夜の彼方の裏側で~閑話・攫われ続ける恋人
清坂 正吾さま主催「ゴリラパーティー」参加作品です。
ここは私立琴倉橋高等学校の男子寮である。
晩夏の寮内はエアコンがフル稼働しているが、それなりに涼しい箇所とそうでない箇所の気温差がそこそこある。
室内はそこそこ快適であるものの廊下などはそこまで涼しくは出来ない。 こんなご時世、節電の波は何処へでも押し寄せるのだ。
そんな寮の一室の、それなりに涼しい部屋ではいつもの様にレトロな曲――というか単音だが――を響かせて遊ぶ男女がいた。
いや、ここで男女と言うには語弊があるか。 遊んでいるのは少女だけであり、少年はその光景を生暖かーい目で見つめていた。 具体的には(´ω`)な顔だ。
仙狐の少女ササとこの部屋の主である逆木 連理である。
あの日、重傷を負ったふたりだが、2ヶ月以上の時と魔法・魔術や多くの特殊な薬剤により今ではほぼ復帰していた。 それでも身体中に傷痕は残っているが。
ふたりの視線の先にあるのはいつもの様にプレイしているゲームの映るテレビ。
画面の上部にはタルを転がし、偶にタルを投げつける、そんな巨大なゴリラのいるゲームだ。
即ち『ドンキーコング』である。
このドンキーコング、制作者の思い込みから付けられたタイトルである事は知る人ぞ知る薀蓄だ。
コングがゴリラの英訳だと思った、そんな思い込み。
Donkeyはロバの英訳だが、Kongはゴリラではなく、かの有名な映画『キ○グコング』の固有名詞なのだ。
制作者は「ロバなゴリラ」と名付けたかったのに、映画でしか出て来なかった単語である『コング』を付けたが為にアメリカのスタッフからは「ロバの怪獣?」だの「意味が解らない」だの言われたそうだが、ゴリラ故なのかゴリ押ししたという話である。
ちなみに始まりはテーブルの様な筐体を持つアーケード版で、ファミコン版はその移植だ。
移植元のアーケード版では主人公に名前がなく、ファミコン版になって漸く『マリオ』と名付けられたそうな。
そんなファミコン版ドンキーコングは本体と同時発売された記念すべき第一作目であり、世界的有名キャラクターとなったマリオのデビュー作でもあるのだ。
そのストーリーはと言うと、『大のバナナ好きで暴れん坊のゴリラ・ドンキーコングが、恋人のレディを攫って工事中のビルに立て籠もり! それを飼い主であるマリオが救出に向かう』というもの。
飼い主かよ!?
そんなツッコみが当時、どれだけあったのだろう。
いや、そんなツッコみはなかったに違いない。 当時の子どもたちは操作方法だけを見て、ストーリーなんて気にしていなかっただろうから。
人を鷲掴みに出来る程巨大なゴリラが実はペットで、それに恋人を攫われるとかツッコみ所しかないストーリーだが、それでいいのである。
画面ではササマリオが転がるタルをジャンプして躱し、梯子を登っていた。
床は鉄骨であり、それは正しく工事現場の様相である。
気の抜ける様なびよ~~んという効果音を発しながらジャンプして、マリオが取るのはハンマー。
当時のテレビ番組のせいか、ゴールデンハンマーなどと呼ばれたただのハンマーである。
基本躱すしかないタルだが第一ステージには二カ所にハンマーがぶら下がっており、それを使用する事で一定時間の間は破壊する事も可能なのだ。 もっともこのハンマーは両手持ちらしく、持っている間は梯子は登れないというデメリットもある為、人によっては取らない場合もある。
「おろっ?」
ササが不思議そうな声を出したのはそんな時だ。
ハンマ-を持ってタルを壊していたマリオがやられてしまったのである。
「わらわ、今ハンマーを持っていたじゃろ!?」
「持ってたぞ」
さらっと答える連理に(・д・)な顏を向けるササだ。 大変不服そうである。
「なら何でやられてしまうんじゃ?」
「ハンマー持ってても無敵じゃないからな」
相も変わらず説明書をきちんと読まない彼女がおかしくて堪らない連理だ。 その表情には堪えきれずに漏れる笑みが見える。
「……………………マジ?」
「マジ。
ハンマーが当たらないとタルは壊せないからな。 例えば後ろは完全に空いてるし、振り下ろした場合は上が、振り上げた時は前が空いてるだろ?
