15 彼女と彼の、落書き事情 其の六
この世界には、神様がいたのだと言う。
神様たちは、この世を作り、この生をつくり、この死を倦んだ。
そして、最後に。
魔を、厭った。
――― 世界はとても美しくて、とても複雑で、とても活発でした。けれど、それゆえに魔は生まれたのです。
幼い子供に寝物語を語るように、叡知の魔女は語り紡ぐ。
異界の神話を。
――― 悲しみと苦しさと倦厭が、魔を生んだのです。
…ねえ、レイちゃん。
物語りは、もういらないよ?
冷たくて、哀しくて、苦しいだけの物語りなんていらない。
耐えるだけの強さを、皆が持っているだなんて誰がいったの、誰が決めたの。
優しい物語りがいいよ。
明るい物語りがあるといいよ。
笑いあって生きていける夢物語がいいよ。
―――― 泣いてもいいから、勇気をくれる物語りがいい。
だって、そうじゃなかったら。
―――― 私は、――― を、―――てしまう。
「―― ご友人さま? 」
声をかけられたので、目覚めた。
ぱちくり。
上のまつ毛と下のまつ毛がお別れする瞬間。
「 ……… 」
右を見れば、赤髪蒼眼のイの友その一。
前を見れば、人の胸の上にのし上がってやがる、赤銅色の鱗を持つ、小さな竜王。
左を見れば―。
ぷよん、ぷよん、ぷよん。
鬱蒼とした天気、鬱蒼とした林。
その魔に侵された空気のなかで、跳ねあうスライムたち。
「 夢でも見たのか。京香 」
ちびなくせに、嫌になるほど男前な声で、最後の竜王ヴィラード=オクスが声をかけてきた。
「…夢なら、いいのに…ね」
京香のありえない行動に興奮してしまった二人の興奮が、スライム女王【ぷよんちゃん】に移った結果か。
彼の女王は、いきなりぶよんと跳ね跳んだ。
高く高くたかく。
―― 京香をその身体の上に乗せたままで。
『にょほええええええええええええ!!!』
女性に夢見たい年頃の二人は、既に京香に女は感じないことにしている。
のだが。
――― それは、あんまりだろう。
心から思ってしまった、京香の叫び声だった。
そんな京香の救命信号だか断末魔だかは、なんとか竜王のサーバントが拾って見せた。
その反射神経に、京香は感謝するべきだ。
だが惜しいかな。
京香は、そのとき既に失神していたのである。
―― バンジージャンプは苦手なんです、命綱くらいつけておいて。
そのような発言がこのあとにあったかどうかは知らないが。
軽く20ミヌの間、京香は気を失っていたのだ。
「ねえ、ラ―くん。ジェムっち」
京香は、今日も晴れ間のない魔王城の天気を見ながら呟いた。
「 この世界の神様は、何処へ行ったのかなあ 」
誰もが知らない問いを発した。
ぶよんぶよんぶよんぶよん。
ぶにょんぶにょん。
ぴこん、ぴこぴこ。
スライムたちは何が楽しかったのか、宙を飛んで遊んでいる。
「…この世界以外のどこかだろうよ 」
ラ―くんは、そう答えたし。
ジェムっちは笑っていた。―― 仮面のような笑みで。
黒のマジックを1本貸して。
太いマジックで、2本の線を引いてくるから。
そして、その上に新しい名前を書くの。
神様でもない、魔女でもない、竜王でもない、人魚でもない、―――― 魔王でも、ない。
たった一人のあなたに。
私がつけた名前をあげる。
「――― ひどい神様もいたもんだ 」
ぼそりと京香が呟いた言葉なんて、そのまま壊れてしまえばいい。
本日の覚書 1ミヌ=1分。