18 彼女と彼の、お伽噺 其の三
確かな願い事を知っているよ。
身体が熱いの。
頭がぼうっとするの。
苦しくて苦しくて仕方がないのよ、助けてお母さん。
遠いあの日、彼女は確かに願ったのだ。
痛いよ痛いよ―――誰か助けて。
( かみさま、たすけて )
「それを祈りと呼ぶか、おまえは」
なるほど、そう呼べるのかもしれないな。
友である異世界の魔王イスラン=アル=ジェイクは、叫び啼いた異界渡りの少女の言葉に感情を崩すことなくそう呟いた。
溢れた感情をおさめようともしない彼女に、イスランは続きを告げる。
「だが、それはいつか欲望へと変わるだろう。初めの感謝は当然の要求へと変化し、末期の諦めは不満のこもった未練へと変わる」
生存本能はそれを脅かす他者を排除し、奪われた衝撃はやがて復讐への序曲へと変異するだろう。
――― そこにあるものは魔と呼ぶにふさわしいとは思いはしないか?
冷たい言葉だった。
哀しい言葉だった。
――――彼女でさえも否定できない真実だった。
「でもねイスラン。でもね、イスラン」
京香は知ってる。
彼が本当は誰よりもそのことを知っていること。
この世の痛みも苦しみも、全て識るが故に魔王の座に居る友人が。
「―――― やっぱり、願うことは止められないよ。イスラン 」
たとえ神様がいなくても。
ねえ、お友達。
自らの無力を嘆いているのでしょう。
哀しい有様をただあるがままに受け止めて。
諦める意味も手段も喪っていても。
君はその矜持を失わない。
――世界を維持することを止めない。
零れる涙は清らかでしょうか、穢れでしょうか。
答えは、私にはわかりません。
けれども。
「―――」
泣きだした私の涙をぬぐうために触れた君の指が、とても優しかったことだけは知っているのです。
「私は。 私でいることを願わずにはいられないよ。――――――― イスラン」
呟いた言葉に、君が返事したのを知っている。
「……そうか」
今日の異世界の天気はとても寒いの。
風が吹いて、雲が荒れて、冷え込む空気が大地を枯らすよ。
それでも暖炉の火縁石は赤々と燃えて、隣で抱きしめて慰めてくれる人はとても優しい。
そんな温かさのなかでなら、哀しいお伽噺を聞くのも悪くない。
いつか知らされたのだろうこの世界のお伽噺は、思ったよりも京香に苦しみを与えたけれど。
―― 君と過ごすこの宇宙のなかでなら、その苦しみにも耐えられるだろう、きっと。
「イスラン、あとで温かいモッスモス牛乳……」
飲みたいです。
ぐすんと鼻声混じりで呟いた一言は、小さな違和感への小さな攻撃。
優しい友達は、少しだけ眉を上げて。
「―― もう少ししたら、ジェールムに頼んでやるよ」
甘いのがいいんだろう?
京香の髪を撫でた。
甘えさせてくれる君だから、今はもう少しだけ泣かせてください。
この曖昧な境界のなかで。
本日の覚書(?)
「宇宙」は一文字ごとに意味があることをご存知ですか?
詳しくは漢和辞典またはウィキさんでお調べください。
天地四方上下、往古来今。
初めてそのことを知ったときに、なんと判りやすい現在の示し方かと思った記憶があります。
―――これでも友情なんだぜと主張すると怒られるような気がしてなりません。(汗)
お気に入り登録が100件を超えました。とてもありがたいです。
ゆっくり更新が基本の作品ですが、これからもよろしくおねがいします!><