女と受け止めているだろう。
出会った頃のイメージのままに。
「―――― 邪魔した」
眠る少女は実に幸せそうである。
さぞや、良い夢を見ているに違いない。
眠っている京香を喚び出した絹布にくるみながら、イスランが抱えあげた。
あいもかわらず、どこでもかしこでも寝る少女である。
だから、皆は『馬鹿だ』と少女に告げるのだが。
「―――― 本当に。自由に異界渡りをするわね、この子は」
レイクシエルが呟いた。
本来、異界を渡る能力は、人にはない。
魔族にも、ない。
それが出来るものは、歴代最強の名をもつ魔王そのひとか、神話にある神族たちくらいであろう。
なのに、京香は異界を渡ることが出来る。
それはもう、軽々と。
魔王その人が知らぬ間に遊びに来ては、魔王のおやつをつまみ食いした揚句、返せ戻せの口喧嘩が発生する程度には自由に―――京香は世界を渡る。
そんな存在は、初めて見た。
1000年を生きる『最古の魔女』『氷佳の魔女』――『叡知の魔女』であるレイクシエル=オッドでさえも。
「――― 起きたら、今度お勧めのアロマ薬調合してあげるわねって伝えておいてくださいな」
大分、すとれすとやらが溜まってたみたいですから。
毒も薬もみな同じ。
都市の一つもたやすく滅ぼせるだろうこの魔女に懐く京香は最強だろう、まさしく。
なにしろ彼女は、初代魔王の時代から生き続けている最高位の魔女なのだから。
「…… あんまり、甘やかすな」
こいつは、すぐに調子に乗るからな。
女は苦手だ、と明言する魔王は、さっさと自室へと戻った。友人である少女を抱えたまま。
ちなみに、魔王が最も苦手とする女性というのが、魔女その人であることを知らぬ者はいない。
こぽり、こぽこぽ。
魔女の居室では、魔王城の周りに生える霊草毒土から抽出した魔薬が今日も音を立てて生まれている。
「ん、んんんんんっ? ――――自覚があるのかないのか」
微妙ねえ。
魔女は、先ほどの魔王の言葉を振りかえる。
「――― 一番、彼女に甘いのは誰かって話じゃないのかしらねえ」
彼女は、今後の魔王とそのご友人の仲について、すごくすごく―――ワクワクしている。
――――― 長生きのコツは、身近な場所でのゴシップを本気で楽しみに出来ることにあるのかもしれない。
魔女のお姉さんが恋愛脳です。
こんなお姐さんは好きですか?