17 彼女と彼の、お伽噺 其の二
この世界には、神様がいました。
たった一人の神様は、世界を作りました。
何を想ったのでしょうか。
何を感じたのでしょうか。
神様は、この世の型を作りました。
神様は、この世の律を作りました。
神様は、この世の極を作りました。
神様はそこで少し満足しました。
そして、今度は命を作ったのです。
神様は、命を作りました。
神様は、生を作りました。
神様は、心を作りました。
神様は、体を作りました。
神様は、魂を作りました。
神様はそこで少し考えました。
この世は無限ではないことを神様は理解していたのです。
なので、神様は最後に少しだけ厭だなと思いながら最後のそれを生んだのです。
そう、それが最後の神の祝福。
神様は、死を作りました。
「俺にもこの世界の神という存在がどんな姿為りであったのかはわからん」
さすがに、城の宝玉にも伝承しか遺されてはいないからな。
イスランは教えてくれた。
城の奥深くに潜められた宝玉は触れたものに知識を与える。もちろん、与えられるものには資格がいるのだが。
とにかく、その宝玉に納められていた神代のころからの情報を魔王であるイスランは持っているらしい。
えーい、この世界にはチートな能力者しかおらんのかい。
自分の頭の悪さを自覚している京香としては、なにかを責めたい気持ちでいっぱいになった。
「ただ彼は飽いたのだろう。―― この世界の在り様に」
イスランは語る。
この世界の創世神の来し方を。
ある日、神は気付いた。
生きている命たちのなかに何かが生まれていることを。
それは、澄んだ色をした美しい世界のなかで濁って見えた。
命が傷ついたとき、それは小さく生まれて溶けた。――世界に。
命が死んだとき、それは増殖して生まれて溶けた。―――神の創った世に。
彼は戸惑った。――そして、怒りを感じた。
神はそれに汚染されてゆく自分の創造物をそのままにするのを許さなかった。
神は再び創造する。
神は再び創り出す。―――魔を消し去るための何かを。
それは魔を浄化させる樹の種の創造であり、魔を呪に転化できる女の創造であり、魔に関与されぬ独立した輪廻をもつ竜の創造であった。
神は努力した。
この世界を保つために努力した。
けれど、命は生まれ、心は傷つき、魂は穢れた。――そしてそのたびに、魔は生まれるのだ。
神は諦めることにした。
この世界を自らの手で管理することに。
彼は、別の世界に移動することを選んだ。
『この世は、私のものであって私のものではなくなってしまった』
彼は、最後にそう告げて消えた。
この世ではない、どこかへ。
遺されたのは、世を保つための理を知らぬ人間と、神がなくては聖らかには在れぬ聖の族と、―― その血肉をもって世界を浄化せし魔王に属する、魔の族。
生きたい。
死にたくない。
命がもつ自然の思い。
―― それが生んだ倦厭の想いを、彼等は〈魔〉とも〈瘴気〉とも呼んだ。
「…なあに? それ」
京香は、震える声で友にすがりついた。
「なによ、それ!!」
その声は怒りに満ちていた。
「それが〈魔〉ですって? それが〈瘴気〉!? ふざけないでよ ―― ふざけないで!!」
怒るべき相手は、イスランではない。
そんなことは分かっている。
解っているのだけれども、判りはしない。
だって、そうでしょう?
感情が許さない。
誰かにぶちまけたくてたまらない。
この怒りを。
この悲しみを。
「生きたいと願うことも、死にたくないと叫ぶことも、みんなみんな!!! 」
そう、知っていた。
その思いの在るべき形を。昇華されるべきその思いの呼び名を。
「――― それは、すべて〈祈り〉と呼ばれるべき感情じゃないの!!」
それは、神様に願う人々の純朴な願い。
大切な誰かと在れますように。
大切な人が無事で帰ってきますように。
この幸せが、続きますように。
それは人が抱く、永遠の願い事。
…ワ―イ、神様サイテ―イ。(棒読み)