35 彼女と彼の、もっふもふ! 其の三
「…おまえは何ものだ」
威嚇するように、その偉大なる狼はむき出した歯もそのままにそう問うた。
後ろに眠っていた子らを守るように、その逆立った尻尾で覆いながら。
「あたし…? あたしは、……あたしだよ?」
歪んだ表情で述べた京香の答えを、威嚇したままの猛母が険しい表情で述べた。
「―――貴様が、ただの異界渡りだと? ……笑止!」
そのような筈がない!!
初めて出会った真の狼は、そう断言した。
「…おまえたちはいつまでそう在りつづけるつもりだ、変人」
ポチお母様の懐でお腹がくちた小さな妖狼族たちが眠りについている。
つい先ほどまで、京香と『ボールひろってこーい! 歯で破ったら貴様を投げール』ごっこで遊んでいたため疲れたのもあるのだろう。
正直、あたしの方が疲れてるとも思うんだけどな。(喜んで投げろっていってくる連中の相手は疲れるよ)
「……ん?」
そうだねえ、出来ればずっと。
ポチお母様が、子供たちの耳目がないときに確認してくることなんていつでも一緒だ。
そして、それに答える京香の回答だっていつでも一緒だ。
――― 変わる筈がない。
「――――変人。よく覚えておけ、変化は必ずやってくる」
おまえが望む望まぬは関係なく、な。
ポチお母様は毎度毎度容赦がない。
いつでも人のことを【変人】呼ばわりしてくる時点で、お母様の容赦のなさはわかろうってものだが。
「―― 生きるものが不変であろうとすることなど、決して叶いはしないのだよ 」
真摯な声で告げるお母様はいつでも真実だけを求めている。
嘘と虚無にまみれていた京香に対してさえも。
『あたしは、あたしだよ』
告げた少女に、直感で全ての密かごとを見抜いた大神は宣告した。
『 ―――― では、そのあたしとやらは、どんな定義によって人のうちに入るつもりだ。―――― 変わりし人よ』
希望さえも許さない、そんな苛烈な母の視線は酷く痛い。
――――たとえ、それが子供たちへの愛から生じるものだと知っていても。
「――― でも、今はまだこのままがいいよ。ポチお母様」
泣いた少女の涙は、柔らかな大神の毛並みへと吸収された。
「愚かだな、――――世界のいとし子よ」
呆れながらも、母たるものは涙が乾くまでは静かにその胸を貸してくれていた。
イスラン、ごめんね。あたしはきっと君の友にふさわしくはない。
だけど、ごめんね。
――― 今はもう、君の支えを失うことさえあたしは怖いんだ。
…ごめんね。