零課
「……変な奴。」
条我はわずかに口角を上げ、自嘲気味に呟いた。
クラス全員が自分を「怪物」を見るような目で見て逃げ出したというのに、この少女だけは、彼の底にあるドロドロとした執念も、理不尽な世界への拒絶も、すべてを知った上で隣に立ってくれている。
「......お金はあるんですか?」
床に転がったままの鮫島を、ゴミでも避けるように跨ぎ、二人は廊下へと出る。
法律のないこの街、この学校。廊下には破れたポスターやスプレーの落書きが溢れているが、条我と栞の周りだけは、まるで切り取られたように静謐な空気が流れていた。
「カツアゲ用と私用の財布を使い分けてるから、お金はいつもあるよ。」
ポケットから財布を出し、中身を見せる。
**魔境の購買**
普段なら食料を奪い合う不良たちで戦場と化す購買部も、条我の姿を見るなり、群がっていた連中が潮が引くように道を空ける。
「……メロンパン、二つ。」
「は、はいぃっ!!」
購買のおばさんまでが震える手で商品を差し出す。条我は律儀に小銭をカウンターに置くと、一つを栞に放り投げた。
「……ありがとう。黒崎くん。」
栞は受け取ったパンを大切そうに抱え、購買裏の少し開けたテラスへと彼を促す。
「栞...この学園、どうして建てられたんだと思う?」
パンを齧りながら悟ったように青く広がる空を見上げる。
「.....どうしてですかね。こんな...不自由な楽園を作ったのは。」
包装を解きながら返答し、思案する。
「いじめも...暴力も....果てには殺人も許される無法地帯...。」
「僕は...何故ここに来たのかが....知りたい。どうして...僕はこんな不自由な楽園へ訪れ...こんな学園へと通うことになったのか...それだけが知りたい。」
軽く告げながらも、その目には確固たる覚悟が刻み付けられている。
「.......言ってましたもんね。入学するより前の記憶が無いって。」
パンの中腹まで口を進め、唇に砂糖の欠片を着ける。
「.....付いてるぞ。」
右手を伸ばして栞の口元を指の腹で拭う。
「おい...アイツじゃねぇか?」
「あぁ...あの鮫島を一撃でのしちまったんだろ?」
周囲の生徒たちは昨日の今日とは思えないほど態度が一変していた。
「...........。」
条我は栞の口元を拭った指先を軽く眺め、それから自分たちの噂話に興じる外野へと冷ややかな視線を投げた。
昨日までは、ただの「搾取される側」の端くれ。
今日からは、あの鮫島を屠った「触れてはならない捕食者」。
この蒼風街において、情報の伝達速度は物理的な暴力よりも速い。
「条我さん、誰か来ますよ。」
栞の耳がピクっと動き、背後へと振り返る。
「.......来客か?」
椅子を引いて立ち上がる。
「.......黒崎...条我だな?」
表れたのは、白いタキシードに身を包んだ、気品溢れる好青年だった。
「.......そうですけど、なんですか?」
食べかけのパンを一気に口へ放り込み、一気に警戒レベルを上げる。
「もしかして...ファンなんですか?」
冗談を混じらせつつ、背後にある椅子に手を置く。
「くだらないこと言ってんな...よッ!!」
青年が一瞬の間に腰背部のホルスターから切り出し式ショットガンを引き抜いた。
「ッ.....!?」
咄嗟に手を置いていた椅子を眼前へ捻り上げる。
ドゴォォンッ!!!
木片や変形した鉄パイプが空中へと飛散する。
「ッ...がァッ!!!」
威力は軽減されていたが、数発の弾丸が条我の顔面へと降り注ぐ。
「条我さんッ!!」
栞が地面を蹴り出し、他テーブルのナイフやフォークを青年へと投擲する。
それと同時に蜘蛛の子を散らすようにテラス付近に居た生徒たちが逃げていく。
「…おっと、淑女がそんな物騒なものを投げてはいけないよ。」
青年は、ショットガンの銃身で軽やかにナイフ類を叩き落とした。
その動作には一点の淀みもなく、暴力の中に歪な優雅さが同居している。
「..................。」
顔面を撃ち抜かれた条我はピクリともせずに、冷たいスラブへと倒れ込んでいる。
「さぁ、トドメを刺させてもらおうかな?」
銃口を倒れている条我へと差し向ける。
「死ね.....!!...おや?」
青年が引き金に指をかけた瞬間、倒れていたはずの条我の体がバネのように跳ねた。
死を偽装し、敵が『確実なトドメ』のために間合いを詰める一瞬を待っていたのだ。
「.....食らえッ!!」
条我の指先から放たれたナイフが、空気を切り裂く鋭い銀光となって青年の顔面へと肉薄する。
「ッ……チィッ!!」
青年は咄嗟に首を捻って回避するが、鋭利な刃先がその白い頬を深く切り裂いた。鮮血が飛び散り、端正な顔が屈辱に歪む。
「……あ、あぁ...僕の顔に、傷を…!?」
「........ッテテテ...よくもやってくれたな.....」
片手を顔に添えながら痛そうに立ち上がる。
(あのショットガン...あと一発弾薬が残っているはず.....背を見せて逃げるのは悪手だな。)
「鮭な真似をしてくれたなァッ!!!」
激高しながら先程までの様子が嘘のように叫ぶ。
「......鯵な真似だろ。」
流れ出る流血を拭いながら人差し指をクイっと突き上げる。
「かかってきな.....!!」
「条我さん.....無茶な事を...」
両手を合わせながら不安げに見守っている。
条我は滴る血を無造作に拭い、口角を吊り上げた。
顔面の散弾痕がズキズキと脈打つ。
だが、その痛みが逆に、凍りついていた彼の本能を鮮明に呼び覚ましていた。
「……あ、アジだと……? 貴様ッ、僕を、この『零課』というエリートである僕を愚弄するかぁぁッ!!」
ゆでだこのように顔色を染める。
ピクッ。
「.......零課だと...?」
『零課』という単語を聞いた瞬間、条我は血液が沸騰したかのような怒りに包まれる。
「....条我さん?」
青年が銃口を再び差し向ける。
「死ねぇぇッ!!!」
ドォォォンッ!!!
轟音と共に、至近距離から放たれた散弾がテラスの空気を爆ぜさせる。
しかし、銃声と同時に条我の姿がその場から消えた。
「なっ……!?」
条我は真横に跳んだのではない。
弾丸が放たれるコンマ数秒前、発砲の反動で銃口がわずかに跳ね上がるその一瞬を突き、地を這うような低空ダッシュで青年の懐へと潜り込んでいたのだ。
「テメェにはまだ聞くことがある...殺しはしない.....ッ!!!」
容赦のないその手刀が、青年の首筋へと正確に食らい付く。
「ガァッ!?」
呻き声を上げた後に、ふらふらと気絶する。
**来いっ...テメェの知ってること、洗いざらい吐いてもらうぞ.....!!**
part2 END
part2閲覧頂き恐縮のキワミィ
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