the 3rd: Truth ~僕の知らない彼女~
午後7時。僕と友人の方は、新宿駅近くの、知る人ぞ知る、焼き鳥屋で、落ち合った。
僕から、突然時間を作っていただいたので、夕食でも奢りますと言ったら、この店を指定された。
カウンターで、友人の方と、隣同士で座り、まずはビールで乾杯をする。
その後、僕は、付き合ってからの一年間の話、そして最近は、同棲を始めるための準備をしている話など、全てを語った。
全部聞いてくれた後、友人の方は、キツイ前置きを言った。
『先に言っておくけど、もしかしたら、あなたにとっては、面白くない話に、なるかもしれないわよ。』
「構いません。全部教えてください。」
僕は、頭を下げながら、答えた。
友人の方は、2杯目のビールを飲み終えて、日本酒に切り替えたので、僕も、同じものを頼んだ。
『あなた、全くあの子と、向き合ってないのね。』
急にそんなことを言われて、カチンときた。
「そんなことはありません。僕は、本気で彼女のことが、大好きで、結婚も考えてます。だから、これから同棲もするんです。」
僕は、すぐに、反論をした。しかし、友人の方は、僕の話を、無視するように、続けて言った。
『あの子は、そんな完璧なお姉さんみたいな人じゃないわよ。』
『あの子が、かけている固定電話の相手だけど、それ、あの子の元カレだから。』
この人は、酷い言葉を、なんて簡単に、サラッと言えるのだろうか。
それを聞いた瞬間、怒りとショックの両極端な感情が、同時に生まれた。
しかし、その感情は、次の言葉で、一瞬に消え去った。
『でも、 5年前に、交通事後で、亡くなったけどね。』
どういうことだ?頭が、少し混乱する。
友人の方は、彼女と元カレの話を、全部教えてくれた。
3人は、府中にある外国語大学の同級生で、彼女と元カレは、その時から、付き合っていた。
元カレは、大学を卒業した後、大手総合商社に入った。
英語だけでなく、仏語も、西語も、流暢に話せるエース社員だった。
一方、彼女は、今の会社に入って、数年経ったら、結婚をして、辞めるつもりでいたらしい。
しかし、その元カレは、いわゆる仕事男で、四六時中、仕事のことしか考えておらず、彼女はそれが悲しくて、構ってもらえるように、色々甘えていたそうだが、元カレにはウザがられていたそうだ。
『もうアイツとは別れな。あんたもストレスになるだけだし、アイツも仕事の邪魔をされて、もっとあんたを嫌いになるだけだよ。』
『あの子に、何度も言ったんだけどね。頑固だから、聞かなかったんだよね。』
頑固?あの彼女が?
今の彼女からは、全く想像がつかない。
それに、そんな構ってちゃんみたい所は、一度だって、僕に見せたことはない。
『そして、取り戻せない罪を、あの子は犯したの。』
罪を犯した?
彼女は、何か犯罪でもしたのか?
緊張をしながら、次の言葉を待つ。
ある夜、彼女は、元カレに、ちょっとした駆け引きをした。
『こんなに、空気みたいに扱われるのであれば、自分は存在してる価値が見つからない。あなたにとって、必要とされていないならば、生きている意味がない。』といったことを、元カレに電話をした。
彼女としては、元カレの気を少しでも、引きたかっただけのつもりだった。
しかし、元カレは、さすがに驚いて、仕事を一旦止めて、彼女の部屋に急いだ。
そして、オフィス前の道路で、赤信号を無視して渡ろうとして、突っ込んできた車に、轢かれた。即死だった。
『本当に、バカな子だよね。』
『あの子もバカだけど、でも、元カレも、あの子をそこまで、寂しい思いをさせていたことに、全く気が付かないなんてね。だから、私は、どちらも悪いと思ってる。』
『でも、彼は亡くなってしまい、あの子は、その罪を背負って、ずっと生きていかなければならないの。』
『あの子、その後、ひどい鬱状態になっちゃって。2年近く休職して、入退院を繰り返す日々だったのよ。』
僕は、そんなこと全く聞いたことがない。
『駆け引きの事実を知っているのは、私だけだから、元カレの家族や友人たちが、彼女を責めることは、なかったけど、あの子は、自分の罪の重さに、苦しみ続けていた。』
『だから、私はずっとあの子を支えてきたの。正直、2年の間、あの子、自殺しちゃうんじゃないかって、何度も心配になった。でも、なんとか立ち直って、社会復帰をすることができたの。それがすごく嬉しかった。でも、あの子は、償えない罪が、ずっと大きな傷になっているの。』
『きっと、固定電話に、電話をかけているのは、留守電メッセ―ジの声が、元カレのものだから。それを聞いて、元カレのことを思い出しているのか、せめてもの罪の償いをしているのかもね。』
僕は、不思議に思い、口をはさむ。
「でも、その元カレは、亡くなっているんですよね。なんで、その固定電話が、まだあるんですか?家主とか家族が、処分とかしないんですか?」
『元カレは、当時、大赤字の孫会社に、代表取締役として、出向していたの。そして、5年で、その会社を立ち直せたら、本社に戻り、アメリカ支社に、異動をさせてもらえることが、約束されてたの。』
『仕事人間で、自信家でもあったから、5年で持ち直せると思ったんでしょ。それで、仕事に集中するため、その会社から、歩いてすぐのマンションを借りて、5年分の家賃も、先払いしてたのよ。』
『家主からすれば、既に家賃を受け取っているので、勝手に整理することはできないし、家族も、息子のことを思い出して、たまにその家に行って、掃除もしているらしいの。だから部屋は、5年前のまま、綺麗に残っているらしいわ。』
『あの子は、誰もいない夜中だけに、電話をしているのよ。そんなあの子が見ていられなくて、新しい彼氏を見つけろって、散々言って。無理矢理、街コンに連れてったの。そしたら、運が良いのか、こんな年下の甘ったれ坊やが食いついて、私がゴリ推して、釣れたってわけね。』
甘ったれ坊やで、悪かったな。
心の中で、カチンときたが、まぁ自覚もしてるし、話の腰を折りたくないので、口には出さなかった。
『あの子ね、よくあなたの話をするのよ。8歳も年下で、きっと同年代の女の子たちからもモテると思うし、男の人は、仕事に集中したいと思うし、こんなおばさんで良いのかなって、ずっと心配してるの。』
『あの子はね、あなたのことを、本当に愛してるのよ。だからきっと、嫌われないようにするために、強くて優しい女性を演じてるだけなんだと思う。本当の自分を出したら、元カレのように、あなたも死んじゃうと思って、怖いんだと思う。』
僕は、そこまで仕事人間じゃないし、語学は、日本語さえ危ういような頭だけど、そんなことを思いながらも、彼女が、そんなに僕のことを、大好きでいてくれて、本当に嬉しかった。
そして、だからこそ、何でも受け入れてくれることに、ようやく合点がいった。
あれ?
気が付いたことを、口走る。
「5年前に、亡くなる前に、5年分の家賃を、先払いしたということは、もうすぐ、その部屋は、明け渡すんじゃないですか?」
友人の方は、優しく微笑んで、僕の目を見て、言った。
『元カレが、この世から、完全に消えてしまう、あの子のことを、絶対に幸せにしてあげてね。あの子を傷つけたら、この串で、あんたの両目潰すからね。』
僕は、残った日本酒を飲みながら、困った顔で、微笑む彼女の顔を、思い出していた。




