30 彼女と彼の、出会い 其の二
その存在への不信がなかったのかといえば、それは嘘になる。
「――――――― ねえ、ここ何処? 」
壊れたように尋ねる少女の形をした不思議な存在は異様であり、異相であった。
石造りの魔王城には、不要と認識された魔術を退く永久的な結界陣が組み込まれている。
最強の魔王と称されるイスラン=アル=ジェイクでさえ、魔王城の地下にある宝玉の試練を乗り越えて城の主として認められるまでの間は、この城での魔術の使用には制限が生じていたというのに。
突然、位相転移などという世界を飛び越える術を行って現れた、この存在は。
「―――――――――――――――――――― ねえ、ここ。……… 何 処 ? 」
彼は警戒しなくてはいけなかった。―― 本当は。
たとえ、それが混乱と不安を宿した異界の少女の姿をしていたのだとしても。
「美味し糧!!!」
「美味し糧!!!」
「うまし…かて?」
思う存分、神露と呼ばれる蓮花に似た極上の香を醸す花の蜜を練り込んで焼き上げたスポンジケーキに、モッスモッス生クリームを冷やして撹拌してホイップさせた異世界編生クリームを塗り、この世界独特のフルーツであるクライヴァナ(夜光火虫が集めた花粉の中からまれに咲くという花の実。とろとろの甘い果実)を満面に敷き詰めた極上スイ―ツを綺麗に平らげた。
合い言葉は『美味し糧!!』だ、もちろんだとも。
布教したのは残念ながらあたしじゃない。―――イスランだ。
イスランにオタク魔王への道をちゃくちゃくと進ませている自覚がある身としては、嬉しいやら切ないやら。
いつか、弟子は師である私を超えてくれるのだろうか。
「…超えて貰われたら困るわねえ」
その場合は再教育させていただくわ。
びしり。
と空気を震わせたのは、レイちゃんが何処からか取り出した銀の鞭だ。
「………レイクシエル、鞭をしまえ」
イヤそうな顔で食後の運動とばかりに銀の鞭を取りだしたレイちゃんを見つめるイスランの顔は青かったです。
―――どんな調教されたんだ、イスラン。
謎を知る叡知の魔女でもあるレイちゃんに視線を送ってみた。
「うふふふふ」
ふつくしい笑みでごまかされた。
「………で、だ」
きりりと顔をひきしめて、ミニマムドラゴンことヴィラード=オークスが話題を変えた。
「今日のお誕生会とやらは終わったのか?」
真顔で呟く赤銅色のドラゴンの口元には、真っ白なクリームが付着していた。
隣のおかんじゃなくて下僕じゃなくて自称竜王のサーバントが、自分の主の頬を白いハンカチーフで拭おうとしていたが、どげしどげしどげしどげしどげしどげしどげしどげしと繰り返されるバイオレンスな主従遭いが発生していた。
なんだかなあ。
って、まさかあのほっぺの白いクリームはジェムっちを釣るための餌か、まさか!!?
「ラ―くん、……怖ろしい子っ!!」
げし!!
……某少女漫画の大家の名台詞を呟いたら、サドが蹴ってきた。
もちろん、対抗はするつもりだ。
「――― おかあさんっ!!」
気持ちの上では、目抜きの白と顔面の縦線は必須であるとも。
「誰がおかあさんだ」
隣のおかんが突っ込んできた。
今日はぷち演芸会の気分な魔王城の異界っ娘京香だった。