19 彼女と彼の、装身具(アクセサリー) 其の一
「彼女と彼の、装身具 其の一」
きらん。
輝いたのは、煩悩か本能か。―― 歩く街の中で、店頭に飾られた宝石に目が捕われた。
――― く、く、くそおおおお。金がないのに可愛い可愛いめっちゃ欲しいよおおお。
じっと立ち止まったのは、23歳の篠原京香。
脳裏にあるのは、素晴らしい早さで回転する走馬灯。
もちろん、廻るメリーゴーランドの中身は、通帳の数字やお財布の中身や今期の給金、生活費、来月の給料日までの日数計算。
―――付けていく場所があるかと?
なかったら作るのが女子の本望だと、心得ております!! (敬礼)
「だが。―― お金がない」
レシートとポイントカードで一杯の我がお気に入りのお財布の中身を思い出すととても切ない。
ううう、ローンにはまだ手は出したくないんだお姉さん。
ぱちん、としめたのはお財布のガマ口。
かさつくレシート類が邪魔だった。
「―― 最終手段へと参りましょうか」
ぎらつく視線は、狩り人のそれです。
あきらめたら終わりですよ、何事も。
「ネバーギブアップ!」
諦めません、私の可愛いペンダントさん!
そして、今日も彼女は世界を渡る。
夢のような異世界へ。
物欲にまみれた大人に、皆さんはなってはいけませんよ?
「おっちゃんおっちゃんロドのおっちゃん、助けて―」
某青猫に泣きついた某少年のように京香は叫んだ。
居場所は、ドワーフの住む【土の珀】。
もっとも、それは他種族が呼ぶ名前だ。
そこに住む小さな人々は別の名前でその場所を呼んだ。
「おお? 京香じゃねえか、久しぶりだなあ。窖に用事かあ? 」
「うわああん、ロドのおっちゃん今日も顎髭が痛いよおおおお」
お髭の痕がじょりじょりするからやめてくださああああい。
ドワーフであるロドのおっちゃんは、160ぎりの京香の身長よりも小さな140前後。
正しい名前は、ロドム=ヴロイズ。
だけど、彼はおっちゃんだ。どんだけカッコつけても中身はおっちゃんだ。
豊富な顎髭はドワーフ族の種族的特徴であるというのに「てやんでえ、邪魔だ!」の一言で毎朝毎晩伸びる髭を剃るロドム氏の姿は、生ぬるい同族からの視線を今日も浴びている。
彼は気付いているのかいないのか。
伸びるスピードが顕著なドワーフの髭は、ぶっちゃけ伸ばしておいた方が手間はかからないのである。
『…無精ひげだったのか、それ』
『実はそうなんだふん』
真顔で会話したのは、初めの頃の京香とドワーフ族の長老である。うん、奥が深い。
今日もロドムのおっちゃんの顎には青い髭の剃り残しがある。おかげで、挨拶と同時にハグされた京香の腕におっちゃんの顎が触れて痛いことこのうえない。
「ほんで、何の用だったんじゃ?」
「―― え、と。すいません、こんなの作って欲しいんです!」
差し出したのは、携帯の写メをプリントアウトした件のペンダント。
反射するガラスに一番苦労しました! (撮影禁止じゃなかったはず……自信がない)
「あ? またか京香」
嫌そうな声で呟かれてしまった。
「お前この前もそんなこと言って、腕輪つくらせたところじゃねえか」
…全くもって、そのとおりです。
ちなみに、その腕輪はわがアパートの一室で眠りについております。
出来が良すぎて、使いこなせなかったんだよう。
京香が持ってる中で一番高価なスーツよりも気品のある小物にどうやっても見あう仕草を手に入れられなかった、京香の悔しい出来事でした。―――きっともっと大人の女性になれれば、そうすればきっと身につけられるはず!
涙ながらに封印した過去のお話でした。
「うう、―― 焼酎 一本頑張って持ってきたの「どれ作ればいいんだ?」
…間がなかった。
ちなみに、ロドのおっちゃんの手には既に焼酎が握りしめられている。いや、あれは抱きしめられているといって過言ではあるまい。
この世界にはSAKKEはないらしい。
米ってそこまで主流じゃないからなのかしら。この世界では。
「おーっしゃ、なんでも作ってやろうじゃねえか!」
ぷっはー!
アルコール臭の漂う台詞だった。
「いよ、ロドのおっちゃん男前!」
黄色い歓声を上げながら、京香は思った。
これだから、まだ26歳なのにおっちゃん呼びされちゃうのよ?
―――ロドムのお兄さん?
本日の覚書
ロドム=ヴロイズ。
ドワーフ族の26歳。属性おっちゃん。
種族特性のとおり、身長は140程度と低い。よって京香よりもちび。(禁句)
ロドのおっちゃんと呼ばれる。(主に京香に)
お洒落のつもりというよりも、単純でせっかちな性格のために毎朝毎晩彼は髭を剃る。――ドワーフなのに。
「石の仔」「岩窟の良夫」。
彼の愛用の品は、ダチのミニ―くんとレスたんの三人で共同作成した大槌である。
ロドムが酒を飲んだあとその大槌が添い寝する確率は96%。嫁と呼べ。
土の珀。別名「窖」の住人。