31 彼女と彼の、出会い 其の三
ぷつりと切れた膚の感触。
滴り落ちたのは、鮮血。
「―――ふざけるな! 誰があたしのなかへの浸食を許した!!」
ころころと舌の上を転がった感触。
穿ちて混じり、落ちて放たれた。
生じたのは約束の黒章石。
涙ながらに泣いた娘の名を知った。
娘の名は篠原京香。――19歳の人の娘。
家族は父と母と兄と弟。―――もっとも近くに喪われたのは祖父。
生まれた国は日本。
―――――異界の、少女。
口の中で真円に丸まった、血と血が混じって生じる黒章石を吐き出した。
「―――いいだろう、異界の娘。おまえを我の友と呼ぼう」
与えたのは、守護。
奪ったものは異界の記憶と少々の言語。
混乱と不安は去り、怒りと拒絶がそこにはあった。
「なあ、友よ。―――――― 世界は愛おしいか?」
問いかけた言葉は、まるで呪いの言葉の様だったと思う。
その言葉は、今でも我ら二人の間に漂う力ある問いかけの言葉。
―――― 世界は愛おしいか? 友よ。
それは4年前。
滅びゆく世界の魔王イスラン=アル=ジェイクが、異界渡りの少女篠原京香と出会ったころの話。
「――――一体、何がしたかったんだか」
ぱらりと落ちた髪を拭われた。
「にゃははは。楽しかったじゃん?」
楽しければ、それでいーのだ。
イスランに濡れた髪を拭かせてにやにやしているのは私です。ふはははは、幼児にかえったようでとても楽しいのだ。
「俺の誕生日なんざただのいいわけだろうが。――せいぜい宴会のこじつけだ」
「いやいや、なかなか皆がちゃんと揃うようないいこじつけでしたとも。なかなか集まらないよ、あのメンツは」
うんうん。
などと偉そうに頷いてみた。
「その結果が、執務室の大清掃だ。―――だれだ、あんな場所で虫とり網ふりまわして、ヴィラを捕えようなんてバカな真似をし始めたのは」
おかげで、書類のほとんどがワインとチーズでぐちゃぐちゃになりやがった。
「………ううう。すいません、あたしです」
バカですいません。
思いだして不機嫌になったイスランの手元に余分な力が入ってあたしの頭が痛くなった。
…わざとじゃないよね? イスラン。