タイミングが悪いとそこに直撃する」
一周目ならタルのスピードもそこまでではない為、後ろ以外は無敵とも言えるが。 そんな制限付きの、半分だけ無敵の様な状態なのだ。 正直あまり頼りには出来ないのである。
もっとも高得点を狙うなら話は別だ。
タルはジャンプで躱すと100点だが壊すと300点になる。
得点を稼ぐ手段の少ないゲームなのでハイスコアを狙うならハンマーは必須アイテムと言えるだろう。
リトライしたササマリオは逃げに徹していたが今度は梯子を登ろうとした所で、梯子から下りてきたタルにぶつかってしまった。 これで2ミス。 初心者にはありがちなやられ方だ。
「…………のう?」
「どうした?」
「何でタルが梯子を下りてくるんじゃ? 変じゃろ?」
今度は(`・д・´)な顔をするササだ。 つまりちょっぴり立腹気味。
「さっきやってた時もそうだったろ?」
先程そんな落ちてきたタルをハンマーで壊していたのは彼女である。 それで300点ゲットし、喜んでいたはずだ。 そう、ハンマーは振り上げた部分でも当たりさえすればタルを壊せるのである。
「そうかも知れんが、うがぁぁぁぁなのじゃ!」
言いたい事は解らんでもない。 だがゲームの中の事に現実の常識を説いても意味はないのだ。
それがそのゲームの常識なのだから。
「それがこのゲームだ。 クリア出来ないモノじゃないんだからがんばれー」
「…………おぬしはクリア出来るんじゃろ? ほれ、残りひとりしか居らんがやってみてくれんか?」
そう言ってササがコントローラーを渡してきた。
少しニヤリとした彼女の表情からは「同じ轍を踏むが良い」という感情が透けて見える。
ちなみに現在2ミスなので残機がひとりであって、現在画面上にいるマリオを含めるとふたりいたりするが、まあ些細な事だ。。
「……このまま、か?」
「別に構わんじゃろ?」
「ま、いいけどな」
応えつつ連理はササの隣へ腰を下ろすとPauseを解除して早々にプレイを開始。 動作に全く躊躇いも戸惑いもないお手本の様な操作でマリオを動かしていく。
タルを躱して躱してスルーして、ハンマーを取って破壊破壊破壊破壊。 梯子をギリギリまで登り、タルが通過するとサッと登り切る。
「なんで樽が落ちてこないんじゃ!? ずるいじゃろ!」
「この位置だとタルは下りてこない」
所謂裏技である。
梯子の最上段、鉄骨に手のはみ出る寸前までマリオを進めておくとタルは必ず鉄骨の方を転がり抜けるのだ。
もっとも、低すぎれば下りてくるし、高すぎたらタルに接触してやられてしまう。
そんな連理マリオはサクッと最上段へ辿り着き、ステージクリアしてしまう。
で、そのまま第二ステージへ。
「今、恋人? お姫さま? の所に行ったのに助けられなかったのかの?」
「恋人だな。 コングがそのまま掴んで奥の方――と言うか上か。 上に逃げたんじゃないのか?」
当時のファミコンでそこまで演出に使える容量はなかったのだろう。 何せドンキーコングで使われた容量はプログラム・グラフィック込みで約24KBである。 今ならちょっとしたテキストファイルすら入れられずに使い切ってしまう様な容量なのだ。
この容量、3.5インチのフロッピーディスクなら1440KBあるので単純計算60本程のゲームが入る事になる。 ちなみに昨今標準になりつつある単位テラであれば、1TBが10億KBになる。
話しながらも彼の操作には淀みがない。
第二ステージは上下に動くエレベーターがあったり、最初から配置されているおじゃま虫――炎を纏った様な姿の敵である。 第一ステージでは最下段をウロウロしている――が居たり、コングの投げてくる物がタルからスプリングに代わったりと中々ユニークだ。
またこのステージからレディの落とし物という得点アイテムも配置されている。 スコアは800点とタルを破壊するより高いがここにあるのは二個だけである。
「おぬし、随分と簡単に進めていくのう……」
「腰を据えてやるRPGと違って、アクションやシューティングは暇な時にプレイするのは丁度良いからなあ。 まあ人にもよるだろうけど」
エレベーターに乗り、おじゃま虫を躱し、スプリング、というかジャッキに似た物体を避け、詰まる事なくレディの前に立ちステージクリア。
連理、サクサク進みすぎである。
どうせならと、彼の手でゲームオーバーにさせたかったササの思惑は完全に外れた形となった。
そのせいか、お手本プレイとも言えそうなそれを、あまり集中して見ていない。
何はともあれ、ファミコン版は一周が第三ステージまでなのでここがドンキーコングとの決戦の地となる。
ほぼ左右対称の第三ステージ。
最上段中央にドンキーコング、最上段より更に上、マリオの行けない鉄骨部分、コングの横に囚われのレディ。
このステージでマリオのすべきは全ての鉄骨の「ボルト」を外す事だ。 その数は8。
おじゃま虫もウロウロしている為、シンプルな画面構成でもそれなりに難易度が高い。 何せこのおじゃま虫、立ち止まったり戻ったりとふらふらとしながら歩く為、ジャンプでは躱しにくいのだ。
とは言え慣れた人間なら、様子を見ながら梯子を使って迂回するので、そもそも近づかなかったりする。
連理も然り。 君子危うきに近寄らず、と言う訳でもないが、避けにくいのなら近づかないのが一番なのだ。
得点アイテムを取り、ハンマーでおじゃま虫を撃退し、ボルトを次々と外していき……8つ目のそれを取った瞬間、ドンキーコングは最上階から外れた鉄骨と共に最下段へ真っ逆さま!
ピクピクと震える彼を尻目にマリオはレディを取り戻すのだ。
「まだ三面よな? 早いが、これで終わったのかの?」
ササがそう呟く様に言った時、画面は切り替わり第一ステージへ。
画面最上段に平気な顔をしたドンキーコングとまたも攫われてしまっているレディが。
「いーや、エンドレスだ」
レディは何度も何度も攫われるのだ。
この当時のゲームは基本的にエンディングというものはなくエンドレスなのだから。
そして復活したドンキーコングはパワーアップを果たして帰ってるのだ。 具体的には全ての速度が上昇するのである。
「ほれ」
ポイッとコントローラーを渡し、連理はモニターの正面席を彼女へ譲る。
「ちょっ……!? ぽーずくらいしてから渡さんか!?」
わたわたと慌てる彼女をあたたかい目で見守りつつ、
「それじゃ受け取らんだろ、お前さん」
と、しれっと宣う連理である。
しかしササはそれを聞いているのかいないのか。
「速っ!? 速いのじゃっ!?」
それでもそんな感じで楽しそうにプレイする彼女を見て、連理はそっと微笑むのだった。
と言う訳で「夜の彼方の裏側で」番外編でした(^○^)




