39 彼女と彼の、マイナスイオン 其の一
「彼女と彼の、マイナスイオン 其の一」
やっほー。
……って叫びたいわけですよ、山に来たら。
さあ、皆様。
ご一緒に。
やっほー!!
【………ヌシ。………毎度毎度、同じことをして飽きんのかえ?】
ため息をつくような念話が脳裏に届いた。
「まったく以って、飽きんな!! 」
しっかりきっぱり。
本音で返事をしてあげたよ。
だってさ、日本にはなかなかないよー? こんな原生林のある山なんてさ。
本日の拠点は、『禊の宿』。
極地の一つであり、日本の大屋久島よろしく大原生林の並ぶ場所であります。
今日もストレス貯めた現代社会の戦士が癒しを求めて訪れました。
「イオン………マイナスイオンが足りない…」
我が独り暮らしの玄関でどさりと置いた荷物の上に倒れ込み、叫んだ昨日。
マイナスイオンといえば、滝。
マイナスイオンといえば、森林浴。
マイナスイオンといえば……。
「コダマっちの森しかないよねー」
三段論法ですらない結論を見つけた京香が耳につけた黒章石のピアスを媒介に、転移座標を設定したのが今朝。
京香が怖ろしいのは転移座標とよんでいるものが数値的なものではないことにこそあるだろう。
そう、彼女は数値ではなく、あくまでも本能的な感覚によってのみで座標軸を認知しているのである。
……これを聞いた叡知の魔女であるレイクシエル=オッドは驚きを通り越してさじを投げた。
何に対しての放置かだと?
勿論、篠原京香という不思議生命体の理解についてである。
ぶっちゃけ、己の想像の範疇さえも超えた存在であると認識したということだ。
叡知の魔女の初敗北がこのような形で為されるとは、どこの誰にも思われてはいなかったはずだ、きっと。
かくして、今日も篠原京香は世界を渡る。
結ばれぬ世界を目指して。
木の葉が揺れる。
風にあおられて、髪が舞った。
「うわあお。――― 今日はご機嫌斜めなのかね」
主どのは。
訪れたその場所でつい呟いてしまった京香だった。
【キョウカ】
【キョウカ…キタ】
【キョウカ…】
【ウカ……バカ?】
【オシエ…ル。……ヌシ、】
囁くようなコダマたちの声がした。
「よし、いい度胸だ。たとえ言い間違いだろうがヒトをバカなんぞと言い放ったチビはどこだ。しっかりと世界の果てまで浚ってやろうな」
大丈夫だ、怖くないように可愛がってやろうな。
―――――――きらりと京香の目が光る「禊の宿」での一瞬だった。